ある海賊の話

 ぼくたちは放り込まれた船長室らしき場所を調べていた。


 壁にはカットラスが2本かけられ、海図や地図に紛れて小さめの海賊旗が掲げられている。


「ホホジロザメの旗か、よほどサメが好きだったようだ」

「これが」


 この独特な形状の骸骨は、ホホジロザメがモデルらしい。


 見て一発で判別するとは、流石は海洋生物学者。


「書架は充実してる、読書家だったのかな」


 壁際の書架は、海賊という野蛮なイメージを覆すほど内容が充実していた。


 状態は良くないけど、おじいちゃんの家でも見たことがない本が沢山ある。


「古代海獣属本、青が隔てる海、サメを追う……」

「サメを追う!? まさか初版かっ……ああああ!?」


 タイトルを順番に読み上げていると、フーパー錬師が書架に齧りついて一冊の本を引きずり出した。


 勢いよく引き出された本は劣化していた装丁が見事に崩れ、千切れたページがばらばらと地面に散らばる。


 うわ、本喰い虫!


「キュピ!」


 苦手なうねうねゲジゲジが溢れ出す光景にびびって、咄嗟にシラタマに抱きつく。


 この手の虫は苦手なんだよね。前世で小さい頃、こういうのと無事な食べ物を奪い合って噛まれたり、身体を這い回られたりして完全にダメになった。


 今生ではおじいちゃんが虫除けをしっかりしてくれてたから、虫害は受けたことがない。


 そのせいかスフィは平気だけど、ぼくは苦手なまま。


 シラタマは虫に興味を示すこともなく氷の礫で虫を追い払ってくれた。ありがたい。


「ありがと」

「キピッ」


 新しいパターンのさえずりが飛び出した。


「き、貴重な本が……」

「そうなの?」

「海に存在するサメの生態を追い掛けた学者の記録だ! 一部の記述が光神教会の司祭の勘気に触れたという理由で2刷目以降は大幅に改変されてしまった本だよ!」

「……ご愁傷さま、乱暴に扱わない方が良いね」


 室内の様子から伺い知れる通り、書架の本も300年分の劣化はしっかり受けているようだった。


 船に関する本、航海術の本、海洋生物の本、錬金術の本、それから……。


「何これ、深淵文書?」

「あぁ、源獣信仰の本か」


 聞いたことのない単語が飛び出してきて、思わず首を傾げる。


 フーパー錬師が黒い背表紙の本を慎重に取り出して、崩れないか確認してから開く。


「聞いたこと無い」

「大昔からある小規模宗教だ、今でもひっそりと存在しているようだが……。世界は大いなる者、始まりの獣が見る夢なり。何者にも受け入れられぬ獣は孤独なまま死し、世界は滅ぶ。原罪を抱える愚かなる者達よ、終焉へ至る贖罪を重ねよ」


 フーパー錬師が本に書かれている一節を音読する。


「……いわゆる終末論。世界を産み出した大いなる存在は既に死に、世界は間もなく滅ぶってのが主張だよ。噂では数千年前からあるらしい」

「いかにもな感じ」


 数千年前から「間もなく世界は滅ぶ」って言ってるのか。


 呆れたように肩をすくめるフーパー錬師に頷いて返す。


 "カルト"的な連中には嫌な思い出しかない。


 ゼルギア大陸では、言うこと聞かない悪い子はサメと終末カルトのテーマパークへ放り込まれるようだ。


 罪に対して罰が重すぎる。


 ……与太話は置いといて、引き続き書架を漁っているとタイトルの書かれていない本を見付けた。


「……日誌だ」

「おぉ、確認を頼むよ」


 大当たりだ。


 他の本のチェックはフーパー錬師に任せて、ぼくは船長机へ向かう。


 埃を払ってから椅子に座り、机の上に身を乗り出す。


 薄っすら埃が積もった机の上には錬金術関連の本が積み上げられているようだった、破れているのもある。


 意図的に破ったみたいな形跡があるけど……ひとまずいいか。


 思考を切り替えて、航海日誌らしきものを開く。


『ゼルギア歴2197年 2月16日 晴天


 今日がブルース海賊団旗揚げの日だ。

 小舟一隻に身一つと質素だが。

 ようやくあのクソったれな連中から解放されるってだけでワクワクが止まらない。

 自由だ、俺は自由だ、自由にこの海で生きるんだ、

 あの獰猛なサメのように何者も恐れることなく!』


 やっぱり航海日誌だった。


 時間が惜しいのでパラパラめくって流し読み。


 古ぼけた日誌には、大昔に存在したとある海賊の半生が記されていた。


 大陸西方の小さな港町。掃き溜めのようなスラムで育った男が、一念発起して船を盗んで海に出た。


 男は強く賢く、それに惹かれて集まった荒くれ者を従えて海賊団は大きくなっていく。


 いくつもの戦いの果てにキャプテン・シャークと呼ばれるようになった男は、その呼び名を好んで自らも使うようになった。


 やがてブルース海賊団は世界に名を轟かせる大海賊となり、各勢力から狙われる身となる。


 そして……。


『ゼルギア歴2217年 7月23日 曇天


 やられた、罠だった。

 畜生、よりによって副船長が裏切るかよ。

 何が恩赦を受けて普通の人間として家族と生きるだ、騙されやがって

 光神教の連中が約束なんか守る訳ないだろうが!

