├兎と狐と女騎士
「シャオちゃん! また出た! また出たぁ!」
「のじゃああ次から次へと! シャルラート頼むのじゃ!」
同じ頃、フィリアとシャオは安全地帯を求めて廊下を逃げ回っていた。
進めど進めど扉の先はまた廊下、時折見つかる階段を登ったり降りたりを繰り返し、今はどこかもわからない。
幸いにもシャルラートの助力により単体で現れるサメ人間程度なら問題なかったが……。
「ぜぇ、ぜぇ、やばいのじゃフィリア」
「しゃ、シャオちゃん?」
都度5体目のサメ人間を水の刃で両断したあたりで、シャオの顔色が青ざめる。
「魔力がもう半分もないのじゃ……」
「え!?」
シャオの発言はフィリアからすれば意外な一言だった。
フィリアの知る精霊といえば、シラタマである。
永久氷穴で唐突に仲間に加わって以降、圧倒的な強さを見せた雪原はもちろん、街道に出てからも獅子奮迅の大活躍をしていた。
巨大な氷柱を飛ばしたり、アリスが削り出した剣を投げたり、時には真っ白な氷塊で押しつぶしたり。
それだけやってなお魔力切れなんて単語を聞いたこともなかった。
しかもアリスは本人も認める魔力なし、勉強した結果フィリアですら使えるようになった点火や水洗の魔術すらまともに使えないほど。
「精霊術って、魔力使うの?」
「当たり前なのじゃ! なんだと思っておるのじゃ!」
ハッキリ言って、精霊術は本人の魔力を消費しない術なのだと思いこんでいた。
アリスから聞いていたのが、「ぼくの魔力が低すぎて、雪の補充が少しずつしかできない」という内容なのも原因のひとつだろう。
「よいか! 精霊術というのはのう、魔力で編んだ幻体と呼ばれる仮初の器にじゃ、精霊が力の一部を宿して助力してくれる術なのじゃ! 込めた魔力が尽きれば幻体は消えてしまう、時間が経つのはもちろん、力を使えば消えるまでの時間はなお早まる! アリスもそうじゃ、ちゃんと覚えておくのじゃ!」
「……え、ええっと、うん」
フィリアはますます首を傾げる。
当人曰くカンテラを通って行ける場所に今のシラタマの家があるとかで、呼び出しに応じて出てきてくれるのだという。
しかし、シラタマは何なら四六時中アリスの傍に居る。むしろ理由がなければ消えない。
よく知っているアリスの状況とシャオによる精霊術の説明の乖離に、フィリアの頭は疑問符で埋め尽くされていった。
「水の刃は撃てて5回なのじゃ、魔力を注げばもう3回……それで今日は打ち止めなのじゃ」
「……じゃあ、それよりたくさん来たら」
「……い、いやなのじゃ、こんなところでサメ人間に食われて死ぬのは嫌なのじゃ……!」
「わ、私もやだよう!」
抱き合って震えるふたりの優れた聴覚が、何かが床を踏むギシリという音を拾う。
「ひいい! わしは美味しくないのじゃ! ぜったい筋張っててくさいのじゃ!」
「わた、わ、わたしも美味しくないですぅぅぅ!」
音のした方を振り返り、泣き言か命乞いかよくわからないことを口にする幼い少女たち。
その姿に足音の主は困惑した表情を浮かべて、両手をあげた。
「お、落ち着け、私は湾岸騎士隊のミリアム・クイント准騎士だ。君たちのような子供が何でこの船にいる?」
「……ふえ?」
「騎士……なのじゃ?」
涙で滲んだ視界に映るのは、入院生活で見慣れた湾岸騎士の装束に身を包んだ涼やかな目元の女騎士。
彼女は困惑した様子を見せながら、腰に手を当てて溜息をついた。
■
「そうか、君たちもフーパー殿の船に……」
「うん、うん……」
「巻き込まれたのじゃ、あんまりなのじゃ……」
甲板を目指して歩きながら、フィリアたちはクイントと事情を話し合った。
代官からの呼び出しを、フーパーに伝えに船へ向かっていたところ、クイントは沖合に妙に濃い霧がかかっているのを目撃。
何事かと波止場までいけば、特徴的なフーパーの船が霧の中に突入していくところが見えた。
これはただ事ではないと小舟を借りて追い掛けたクイントが見たのは、巨大な廃船に横付けされて動かないフーパーの船。
