├探索
「アリスッ!」
「スフィ! こっちが先にゃ!」
慌てて飛び込もうとしたスフィを制して、ノーチェはキントナーを睨みつけた。
「ふざけんなよ、なんだあのバケモノ! なんなんだ!」
「だから知らねぇにゃ! おかげでこっちは仲間とはぐれたにゃ! どうしてくれんにゃ!」
ノーチェとてこの男の実力は何となく察している。
誘拐事件の時に戦った拳闘士には遠く及ばずとも、そこらの騎士よりは腕が立つだろう。
何をするかわからない剣士を背後に回し、何が起こるかわからない危険地帯で仲間探しなんて冗談ではなかった。
「あぁ!? それこそ知らねぇよ! てめぇの仲間なんざどうだっていいだろ! そんなことよりオレ様を手伝え! ここから出るんだよ!」
「冗談じゃにゃい! こっちはダチを見捨てるつもりなんてにゃいんだよ!」
あまりにも身勝手な物言いに、ノーチェとスフィの毛が逆立つ。
「き、キントナーどうすんの、アレ絶対やばいっしょ」
「流石にあんなバケモノは無理じゃん、やべぇってマジで」
「クソッ! わかってんだ! ごちゃごちゃうるせぇ!」
さしもの傍若無人な冒険者たちも、先程の巨大サメはよほど堪えたのか動揺が見て取れた。
「そうだ、こいつらを使えばいい! お前ら、オレ様たちが逃げるまで囮になれ!」
「……もうそれでいいから、とっとと失せるにゃ」
名案を思いついたとばかりに剣を突きつけるキントナーに、ノーチェはあからさまな溜息を吐いた。
ノーチェは腹が立っては居たが頭は冷静だった。
『もっと頼れ』と豪語して見せた以上、ここで無様は見せられないという意地が、ノーチェをリーダーとしても成長させている。
元よりこの状況でアリスを見捨てて逃げる選択肢は存在しない、無駄な戦闘を避けれるのであれば我慢も出来た。
何よりも、まともな振りして子供の拙い善意を無碍にする貴族一行と比べれば、徹頭徹尾スジの通っていないこいつのほうがマシとすら思える。
「ふざけるなてめぇ! 何だその態度は! オレ様はてめぇらより格上で先輩冒険者だぞ!」
「ブスなガキのくせにマジ生意気なんだけど」
「ありえねー」
「…………」
しかし冷静に取捨選択できない人間も世の中にはいる。
「クソガキども! まさかオレ様がビビってるとでも思ってんじゃねぇだろうな! ナメてんじゃねぇぶっ殺すぞ!」
「………………」
逃げる選択肢が増えて恐怖が抜けたのか、怯えた事への羞恥とナメられた事への怒りでキントナーの顔がみるみる赤くなっていく。
荒らくれの多い田舎漁村で最強の男ともてはやされ、逆らう者なく生きてきた男だ。
そんな彼にとって、面子を潰されることは許しがたい出来事のようだった。
潰れた原因が主に自分にあったとしても。
「……びびってるじゃん」
気まずい沈黙の中、不満そうなスフィの一言がキントナーを暴発させたのは言うまでもない。
■
「スフィ! あたしが我慢してたのに余計な事言いやがったにゃ!」
「ごめんってばー!」
スフィとノーチェはキントナーたちをすり抜けてボロボロの廊下を走っていた。
足場の悪い船内は、足が早く小柄なふたりに有利に働く。
怒りの表情で追い掛けてきていたキントナー達は思うように進めず、徐々に距離を離されて今は姿が見えない。
「……アリス、大丈夫かな」
「わかんにゃいけど……ま、心配いらにゃいだろ」
声も聞こえなくなったあたりで一息ついた。
妹を心配するスフィに対して、ノーチェは呼吸を調えながら気楽に答えた。
この手の異常事態にもっとも強いのはアリスだ。
今ごろ何かしらの対策を練っている可能性もある。
「無理してないといいんだけど」
「シラタマが居るから大丈夫にゃ」
前回の時にシラタマが動かなかった理由も、アリスが聞き出したところ『本人に直接的な危険がない限り、アリスに頼まれない限り何も出来ない』という縛りが原因のようだった。
