船内探索

「シラタマ、アイスロッド」

「キュピ」


 ペストマスクを顔につけ、防寒用グローブで手を包み、シラタマに氷の棒を作り出してもらう。


「『錬成』」


 それを掴んで先端を槍みたいに研げば、あっという間に氷の槍の出来上がりだ。


 くるりと回し、石づきで床をコンと叩く。


「よし、行こう」

「キュピ」


 フーパー錬師から預かった魔道具入れを肩にかけ、ぼくとシラタマは船長室を出ていた。


 当人は心配して同行しようとしてきたけど、むしろ使える手札が減って逆に危ないので説得した。


 折衷案として、最低限の自衛が出来る魔道具だけを残してぼくが預かる形でお互いの合意を得たのだ。


 またいざとなればシラタマに乗れるので機動力抜群。


 フーパー錬師も自分が運動不足のインテリおじさんという自覚があるみたいで、この采配に納得してくれた。


 そんなこんなで、これから武器庫を探して火薬を集めなきゃいけない。


 実はゼルギア大陸には黒色火薬も褐色火薬も普通に存在している、大昔の遺跡からは銃が発掘され、一時期はそれを模倣する技術もあったらしい。


 フーパー錬師から「ゼルギア歴2300年までは火薬兵器も普通に使われていたんだよ」と聞かされた時は驚いた。


 歴史の授業になるから省略したけど、火薬兵器が衰退した理由は技術の向上によってアーティファクトに迫るレベルの魔道具が作れるようになってきたから。


 基本的に銃火器よりも魔術の方が強いのだ。


 強力な魔術師の育成という数の問題がクリアされたなら、主力が移り変わるのも当然だった。


「この時代の船はカノン砲が主流で、榴弾じゃなく球形弾だから弾はつかえないか」


 狙うのは砲弾じゃなく、大砲に詰める火薬の方だ。


「それにしても、何だこの空間」


 船長室の外は、まるで船の墓場だった。


 白い霧で満たされた赤黒い水の上に、何かに食い破られたような船の残骸が浮かんでいる。


 水中の様子は伺えないけど、色合い的に触れたくはない。


 何よりあちこちに死体が浮かんでいる。


 体の一部が欠損したり、主に腹部に大きな傷を負っている人間が不気味な海に浮かんでいた。


「……サメになりかけてるのがある」


 死体の中に、身体の一部がサメに変異している途中のようなものが混じっていた。


 甲板に居たあの不気味なサメ人間の材料って……。


「……覚えがあるなぁ、このかんじ」


 嫌な思考を切り替えて天井を見る。白い濃霧で満たされた天井はここからじゃ見えないし、この空間がどれだけの高さがあるのかも広さがあるのかも伺い知れない。


 ぼくは、ここに似た空間を知っている。


「ここも、エンドポータルの向こう側?」


 永久氷穴の最深部にあった、不思議な穴。


 そこを潜り抜けた先は殊更に異質な空間だった。


 あっちは雪原だったから不気味さも嫌悪感もなかったけど、独特の雰囲気は一致してる。


「やっぱり未踏破領域アンノウンか」


 そうだろうと思って居ても、実際に確信を持つとなんだかげんなりしてしまう。


「だとすると……ここが空間の中枢なわけだよね。やっぱり、わざわざぼくたちだけをここに引きずり込んだのは……」

「チュリリ」


 思考を中断させるシラタマの警戒音に顔をあげると、霧の中から何かが落ちてくる音が聞こえた。


「うひゃっ!?」


 少し離れた位置に落ちてきたのは、人間だった。


 女性の上半身だけが落ちてきて、転覆して底を上に向けている小舟にぶつかって水が跳ねた。


 咄嗟にシラタマが雪の幕で防いでくれたおかげで、飛沫を浴びずに済んだ。


「……死ん……いや、この状態で生きてたら怖いけど」


 傷跡的には上半分を力尽くで引き千切ったみたいだ、人間が生きていく上で身体の外に出しちゃいけないものが色々こぼれ出ていた。


 これでまだ生きてるって言われたら、流石のぼくでもスフィの添い寝が必要になる。


 アンノウンに関わると、たまにこうなっても"死ねない"ことがあるから怖いんだよね。


 それはさておき。


「この人、もしかしてあの……金髪の男と一緒にいた女の人じゃ」


 ダメだ、名前が思い出せない。


 聞いていなかったっけ。


「……あれ?」