船の中を見ても誰もおらず、まさかと思い廃船の甲板に登れば生々しい戦闘の跡。
そこでまずい事態が起きていると確信したクイントは、ひとりフーパーを探すため船内に突入したのだという。
「一応騎士団に報せは出したが、無事に届いていてくれるかどうかは」
「報せって、連絡は取れるのじゃ?」
「特定のシンボルに向かって引き寄せられる小瓶の魔道具がある、海上ではそれに手紙を入れて使うんだ」
クイントはそう言って、腰につけたウェストポーチを軽く叩く。
海上を漂う瓶は魔獣も狙わないし、港には大抵集積所が設けられている。
陸上であれば使い魔や伝書用の魔獣を使う選択肢もあるが、海上であればこちらのほうが確実だった。
「しかし参った、フーパー殿は床の穴に落ちてしまったというのか……」
「たぶん、アリス……ええと、友達の狼人の女の子と一緒だと思う」
「
「知ってるんですか?」
「第4の連中から少しな、錬金術師ギルド長殿が目をかけているという子か。一緒に船に乗っていた理由も納得がいった」
『錬金術に興味を持った子供に、見学でもさせてあげていたのだろう』と、間違った解釈をして納得するクイントだったが、残念ながら情報を正してくれる人間はここにはいなかった。
「お姉さんもダイヨンの人なの?」
「いや、私は第6分隊で海獣担当、海の魔獣に関わる問題を調べるのが仕事だ。第4は強行犯、つまり……誘拐とか強盗とか、悪い人間を調べるのが仕事だな」
「へぇー」
図らずも和やかな空気になりかけたところで、クイントは足を止める。
「少し静かに出来るか?」
「う、うん……」
「……のじゃっ」
咄嗟に口元を押さえる子供たちを見て「上出来だ」と笑みを浮かべるクイントが、腰に佩いたカットラスを音もなく引き抜く。
「姿を見せろ、下郎」
呼びかけに答えたのか、そうではないのかは定かではない。
しかし扉が開いて現れたのは、やはりサメ人間だった。
「魚人か?」
「わかんない、いつも無言で襲ってきて」
「こいつらは魔物なのじゃ!」
横合いから断言するシャオの言葉を受けて、クイントの表情が引き締まる。
「ならば、加減はいらないな――『セイルブレード』!」
剣を前に突き出す姿勢から踏み出したクイントの身体が、まるで海上をヨットが滑るように加速していく。
2歩、3歩と距離が詰められ、サメ人間が武器を構えるより早く、水色の光を残して脇を駆け抜ける。
「……サメの見た目の割に硬くはないな」
ヒレの脇から血を噴き出して倒れるサメ人間。
それを見下ろしたクイントは、切っ先を首元に突き刺し、トドメを済ませてから血振りした。
「大丈夫か?」
「う、うん」
「助かったのじゃ」
フィリアが首を縦に振り、シャオは服の中に忍ばせたシャルラートを抱きしめながらほうっと息を吐く。
最大の不安であった近接戦闘のできる騎士の登場に、ふたりは明らかに安堵していた。
「ひとまず甲板までは送ろう、フーパー殿の船で大人しく待っていられるか?」
「は、はい、友達もそこを目指すと思うので……」
「友達の方は大丈夫なのか?」
「その、みんな私より強い、ので……」
クイントの問いかけに、どこか悔しそうな顔で答えるフィリア。
なんとはなしに心情を察したクイントはそれ以上突っ込むことはなく、前を向き直した。
――ドォォォン!
「ひあ!?」
「……なんだ、上から爆発音?」
突如として聞こえた爆発音に全員の意識が上部へ引っ張られる。
「ふおっ……?」
時を同じくして、シャオの身体が何かに引き寄せられるように宙に浮いた。
「の、のじゃああ!?」
「シャオちゃん!?」
「なっ……貴様! どういうつもりだ!」
シャオの悲鳴に振り返ったフィリアとクイント。
髪を振り乱した水着のような格好の女がひとり、シャオの首に腕を巻き付けながら頬にナイフを突きつけていた。
化粧が乱れているが、キントナーに侍っていた女のひとりだった。
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