今回は体調も万全に近く、そのうえ幽霊船の内部はひんやりとした空気が漂っている。
永久氷穴で見せた全力には程遠くとも、ここでのシラタマがそこらの魔獣に遅れを取るとは思えなかった。
「それよりフィリアとシャオだにゃ!」
「うんっ」
それよりも心配なのが、フィリアとシャオのふたり組。
フィリアもシャオも弱くはないが、"年齢の割には強い"という程度。
普通ではないこの状況下ではあまりにも心もとない、戦力で言うのなら一番不安な組み合わせだ。
本来はキントナーを適当に追い払った後になんとかして穴を超えて合流するつもりだったが、それもおじゃんになってしまった。
「これなら試作品の1本でも持ってきときゃよかったにゃ!」
早足で歩きつつ、抜き身の短剣を握り締めてノーチェはぼやく。
アリスから投げ渡されたダガーナイフは、小振りでしっかりした作りだが所詮は工作用。
先程折れたショートソードよりも出来は良いが、想定されている用途が戦闘ではないためか武器としては扱いにくい。
こんなことなら404号室に転がっている試作品のひとつでも持っておくんだったと、今更ながら悔やんでいた。
「ノーチェ、あそこに階段!」
「降りるにゃ!」
道中で下へ続く階段を見付けたスフィが叫び、思考を切り替えたノーチェは一目散に駆け下りる。
下の階ではまたしても長い廊下が続いていた。
「またかにゃ!」
「同じのばっかり」
「取り敢えず進むにゃ!」
埒が明かないとばかりに適当な扉を開けて、ふたりは中へ入る。
「……また廊下にゃ」
「どうなってるの?」
開けども開けどもその先は似たような廊下が続く。
幸いというべきか既にキントナーの追ってくる気配は感じなくなっていたが、今度は同じ空間が続く不安感が増してくる。
初めて経験するあからさまな空間異常に、ふたりは困惑を顔に貼り付けて顔を見合わせた。
■
「シャオちゃん、急いで!」
「なんでじゃあ! なんで階段あがったのにまた廊下なのじゃあ!」
キントナーとノーチェ達のやり取りを見届けたフィリアが真っ先に取った行動は、すぐに引き返して甲板へ出ることだった。
自分たちが足手まといになると判断しての行動だ。
スフィたちほどではなくとも、フィリアだってしっかりと成長している。
元々要領が良かったこともあって家事も覚え、戦闘だって決して足を引っ張らなくなっている。
しかしそれでも、単独で何かが出来るほど突出した力はまだ持っていない。
逃げることしか出来ない自分に歯噛みしながら、フィリアはシャオを先導する。
そして必死に足を動かして、階段を登りきったふたりを待ち受けていたのは先程と代わり映えのしない廊下。
空間異常のループに引っかかったフィリアは、少しだけ冷静さを失った。
「シャオちゃん、武器は!?」
「持ってきてないのじゃ! いきなり巻き込まれたのじゃ!」
正確には自分から飛び込んだのだが、フィリアは敢えてツッコミを入れなかった。
そんな余裕がなかったとも言う。
「あの精霊さんは?」
「はっ、そう言えばあのおっさんがいないのじゃ! フィリアは……うむ、もう知っておるし、友達じゃからの!」
友達という単語を強調しながら詠唱を始めるシャオを尻目に、廊下の奥を見つめるフィリア。
その耳が近づいてくる不気味な音を拾い、ピクりと動いた。
「――頼むのじゃ、シャルラート!」
「…………」
召喚されるなりシャオの頬にキスをしたシャルラートが、廊下の暗がりを睨むフィリアの前にすいっと踊り出る。
ひとりと一体の視線の先に、二足歩行のホホジロサメのような怪物が姿を現した。
「な、なんじゃあれ」
「か、甲板に居たの、だよね」
「ア……ア……」
ギザギザの歯が並ぶ口から漏れる、空気が抜けるようなうめき声。
サメ人間とも形容すべき怪物が、ふたりを見つけて廊下を駆け出した。
人間に似た脚を器用に動かしてサメ人間は襲いかかる。
「こ、こないで!」
「しゃ、シャルラート!
