アタック・オブ・ザ・ギガントシャーク

 それにしても。


「ちっ、6割ってところか。流石にあのでけぇのは手に負えねぇなぁ」


 このゲンテツっておっさん、相当強い。


「チュリリ」


 大きなホール状のエリアに入ったので、シラタマの背中に乗りながら傭兵の奮闘を観戦しているわけだけど。


 ちらほらと湧いてくるサメ人間を全く寄せ付けない。


 数が多いときや距離がある時にだけ武技アーツを使って、それ以外は普通に素手の打撃で対処している。


 かすり傷すら負っていないし、戦いぶりは非常に安定していた。


「評価あげとく」

「それは何よりだ、ねッ!」


 出現してきたもののうち、最後の1体が殴り飛ばされて穴の向こう側に飛んでいく。


 穴の底にいる巨大サメ……たぶんぼくたちを分断した奴は、間近で戦闘が行われているのにピクリともしない。


 眠っているのかなんなのか、なんとも不気味だ。


「んで、どうするんだお嬢さん」

「判断に困る」


 可能な限りはやくスフィと合流したいけど、居場所がわからないことにはどうしようもない。


 うまく逃れていてくれるといいんだけど。


「そういやアンタら穴から上がってきたんだよな、この船の底ってどうなってんだ?」

「地獄」

「正気ではいられない場所だったね……」

「そ、そうかい……」


 できればもう下に戻りたくはない。


「取り敢えず、ここが中枢っぽいし……これを仕掛ける」

「……そいつは?」


 不思議ポケットに詰め込んだ、武器庫で造り溜めていた玉を取り出す。


「爆弾、派手なの」


 紙張りの丸い玉の中には、水を含ませて練って乾燥させた火薬丸が敷き詰められている。


 製法自体は見よう見まねだけど、要するに花火だ。


 安全を度外視して火力と派手さに全ふりした危険物、広い船内に仕掛けてまとめて爆ぜさせるには相当な火力が必要だ。


「そんじゃ俺はその護衛ってやつかね」

「うん」


 専門じゃないことに余計な口は挟まない、良い判断だ。


 ぼくもこれは専門じゃないけどね。


 そうしてぼくたちは、構造的に見て中枢と思わしき仮称セントラルホールに花火を仕掛けて回るのだった。



 たびたび仕掛けてはきたけれど、シラタマとゲンテツのおっさんが揃った状態ではサメ人間なんて物の数じゃなかった。


 適当な箱に花火を敷き詰め、部屋を回る。


「随分と作ったね、アリス錬師」

「それなりに」


 作っているうちに面白くなってきちゃって、時間をかけすぎた気はしないでもない。


「下層は終わり」

「おう」

「キュピ」


 セントラルホールは水の溜まった底部、下層、中層、上層と大体4層に分かれている。


 下層の床の穴に落ちれば、地獄のエンドポータルへ真っ逆さまだ。


 シラタマに乗って中層に上がり、適当な物にロープを引っ掛けて下へ降ろす。


 ……なんかちょっとおしっこくさいのは、サメ人間の死体が転がってるからだろうか。


「乗せて飛んでくれたら、もっとありがたいんだけどよぉ」

「キュピ」

「だめだって言ってる」

「チュリリ……チッ」


 因みに今のキュピは「いいよ?」って意味。もちろん途中であの巨大サメのところに蹴り落とすつもりだ。


 流石にそのくらいはもう読めてる。


「ぐぅ、運動不足には堪えるね……」


 少し遅れてフーパー錬師もロープを登りきり、今度は中層の部屋に仕掛けて回る。


 大きなトラブルもなく終わり、次は上だ。


 同じようにロープをかけて、上層部に花火爆弾を仕掛けて回っている最中。


「……誰か来る」


 セントラルホールに繋がる道の向こうから、誰かが走ってくる音がした。


 ついでに……剣戟の音?