 マークス、ロナルド、シャイリーもみんな死んだ

 残ってるのはスラムから引っ張り出した悪たれのガキどもだけだ


 外の世界を、広い海を見せてやりたかっただけなのによ

 俺の間抜けでとんだ災難に巻き込んじまった


 せめてあいつらだけでも逃してやりてぇ』


 どうやら港に停泊中に酒に毒を混ぜ込まれ、動けなくなったところで光神教会の修道騎士団に踏み込まれたようだ。


 乱戦の末に主要メンバーの大半を失いながら、連合海軍の追跡を振り切ったと書かれている。


『ゼルギア歴2217年 8月4日 海霧


 毒のせいか体調が酷い、海獣を狩ることすら出来やしねぇ

 天下の喰い裂きブルース、キャプテン・シャークが聞いて呆れる

 今日もまたひとり、若造が逝った

 食事も水も満足に取れない、船内に絶望が広がっているのがわかる


 続く嵐のせいで俺たちが今どこにいるのかもわかりゃしねぇ

 シャイリー、どうしてここにお前がいない、お前の出番だろうが


 俺が本当にサメのようにどこまでも血の匂いを追いかける事ができたなら

 あいつらを飢えさせることもなかったんだろうか

 あいつらを陸地へ連れていってやることも出来たんだろうか

 あのクソったれどもをひとり残らず血祭りにあげることができたんだろうか


 くだらない、俺らしくもない弱気な考えばかりが浮かんでくる』


 逃げるタイミングで嵐に飲まれ、自分たちの居場所を見失った。


 しかも霧まで出て、記述から見て取るに航海士も乱戦で失ったようだ。


 乗組員を失っていく絶望的な状況に、豪快な印象を受ける前半部分とは真逆の弱気な愚痴が続く。


『ゼルギア歴2217年 8月22日 濃霧


 毎日毎日、代わり映えのない真っ白な霧しか見えない

 まるで霧の牢獄だ

 昨日最後のひとりを見送った、海へ帰した


 広い船に俺ひとり、順番が逆だろうがよ

 悪党らしく最後は派手に戦って死ぬと決めてたんだ

 それがこれだ、このザマだ


 誰も居ない! 霧で何も見えない海で! ひとりで飢えて死ぬ!


 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

 ここに錬金術師が居たら、あいつらを死なせずにすんだのか?

 俺が錬金術を使えたら水だって作れた、嵐で壊れた舵だって直せた!

 喉が渇いたって! もっとあるだろ、最後の言葉なんだぞ!

 畜生、俺はブルース! キャプテン・シャークだ!』


「…………」


 最後の方は支離滅裂になっているあたり、当人も追い詰められていたのがわかる。


『なんたらって宗教の連中とやりあったときに見付けた不気味な黒い物が詰まった瓶、奴らは『ルトゥム・オリジニス』と呼んでいた

 原初の海という場所の泥らしい

 飲めば神にも等しい力が手に入るとかいう、なんたらって獣の一部とも言っていた

 信じちゃいないが、他にやれることがないだろう


 何より、海の泥っていうのが気に入った

 もしも本当に神様みたいな力が手に入ったっていうなら、その時は……』


 これが最後のページだ。


 ハリガネマンが付けた、ぼくのカンテラ『原初の光ルクス・オリジニス』と似た名前が出てきた。


 確かラテン語だったっけ、こちらでも古い言葉の中で似た語感の言語があるけど。


 ……偶然の一致?


「シラタマ、ルトゥム・オリジニスか原初の海って知ってる?」


 発音が正しいかわからないけど、隣で首を傾げているシラタマに聞いてみる。


「……シラタマ?」


 精霊なら何か知ってるかと思ったんだけど、じっとぼくを見たまま何の反応も返してくれない。


 どうやら精霊関係の『言えないこと』に引っかかるらしい、ダメか。


「ちょっとくらい教えてくれてもいいのに」

「……キュルル」

「シラタマを責めてるわけじゃないよ」


 思わず零したぼやきに、シラタマが物凄く悲しそうなさえずりを発した。


 何か事情があるのはわかる。


 胡散臭いという概念が服を着て歩いてるような、あのハリガネマンの言葉を信じるなら。


 ぼくが忘れてしまってる記憶の中に答えがあるのかもしれない。


 ……まぁ、今はみんな揃って見知らぬ故郷に帰るのが最優先だけど。


 あれこれ考えるのはそれからでも遅くない。


「シラタマ、みんなと合流しよう」

「キュピ」


 気持ちを切り替えて椅子から降りる。


 日誌を読んで、机に積み上げられた錬金術関連の本を見て大体察した。


 ぼくとフーパー錬師がこの部屋に招き入れられた理由も、何でこの船がわざわざ人間を引き寄せるのかも。


 船内に入った時に見た、無限に続くような廊下の訳も。


 まったくもってはた迷惑な話だ。


「フーパー錬師、船や船の武装のことってわかる?」

「ふむ? バザールほどではないが多少はわかるよ」


 それは心強い。


「この時代の海賊船の使ってる武器の中に――火薬ってあるかな?」


 お望み通り、派手に終わらせてやる。

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