シャルラートが迎え撃つように水の刃を放ち、サメ人間を両断した。
攻撃はしっかりと効くようで、走り出したサメ人間は途中でずるりとふたつに分かれる。
「ひやああああ!?」
「のじゃああああ!」
中身を全てぶちまけて動かなくなったサメ人間を眼前にして、フィリアとシャオは悲鳴をあげて抱き合う。
それを振り返ったシャルラートは、面倒くさそうに水で出来た身体を震わせていた。
■
「いまね、悲鳴聞こえなかった?」
同じ頃、倒れる1体のサメ人間の横でスフィが剣の血糊を拭いながら顔を上げた。
幸いというべきか、サメ人間はスフィたち単独でも対処できる程度の強さだった。
冒険者ギルドが定める魔獣の討伐ランクで言えば『Dの下』と判断される程度だろう。
「フィリアだったよにゃ、近いにゃ?」
微かに届いた少女の悲鳴は聞き覚えがあるものだった。
「下の方だったような」
「階段登ってたよにゃ、あいつらも落ちたのにゃ……?」
キントナーたちから逃げる際、背後を見たノーチェはフィリアがシャオをつれて階段を駆け上がるのを確認していた。
薄情だとは思わない、むしろ打ち合わせなしで良く動けたと感心したくらいだ。
出来ることなら、うまく甲板かフーパーの船で身を守っていてくれればいいと思っていた。
悲鳴が下から聞こえたことで、その希望も儚く潰えてしまったが。
「どこまでいっても同じような廊下ばっかり! ここどうなってるにゃ!」
「もう床壊す?」
錬金術でなくとも、剣や魔術で床をぶち壊すことは出来る。
「ダメに決まってるにゃ、また変なことになったら」
「大変だよね……」
それが出来ないのは、錬成を使おうとしたアリスとフーパーが床に空いた穴に飲み込まれるのを見たからだ。
普通に壊そうとして同じことにならないとも限らない。
「とりあえ……ずっ!」
背後から近づいていたウミヘビらしき魔獣の頭を、スフィが振り向きざまに斬り飛ばす。
「目指すのは下、だよね」
「せめてアリスと合流できればにゃあ」
アリスがいれば補給が出来る。フーパーとシャオリンは最悪気絶させればいい。
邪悪な思考が頭をよぎりながら、ノーチェはダガーを片手に目の前の扉を開ける。
「うおおおお!」
「にゃんだ!?」
開けた扉から飛び出してきたのは、剣を持った10代後半の青年だった。
咄嗟にふたりが飛び退いて、青年の剣が床を削る。
「……ば、ばけものめ!」
「誰がバケモノにゃ!」
「あ、あれ? 子供?」
罵りながら振り向いた青年がノーチェを見て、キョトンとした顔になる。
「なんで子供がこんなところに!」
「いきなりだにゃてめぇ、あのキントナーってやつの仲間にゃ!?」
「はぁ!? ふざけるな! 誰があんな奴の!」
言い争いが始まった横で、すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいたスフィが青年の出てきた扉の向こう側を覗き込んだ。
扉の向こうに廊下はなく、朽ちた船室になっている。
「おねえさん、大丈夫!?」
「こど、も……?」
その中でも汚損の少ない壁に、ひとりの女性が背を預けて横たわっていた。
右手にはガントレット、左腕には何かの噛み傷。
服の襟元に2枚羽のフラスコが描かれた、銅の錬金術師徽章をつけている。
ちびっこ達が露店で弓と弓弦を売ったエルフの女『シシリテウル』のパーティメンバー、錬金術師の『エレン・ブロード』だった。
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