分断
「キントナー!」
「ちょっと、何油断してんのよ!」
「ぐ、ぅ、くそっ、げほっ! ガキどもぉ!」
いいコンビネーションを食らって膝をついた男だったけれど、意識を刈り取るまではいかなかったようだ。
「ガードされたぁ!」
「まだまだだにゃ」
「ぶぅぅぅ……」
よっぽど腹に据えかねたのか、普段はあんまり人への暴力を好かないふたりがイケイケになってしまってる。
スフィによる喉への一撃はとっさに防御されてしまったようだ。
練気を体の一部に集中して強度を上げる技だろう。
あの一瞬でそれを使えるあたり実力そのものは"本物"なんだろうなぁ、もったいない。
「もう許さねぇ、ズタズタにして魚の餌にしてやる!」
「ほんっとムカつくガキ! あたしにもやらせてよ!」
「泣かせて土下座させてやろうよ、あの馬鹿女みたいにさ」
男が腰の剣を抜き、女たちが得物らしき短剣を抜く。
言動の酷さの割に隙がない。
「だ、大丈夫なのかい、この状況?」
「良くはない」
こんなところで対人戦するのも具合が悪すぎる。
本気の全力を出せば勝てるだろうけど、残念なことに勝つ意味がない。
「チュリリリリ!!」
仕方ないので、錬金術であの人達を下層に落としてお茶を濁そうと床に手を触れた時だった。
船が振動するのを感じた。
「にゃんだ?」
「ふぎゅ、なんかくしゃいのがちかづいてくる!」
「……?」
バキバキと何かを砕きながら、音が近づいてくる。
揺れと音からしてかなり大きい、至近距離になるにつれてスフィの言う通り悪臭も強くなってくる。
魚の生臭さと……アンモニア臭が混ざった吐き気を催す匂いが近づいてくる。
「スフィ! 下からくる!」
「ひゃっ!?」
「ゴオオオアアアアアア」
呼びかけに反応して壁際に飛び退いたふたり。
殆ど同時に、ぼくたちとスフィたちの間の床をぶち抜いてそいつは現れた。
頭部だけで数メートルあるような巨大なサメだ、額にやけどの跡みたいなのがある意外はホホジロザメに似ている。
バキバキと音を立てて床板を噛み砕きながら、真っ赤な瞳をギョロギョロ動かしてぼくたちを見ている。
「な、なんだこいつ!?」
「フギャア! 巨大サメにゃ!」
まずい、スフィとノーチェが突出しすぎてる。
サメが食い破った穴は大きく、本体が邪魔になって向こう側の様子が見れない。
「スフィちゃん! ノーチェちゃん!」
「ふたりとも!」
「ええい、そこをどくにゃ!」
回り込んでいる最中に見えたのは、巨大サメへ向かってノーチェが剣を振るう瞬間。
稲妻を纏いながら振り抜かれた剣は、その肌にぶつかると同時に不自然な位置でひしゃげて割れた。
……馬鹿な、そんな簡単に壊れる武器を作った覚えはないのに。
「い゛っ!?」
「ノーチェ!」
攻撃を受けたサメは、無傷ながらも何故かそれ以上攻撃することなく地下に潜る。
同時に床が崩落していって残されたのは廊下の間に出来た巨大な穴だけだった。
耳を済ませても再び現れる様子はない。
……巻き込まれずに済んだけど状況は良くない。
「な、なんだよありゃあ! 聞いてねぇぞ! あのサメどもだけじゃねぇのか!?」
剣を構えたキントナーという男は、現れた巨大ザメに動揺しているようだ。
まぁ気持ちはわかるけど、他にも居るみたいな物言いが気になった。
「知らにぇーよ! お互いこんな事してる場合じゃないんじゃねぇのか!?」
折れた剣を投げ捨て、ノーチェは採取用の安いナイフを腰の鞘から引き抜く。
そうか、今はまともに使える予備がないんだ。
「ノーチェこれつかって! すぐに橋つくる」
「わかったにゃ!」
咄嗟にぼくのナイフを放り投げると、ノーチェはこちらを見ずにしっかりキャッチした。
工作用だけど刃にはパンドラ鋼を使ってる、採取用よりはマシだ。
「フーパー錬師、錬成は」
「自信はないが手伝おう!」
「形だけ引っ張ってくれれば後はぼくがなんとかする」
「「『
手袋をつけ直したフーパー錬師と揃って床板に手を付き、錬成をかける。
術式が発動したと思った瞬間、足元の床が砕けてぽっかりと穴が空いた。
「……はっ!?」
「なんだと!?」
