アタック・オブ・ザ・ギガントシャーク2
「な、なんだよ……これ」
「なんて大きさ……」
ぽっかりと空いた穴を眺めて呆然と呟く面々の中で、ゲンテツのおっさんだけが素早く動いた。
「ぼさっとしてんじゃねぇ、次が来るぞ、走れ」
「シラタマ!」
シラタマに乗ったまま、真っ先に駆け出したゲンテツのおっさんを追い掛ける。
すぐに状況に気付いたのか、唖然としていた他の面々も慌てた様子でぼくたちを追い掛けてきた。
「フーパー錬師、意外と速い」
「ぜぇ、ぜぇ! 精一杯、だ!」
「ジェイド! マーティン! 急いで!」
「急いでるって!」
「エレンッ! 無事で居てくれ……!」
セントラルホールを抜けると、空中に無数の渡り廊下が暗闇の向こうへ続く不気味なエリアに出た。
空間は広いけど、何の心象だろう。
「無限に続くような廊下が最初の絶望なら、このエリアは何を現してるとおもう?」
「すまないが! 今は! それどころ! げほっ!」
スピードを落として並走しながら聞いてみると、普通に怒られてしまった。
「うーん……」
「お嬢ちゃん、あんた大物になるぜ……後続! 止まんなよ!」
戦闘を走るゲンテツのおっさんが唐突に叫ぶと同時に、上の渡り廊下からワラワラとサメ人間が飛び降りてくる。
サメ蛸はいないけど、全部で7体近くいる。
在庫は豊富ってことか。
「足を止めんな!」
「キュピ!」
加速したゲンテツのおっさんがサメ人間を殴り飛ばしながら駆け抜ける。シラタマもそれに続いて氷の刃を飛ばしながら後を追い掛けた。
「後ろは振り向かないほうがいいね」
今出来ることがないので何となく後ろを振り返ると、遠くの方から巨大サメが廊下を噛み砕きながらこちらに進行して来るのが見えた。
「なっ」
「だから言ったのに」
破壊音が近づいてくるのが気になったのか、振り返った剣士の男……たしかジェイドと呼ばれていたほうが振り返り、走る速度が一気に増した。
「最悪だろこの状況!?」
走るぼくたち、追う巨大サメ。速度はサメのほうがちょっぴり速い。
「攻撃は!?」
「シシリ!」
「走りながら後ろなんて撃てないわよ!」
「お嬢ちゃん、やれるか!?」
「んーシラタマ、アイシクルエッジ」
作り出した氷の刃を錬成で研ぎ、放ってもらう。
暗がりから姿を表した巨大サメの皮膚にぶつかって砕けたけど、同時に血が飛び散るのが見えた。
「効いたけど」
しかし押し留めるような威力はなかった。
「グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「逆効果かも?」
むしろダメージを受けたことで怒ったのか、サメの進撃速度がちょっと上がったみたいだ。
そうやって異様に長い渡り廊下を走り続けることしばらく、前方から懐かしい気配が近づいてきた。
「――アリス!」
少し下側にある廊下の上を、スフィがこっちを見上げながら走ってくるのが見えた。
それに続いてノーチェたちの姿もある。
……よかった、よかった、みんな居る。
「スフィ!」
「アリス! よかった! ぶじ」
「走って! 全力!」
会話を遮ってスフィ達の来た方向を指差す。
こっちに飛び上がろうとしてるけど、落ちたら危ないし流石に止めてほしい。
「何……ふあっ!?」
一瞬ムッとしたスフィだけど、すぐに迫る巨大サメに気付いたみたいだ。
慌てて引き返す背中を見ながら、ほっと胸をなでおろす。
「……みんな、無事だった」
「キュピ」
「うん」
良かった、本当に。
それじゃあ……もう遠慮はいらないね。
今まで空間の構造がわからず、迂闊なことをするわけにいかなかった。
だけど無事は確認した、位置も把握できてる。
「シラタマ、飛べる?」
「キュピ!」
「おい、嬢ちゃん!?」
「何とかするから、先行って。スフィたちのフォローをお願い」
「居るんだろ、猫の嬢ちゃんと顔合わせんのは気まずいんだが!?」
「そこは頑張って」
シラタマに廊下から飛び出して貰って、不思議ポケットの中からビームライフルを取り出す。
残り弾数は4。エネルギーセルを装填し、全員が走り抜けたのを確認しながら背後を振り返る。
まずは連射で牽制する、光の弾丸が暗闇を裂いて巨大サメに迫りその身体を撃ち抜いた。
致命傷まではいかないけど、普通に効いているみたいだ。
「なんだ今の光!?」
「のんびりしてねぇで走れ!」
前方から聞こえて来る声が離れていく。
巨大サメはビームライフルを警戒したのか流石に動きを止め、ぼくを殺気を込めた眼で睨んできた。