「待て!」

「待つかよ!」


 物陰に隠れているうちに、通路から飛び出してきたのは不良冒険者のキントナーとその連れの女性。


 続いて出てきたのは……知らない冒険者。20手前くらいの浅黒い肌の青年だった。


 ふたりとも武器を手に、唐突に戦闘を始める。


「お前が! お前のせいでエレンが!」

「知らねぇっつってんだろうが! オレ様はそれどころじゃねぇんだ!」


 こんな状況で人間同士のトラブルを持ち込まないで欲しいんだけどなぁ……。


「この、マジしつこいし!」

「マーティン、落ち着け!」

「冒険者同士で争ってる場合じゃないでしょう!」


 キントナーたちと青年の争いを宥めるように出てきたのは……少し前に露店で弓を買ってくれたエルフの弓使いのお姉さんと、その仲間らしい剣士。


「おい、嬢ちゃん!」


 どうしたものかと壁に隠れて様子を伺っていると、ゲンテツのおっさんがフーパー錬師の襟首を掴んで上層へ飛び上がってきた。


「あれはやべぇぞ!」

「うわぁぁぁ!?」

「……?」


 その場に居た全員の注目を浴びながら、ゲンテツのおっさんはぼくたちの方へフーパー錬師を放り投げ、下を指差す。


 嫌な予感に苛まれながら指差す方を覗き込んで見る。


「うわ」


 腕の部分から4本ずつ、計8本のタコみたいな触腕の生えたサメ人間が水底から上がってきた。


 もうサメ関係ないだろそれ……。


 全部で3体いるそいつらは、今までのサメ人間が嘘みたいに俊敏な動きで触腕を伸ばして床を掴み、飛び上がってくる。


「なんだこいつら!」

「新手か!?」


 向かってくるのはキントナーたちに1体、エルフのお姉さん一行に1体、ぼくたちに1体。


 綺麗に分かれた。


「うわ、くそっ!」

「く、厄介だぞこいつ! シシリ!」

「仕方ないわね!」


 陸上だとノロノロしてる印象しかなかったサメ人間だけど、こいつらサメ蛸は柔軟で素早い触腕の動きで見事にそれをカバーしている。


 ハッキリ言って、ぼくだと射程範囲に入った時点でやられかねない。


 未踏破領域にしては弱すぎると思ったら、小手調べはおしまいってところか。


「キュピ!」

「ナイスだ鳥! 『爆拳ばっけん』」


 まぁこっちはシラタマが腕を凍りつかせているうちに、ゲンテツのおっさんが粉砕していた。飛び散る肉片が良い子にはお見せできない感じになっている。


 フーパー錬師がぽかんとしている。


「少し持たせて!」

「ジェイド! 頼む!」

「仕方ない、いくぞマーティン!」


 すぐ隣ではお姉さん一行の男性ふたりが上手く動きを抑え込んでいる隙きに、腰から取り出した弓を構えた。


 ……あ、ぼくが売った奴。かなり手を入れられて形が変わってる。


 なるほど、短弓としてはああいう形状の方が扱いやすいのか。


「撃ち抜け……『ストロングシュート』!」


 お姉さんが弓を使った武技アーツを放つ。緑色の光をまとった矢が弓とは思えない速度で飛んでいき、サメ蛸を大きく吹き飛ばした。


 矢が砕け散ったので回収できなさそうだけど、凄い威力だ。


「ぐ……ぅ」

「シシリ、大丈夫か?」


 仲間らしき剣士のひとりが、矢を放った態勢のまま動かないお姉さんを心配そうに見ている。


 どうやらさっきの技は反動が大きいらしい。


「きゃああ!」

「ロゼ! オレ様の女を離しやがれ! 『ストライクエッジ』!」


 横目で見ているうちに、キントナーが触腕ごとサメ蛸を叩き斬り、掴まっていた仲間らしき水着女性を助け出していた。


 あっちもあっちで実力だけなら強い。


「ロゼ、無事だな!」

「キントナー、助かったし!」

「当たり前だ、お前はオレ様のものなんだからな」


 こんな状況で抱き合う不良冒険者たちに呆れた視線が向けられていた。


「ふざけるな、お前ら自分たちが何したかわかってるのか!?」

「アァ? あのな、冒険者ってのは自分の力で全てを手に入れるもんだ! 金も、女も、権力もな! 強いオレ様が何をしようが、オレ様の勝手なんだよ!」

「そうだし、雑魚の癖にキントナーのやり方にケチつける気?」


 なんて身勝手な言い分なんだろうか。


「だから! てめぇら雑魚も、ここのクソッタレなサメ共も! このオレ様が!」


 ……?


 ぎゅー、ぐー、という奇妙な音がしてる。


 下の方から? 再び中央の穴から下を覗き込む。


 巨大なサメが水面から飛び出してくるのが見えた。


「ぶっこ――」

「マーティン!」


 シラタマのくちばしで勢いよく後ろへ引き寄せられ、次の瞬間サメの顎がバギンと音を立てた。


 怒り心頭といった様子でキントナーに迫っていた青年が、ジェイドに引き倒されて呆然と目の前の巨大サメを見ている。


 バギバギと床を破壊しながら、巨大サメが下の階層に落ちていく。


 キントナーと女が居た場所だけが、床ごとぽっかり消えていた。

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