認識すると同時に身体が自由落下を始める。
ぼくの術式は正常に発動した、フーパー錬師のやらかしでもない。
つまりこの船に防御されたんだ、自ら形を変えるという無茶苦茶な方法で。
「アリ――」
「こっちはいいから逃げて! 後で合流――!」
落ちる寸前にそれだけ叫んで、カンテラの火を灯して下を見る。
空間がねじれてるせいか、異様に落下が長い。
同じ場所にたどり着けるとは限らないから、スフィが追い掛けて飛び込まないといいんだけど。
ぼくとフーパー錬師は暗い空間を為すすべなく落下していくのだった。
■
落下をはじめて十数秒、どこまでも続くかと思われた自由落下は唐突に終わりを迎える。
「ふぶっ」
「ぐわぁ!?」
もふっとした感触に顔が埋もれる横で、何かが木の床に叩きつけられる鈍い音が聞こえた。
「……シラタマ?」
「キュピ」
視界いっぱいに広がる白い羽毛から顔をあげると、心配そうに見るシラタマと目があった。
……咄嗟に通常サイズに戻ったシラタマが、寝転がりながらお腹で受け止めてくれたようだ。
「フーパー錬師、無事?」
「う、ぐ……即答出来ないのは、情けなく思うよ」
木の床に倒れていたフーパー錬師が立ち上がり、少しヒビの入った眼鏡をかけ直す。
空間のねじれのせいか落下時間の割に衝撃は少なかったようで、大怪我はしていないみたいだ。
2階から1階に落ちたくらいだろうか、ゼルギア大陸の人間は頑丈だ。
「ぐっ……それにしても、その子は普通の鳥じゃなかったんだね」
「……うん、雪の精霊、内緒にして」
「わかった、詳しく聞くのもやめておこう」
流石に場馴れしてるのか、わかってくれるのが早くて助かった。
出来ることならこっちの手札をバラしたくはなかったけど、緊急事態だから仕方ない。
よりによって戦力にならないふたりが分断されてしまったのだから、流石に全部の手札を隠していられない。
把握できてる限りではスフィとノーチェ、フィリアとシャオ、ぼくとフーパー錬師……戦力が偏りすぎだ。
どうしようか考えていると、シラタマが巨体を折り曲げるように首を傾げた。
「キュピ?」
「ダメ」
『消す?』じゃないんだよ、可能な限り全員生きて帰るの。
「それが君の切り札か」
「うん、フーパー錬師は切り札とかないの?」
こっちも札をきったんだから、そちらも開示してほしいと水を向ける。
フーパー錬師は困った顔をして、背負ったバッグを示した。
「それなりに帝国の魔道具を持ち出してきた、君たちも含めて最低限身を守るつもりではあったからね」
「少しは安心した」
戦闘技術のなさは道具で補うつもりらしい、方向性としてはぼくと一緒だ。
「それにしても、ここは船室?」
「ふむ……船長室のようだが」
カンテラで落下した場所を照らす、立ち並ぶ書架に大きな机。
壁には様々な国の地図が海図が張られ、パイレーツコートと呼ばれる独特な様式のコートが船長帽と共にかけられている。
フーパー錬師の言う通り、船長室のように見えた。
穴の空いた天井の上は真っ暗で見えない。
波の動きに併せて揺れているから船の中なのは間違いないんだろうけど、なぜわざわざここに落としたんだ?
エリア型アンノウンオブジェクトは、それを作り出した存在の記憶やイメージによって姿かたちを変えることもある。
ゼルギア大陸の未踏破領域がそれらと同質の存在なら、領域主の意思や心象風景みたいなのが形になってるんだろうか。
探してみたら、何か脱出の手がかりがあるかも知れない。
「……気配はないから探索しよう。シラタマ、護衛して」
「キュピ!」
何かの真似か、羽でビシリと敬礼をしたシラタマが少しずつ冷気を帯び始める。
シラタマの能力は雪を操るもの、外に積もらせる形で準備することも出来れば、自分の内側に溜め込む事もできる。
今みたいに内側に貯め込んでいくと、普段は「ひんやりふわふわ」程度なのが「吹雪の化身」のごとく冷たくなっていく。
仕方ないとは言え、室温が下がっていくのは結構辛いなぁ。
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