 女が身に付けていたウェストポーチの中身が、落下の衝撃で散らばっている。


 その中に見覚えのあるアクセサリーがあった。


 何かの花が刻印された金無垢の輪だ、複数個で1セットになるタイプの繊細な代物。


 ゼルギア大陸では金が殆ど産出されない、錬金術師ギルドのグレゴリウス派が作らないと流通すらしない貴重品。


 かなり良いものだし、手放すなんて考えられない。


「シラタマ」

「キュピ」


 シラタマにしがみついて、アクセサリーが散らばった船の上に。


「……シャオの血の匂いは、多分してない、よね」


 散らばった金輪を回収して確認する。


 元々鼻は良くないし、あたりに漂う嫌な匂いもあってよくわからない。


 ひとまず不思議ポケットの中にしまう。


「…………」


 水の中に沈んでいく女を横目で見送り、再びシラタマに飛んで適当な難破船の甲板に登ってもらった。


「シラタマ、見張り台までいける?」

「キュピピ」


 大きな船のマストの上、見張り台に降りて目を凝らす。


 やっぱり霧のせいで果てが見えないな。


 さっきの音の反響からして、壁のような物に覆われているのはわかっている。


 かなり広いとは思うけど、海みたいに開けた場所じゃない、あくまでここは船の中だ。


 ……"サメの胃袋の中"の方が洒落が効いてるかな。


「あそこの扉が船長室、敵影なし……あの海賊にとって重要な物が集まってる可能性があるね」


 ぼくが出てきた船長室は、海賊旗を掲げる小舟の上に扉だけが置かれている。


 船の墓場の中では逆に異様だ。


 つまり、この状況に似つかわしくないものには意味がある。


 周囲を見渡して、甲板に扉だけが打ち捨てられている船を見付けた。


 ここからでも見て取れるくらい、何かに齧られた後がたくさんついている。


「……あそこ、噛み跡だらけの、いける?」

「キュピ」


 近くに行ってわかった、これ……ついてるの全部人の歯型だ。


 小さな物から大きなものまで、一番大きいのはサメの噛み跡みたいで扉そのものがひしゃげていた。


 地面に倒れた扉のノブを掴んで思い切り引っ張る。


 ひしゃげているので心配だったけど、思ったよりも簡単に開いてくれた。


「ビンゴ」


 中からは埃と――火薬の匂い。


「キュピ?」

「うん」


 ……武器だけあっても、食えないもんな。


 中に飛び降りると、少し古いけど腐っては居ない木箱が積み上げられている。


 スピアでこじ開けて、ひとつずつ確かめていく。


「砲弾、剣は錆びてる、フリントロック、手斧、それから……あった、黒色火薬」


 湿気ってるけど、風化ウェザリングで乾燥させればいいだけだ、十分使える。


「シラタマ、てつだって」

「キュピ」


 箱から使えそうな火薬を集めて、乾燥作業だ。


 カンテラで呼び出した影で陣を作り、『風化』で乾燥させていく。


 あとは時間との勝負だ。



 ……ん?


「シラタマ?」


 唐突だった。


 シラタマがばさりと音を立てて、上部にある扉から飛び出した。


 少し遅れて肉が切り裂かれ潰れる音、何かが水に落ちる音が断続的に発生する。


「流石にのんびりしすぎたかな」


 作業に集中しすぎていたみたいだ。


 火薬まみれになった手袋を叩いて滓を落とす。


 足元に転がる手のひらサイズの丸い玉を、隣に置いていた不思議ポケットの中に詰めた。


 不思議ポケットを服の下のお腹に貼り付けて、両手をついて立ち上がる。


 "こういう物"を作るのは初めてだったけど、基本知識をネットで調べていてよかった。


 普段から見付けた色々な物をポケットに突っ込んでいたのも功を奏した。


 以前はスフィに怒られていた収集癖も、保存場所を取らない不思議ポケットのおかげで怒られない。


 必要な物は作れたし、火薬も沢山手に入った。


 結果は上々、フーパー錬師と合流しなきゃいけない。


 外でバチバチに戦闘をはじめたシラタマに聞こえるように、声を張り上げる。


「シラタマ! 終わったら引き上げて!」


 ……こんな高さ、ひとりじゃ登れないから。

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