「やっぱりお前、意思あるだろ?」
廊下でいきなり分断を図ってきたことから察していたけど、他のサメ人間とは明らかに違う。
行動に確かな意図や意思を感じる。
「グゥゥゥゥゥ」
「まぁ、なんでもいい」
正体は正規の船員の誰かか、あるいは意思の集合体か。
"人が魔物に変じる可能性もある"……だっけ。
魔物とは何なのかっていう研究の中にあった仮説。
日誌からして、生きている人間そのものが変化したわけじゃないんだろうけど。
「終わらせてやるから、ゆっくり見てろ」
「グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
モードをフルバーストに切り替えて、引き金を引く。
下から上へと銃身を持ち上げれば、束ねられた光が剣のように巨大サメを引き裂いた。
焼け焦げた匂いを残し、両断されたサメの体が見えない底へ落下していく。
「……行こう」
「キュピ」
これで残り弾数は3か、打ち切る前にアルヴェリアにたどり着ければいいんだけどな。
■
シラタマを促して、先に行ったみんなを追いかける。
「アリスッ! アリスぅっ!」
「スフィ」
暫く飛んでいくと、ぴょんぴょん飛んでこっちに手を振るスフィと、ノーチェと睨み合っているゲンテツのおっさんの姿が見えた。
「おっす」
「おっすじゃないよ! 心配したんだよ!」
どうやら全員で下側の廊下に合流したみたいだ。
シラタマから降りるなりぎゅうっと抱きしめられて、胸の奥が温かくなった。
「ごめん」
「ゆるす! 無事だったからゆるす!」
よかった、許された。
姉妹の絆を確かめあっていると、待ちかねた様子のノーチュがゲンテツのおっさんを睨みながら、こっちに近づいてきた。
「ノーチェも、無事で良かった」
「おう! そっちも無事で何よりにゃ、んでなんでこのおっさんがいるにゃ! 臭いし!」
ノーチェの叫びに、ゲンテツのおっさんの頬が僅かに引きつった。
「やすかったから、雇った」
「雇ったぁ!? 敵だったやつにゃ!」
「それは敵に雇われてたから」
傭兵は武器、雇い主によって立場が変わるっていうのが教えてもらった傭兵の論理。
『たとえ今どんなに仲良くしてたって、次の戦場で向こう側に居るならそいつは敵だ。逆に昨日まで殺し合いをしてた奴が、気づけば隣で銃構えてる事だってある』
難儀なものだと笑ってた。
「ハァ!?」
「傭兵は剣や槍と一緒。前は敵が持ってたから敵側にあった、今はこっち側ってだけ」
「にゃんだそりゃ」
「あの船の時から気になってたが、お前さんどっかの傭兵にでも育てられたのか?」
「さぁね」
肩を竦めてみせると、ゲンテツのおっさんは苦笑してそれ以上突っ込んではこなかった。
「チッ……この状況でおっさんと戦いたくないにゃ、我慢してやるから近づくんじゃにゃいぞ」
「できればもうちょっと、お手柔らかにお願いしたいんだけどなぁ」
「おっさん臭いにゃ、シャオより」
「わしは臭くないのじゃ!」
歯に衣着せぬ物言いに、ゲンテツのおっさんが流石に傷付いたような音をさせた。
むしろここまで態度はともかく内心平然としてたのが凄いと思う。
「というかなんでシャオ」
「も」
「のじゃああああああ!」
それにしても、相手はサバイバル何日目かもわからないおじさんだ。それと比べるのは流石に可愛そうじゃないのかと思ったんだけど、なぜか狐が鳴いた。
「シャオちゃんね、怖かったみたいでね」
「のじゃああああああ!」
「大体わかった」
さっきからほんのり漂ってるアンモニア臭はサメのせいじゃなかったってことね。
「取り敢えず、早くここを脱出しよう」
わかったところで、のんびりしている時間はない。
「マーティン、みんなもよく無事で」
「エレン、無事だったんだな!」
「お前よく生きてたな! 良かった!」
エルフお姉さん一行は、どうやらあっちの……錬金術師らしきガントレットの女の人と知り合いだったみたいだ。
無事での再会を喜び合っているその横では、地面に倒れ伏したフーパー錬師が湾岸騎士の女の人に助け起こされている。
その近くには暗い顔をした男の人がひとり。
状況はいまいち掴みきれてないけど、脱出するなら今しかない。
「セントラルホールにある甲板の見える出口から出よう、今ならいけると思う」
「うん!」
移動経路は…上の方の通路がまだ無事だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます