├セント・ジョーズ号の惨劇

 沖合で発生した謎の霧の中で不気味な船を目撃したのは、噂を聞きつけた低ランクの冒険者だ。


 冒険者という仕事は決して綺麗で勇壮なものではない、どちらかといえば便利屋やなんでも屋に近く、泥臭いものが大半だ。


 その傾向は低ランクになるほど顕著で、ようやく見習いを脱したばかりの『Eランク』ともなれば、『Fランク』依頼に毛が生えたような仕事しか回ってこない。


 己の腕を過信し、冒険に飢えている若い冒険者ほど財宝関連の噂話には敏感だった。


 田舎から仕事を求めてパナディアへ出てきて、稼ぎで買った小さな船を武器に海の魔獣で稼ぐのが通常の流れ。


 それに違わない日々を送っていた『Eランク』の冒険者が、噂に聞く財宝を積んだ廃船に挑むことを咎められる人間はいない。


 結果としてどんな惨劇が待ち受けていたとしても、それは当人たちが選んだ選択の結果なのだから。



「それで、私達は救助依頼を受けてきたん、だけどね」


 下級の治癒ポーションを使った手当を受けながら、エレンは自分たちの置かれている状況を話していた。


 『Eランク』冒険者から、自分たちのチームが霧の中の漂流船でバケモノに襲われてはぐれてしまった、仲間を助けてほしいという依頼を受けたのが少し前の出来事。


 集まったのは『Dランク』3チームと、臨時でひとり加えた『Cランク』1チーム。


 依頼者である青年の案内で船にたどり着いたのはいいものの、甲板では真新しい戦闘の痕跡。


 内部に踏み込んで見れば、明らかな空間異常。


 これは手に負えないと判断したエレン達だったが、他のメンバーと方針で割れてしまう。


 戻って正式に調査団と救助隊を要請するべきだと主張するエレンと仲間たち。


 そんなことをしたら財宝の取り分が減ると主張するキントナー一行。


 争っているうちにサメ人間の襲撃を受けることになり、更には戦闘のどさくさに紛れてキントナーに攻撃されたのだ。


 船首像からキャプテン・シャークの船だと決めつけたキントナーは、始めからこうするつもりだったのだという。


 主導権を持つ、目障りなエレンたちを排除するチャンス。


 そう思ったキントナーによって状況は混迷を極め、接近戦を苦手とするシシリテウルを庇って左腕を負傷してしまう。


 深く鋭いサメの咬傷。強い痛みに呻きながら倒れたエレンを見て、キントナーは頭を垂れている風に見えてご満悦だったらしい。


 その隙きにけむり玉を使って逃走を図り、たまたまこの部屋に隠れて救助を待っていた『Eランク』冒険者だという青年に匿われていたのだった。


「失敗したわ、乱戦でポーションも落とすし最悪」


 エレンとて強者に数えられる程度の実力はある、彼女から見たサメ人間の強さは冒険者ギルドの指定ランクで換算すれば『EからD』と決して高くはない。


 武器の扱いは拙く、まるで自分の身体の使い方をわかっていないかのように動きも鈍い。


「あなたたちも気をつけなさい、あいつら武器なんかより咬む方がよっぽど凶悪よ。防御してなかったら腕がなくなってた」


 しかし噛み付きだけは別次元の威力だった。


 鉄のワイヤーを仕込んだバトルドレスの袖ごと食いちぎられた。


 咄嗟に練気で防御していなければ、間違いなく骨ごと持っていかれただろう。


「瞬殺は正解だったにゃ……」

「うん……」


 傷口を布で縛り、青ざめながらスフィが頷く。


 サメ人間に襲われた時は急所狙いの速攻で倒していた。


 時間的余裕がなかったからだが、体格差ゆえの狙いのつけにくさと、剣のリーチが功を奏したのだろう。


 格闘術主体のエレンには、さぞ厄介な相手だったに違いない。


「ありがとう、大分楽になったわ。あなた達も仲間と逸れちゃったのね」

「そうにゃ、でっかいサメと、金髪のうざいムカつく奴のせいにゃ」

「ちょー横暴なの!」

「……キントナーだな」


 扉を警戒しながら話を聞いていた青年が、苦々しげに表情を歪ませる。


「有名にゃのか?」

「故郷が同じなんだ、昔から才能があった。強いけど横暴な奴で皆から嫌われてる」


 キントナーと同郷の人間だという青年は、横暴という特徴を聞くだけで判断したようだ。


 世代も近いせいか、苦労していることが表情から伺い知れる。


「あいつは財宝の独り占めを狙ってる、近づかないほうがいいわね。でっかいサメは見たことないけど、そんな大きいのが居たの?」


 ポーションの治癒効果が効いてきたのか、顔色が良くなったエレンが壁に預けていた身体を起こす。


「ちょーでっかかったの!」

「あたしらくらいならすっぽり口の中にゃ、やべー硬くて剣折れたにゃ」

「そう……」


 子供らしい語彙力のなさから推測したエレンは、サメ人間を一回り大きくしたサイズを想定した。


 実際には頭部だけで成人1人丸呑み出来る大きさがあったが、写真が無いので伝わらない。


「お姉さんの仲間は?」

「船内を動いてると思うけど、どこにいるやら」


 マーティン、ジェイド、シシリテウル。


 いずれもしっかりとした実力があるメンバーだった。


 協力すればキントナーを抑えることも出来ただろうが、悪条件が重なった。


 口論中に乱戦に持ち込まれてしまったこと、煙に乗じて3人が飛び込んだのと同じ扉に入ったのに、出た先は全然違う場所だったこと。


 本来はすぐに態勢を立て直してから迎撃&制圧する予定が、怪我をしたエレンひとりだけでサメ人間と横暴人間から逃げ回る羽目になったのである。


 滅多に使わない『ふぁっきゅーふざけんじゃないわよ!!』なんて下品な叫びを上げてしまったのはご愛嬌だ。


「合流は難しいにゃか」

「なんだかみんなバラバラだね……」


 考えこむノーチェに対して、スフィは分断されたのが自分たちだけじゃないことに首を傾げる。


 巨大サメは直接狙うのではなく道を壊して、アリスたちは穴を開けることで無理矢理下の階層に。


 恐ろしい怪異の待ち受ける船内で、まるで仲間を失わせ孤独に追い立てようとしているみたいだった。


「ま、肝心の仲間以外とは簡単に合流できるみたいだけどね」

「はは……」


 皮肉めいた事を言うエレンに、青年は苦笑を浮かべる。


 それは同時に、信頼の置けない厄介な相手キントナーとバッティングする可能性が高いことも示唆していた。


「それで、あなた達はなんだってこんな船に」


 今更だなと思いながらエレンが聞いたのは、こんな厄介な船に子供が乗ってきている理由だった。


 装備や胸元につけた冒険者タグから、無意識下で財宝目当ての向こう見ずの子供かとも思っていたが、痛みが落ち着いた状態で見てみれば明らかに異質だった。


 スフィの持つショートソードも、ノーチェの持つダガーナイフも名工並のクオリティ。


 造りは妙に素人臭いが、刀身そのものは一流の鍛冶錬金術師を目指すエレンをして唸る出来栄えだ。


 年齢やタグからして『Gランク』冒険者なのは間違いないものの、装備品やこの状況での落ち着き方は並ではない。


 何か事情があるのだろうというのは簡単に読み取れた。


「色々あってにゃ、海の中にいる奴に連れてこられたにゃ」

「たぶんサメさん?」

「だよにゃあ、たぶん」


 ふたりのやり取りを見てエレンは納得した。


 恐らく近隣で何かしている最中に無理矢理連れてこられたのだろう。


 そう考えると、ますますこの船の存在が不気味に感じてきた。


「わざわざ人を引き込んで、仲間と引き離して、何がしたいのかしら」

「こっちが知りたいにゃ、お姉さんはこれからどうするにゃ?」

「少し落ち着いたら仲間を探すつもり」

「だったら一緒に――」


――バンッ!


 スフィがそう言いかけた瞬間、扉を破って武器を手にしたサメ人間がぞろぞろと入り込んでくる。


「う、うわぁぁ!?」

「足音しなかったにゃ!?」

「なんでこんなにたくさん!」


 その数4体。


 剣を握り締めるように扉から離れる青年と入れ違いに、前に出たスフィが剣を振る。


「がああっ!」

「あーもー武器がにゃいってのにっ!」


 一番手前のサメ人間が反応する前に袈裟懸けに斬りつけ、後ろに飛んで距離を取る。


 追撃しようと踏み出したサメ人間の脚部を、入れ替わったノーチェが翠緑の雷光をまとった短剣で払う。


「てやー!」


 倒れたサメ人間の延髄に剣を突き刺したスフィに、後続のサメ人間が細かな歯の並ぶ大きな口を開いて噛みつこうとする。


「あぶねぇにゃっ!」

「ひゃー! こわー!」


 雷光をほとばしらせたノーチェの蹴りが頭部を捉え、動きの止まった隙きにスフィが慌てて退避した。


 1体2体なら敵でなくとも、狭い室内での物量は強力な武器になる。


 敵が死を恐れない怪物なら尚更だ。


「ぐぅっ……下がって!」


 怪我をした左腕を庇いながら立ち上がったエレンが叫ぶ。


 咄嗟に振り返ったふたりは、腰だめに構えられた金属製のガントレットを目にして咄嗟に横に飛んだ。


「うわっ」

「兄ちゃん邪魔にゃ!」


 部屋の壁際で震えている青年に文句を言いながらも十分に距離が取れたのを確認した所で、エレンは床を砕く勢いで踏み込む。


「いつまでもやられっぱなしだと思わないでよ! 『バーストノック』!」


 鮮やかな赤い光をまとった拳が、噛み付くために前傾姿勢になっていたサメ人間の鼻先に叩き込まれる。


 衝撃と同時に爆炎が吹き上がり、入り口で固まっていた3体のサメ人間が壁をぶち破って飛んでいく。


「ひいいい!?」

「あちあちっ!」

「あっづ! あっづ!?」


 唐突な熱風に肌を炙られて悲鳴をあげるノーチェとスフィ、頭を抱えて悲鳴をあげる青年。


 サメ人間たちは廊下を挟んだ反対側の部屋に叩き込まれ、焼け焦げた無惨な姿になっていた。


 末路を見届けたエレンは、痛みを堪えるようにシィィと口の端から細く鋭く息を吐く。


「――いっだい! もう! だからこの武技アーツ嫌いなのよ!」


 武技の反動で痛めたのか、巻いた布にまた血が滲みはじめた左腕を押さえて、エレンが涙目で叫んだ。


「このお姉ちゃん、もしかして」

「……結構強いにゃ?」


 先程まで『大して強くないサメ人間相手に怪我をした』と認識していた女性が見せた意外な強さに、スフィとノーチェは顔を見合わせて評価を改めるのだった。

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