セント・ジョーズ号の遭遇

 ぼくたちは甲板の死体や穴を避けつつ、船室へ続く扉をくぐった。


「アリス錬師、自分はバザールほど船について詳しくないのだが」

「ぼくもおなじ」


 扉の先には廊下があった。


「外観に対していくらなんでも広すぎると思わないかい?」

「……議論の余地もない」


 端のほうが暗闇で見えないほど続く、長過ぎる廊下が。


 適当な木片を奥へ向かって投げる、反響音から推測するに端まで最低数百メートルはあるだろう。


 明らかな空間異常、船そのものが未踏破領域のような異質な状態になっているのだ。


 そのうえ、あちこちが壊れていて歩きづらいことこの上ない。


「……つっても進むしかないにゃ」

「アリスはおねえちゃんから離れないでね!」

「うん」


 まごついているうちに、ふたりが前に進み出てくれて気を取り直す。


 傷つかれるのは嫌だけど、今のぼくは背負われなければまともに動けないお荷物とは違う。


 飛んだり跳ねたり走ったりは出来なくとも、自分の足で歩けるのだ。


 ただ見ているだけにはならない、だから大丈夫。


「チュリリ!」


 意を決して廊下へ踏み込んだ瞬間、シラタマが警戒の鳴き声をあげる。


 少しして、廊下の先にある壊れた穴から何かが這い出してきた。


 渦を巻く大きな貝殻の入り口から伸びる、触手のようなもの。それが2体、まるで水中を泳ぐように浮遊する。


「何あれ、オウムガイ?」

「スピアシェルだ! 殻と同じ材質の棘を飛ばしてくる、気をつけて!」

「ニャ!?」

「危ないっ!」


 フーパー錬師が警告するのとほとんど同時に、スピアシェルが白い棘を飛ばしてきた。


 とっさに抜刀したノーチェとスフィが弾き飛ばす。


 結構早いし、こんな逃げ場のない廊下で射撃なんて厄介な。


「ぬおお、やばいのじゃぞ」

「……うん」


 シャオがぼくにしがみつきながら、チラチラとフーパー錬師に視線を向ける。


 この人が居ると、ぼくもシャオも全力を出しづらい。


 緊急ならそうも言ってられないんだけど、今は微妙なラインだ。


 こういう時にフィリアの盾を出せないのが痛いな。


「スフィ、突っ込むにゃ、合わせろ!」

「うん!」

「スピアシェルは貝殻の中心部にあたる位置に感覚器がある、渦の中心を思い切り叩くんだ!」

「おう!」


 ふたりは射線を避けるように足場の悪い廊下を駆ける。


 何度か放たれた棘は全く当たらず、側面に入り込んだと同時に剣が振るわれた。


 貝殻の真横を叩かれたスピアシェルは壁に叩きつけられ、力なく床へと転がる。あっという間の制圧劇だ。


「殻の入り口に突き刺してトドメを」

「わかったにゃ」


 ザクリという音を立てて、貝殻の中心に剣先が突き入れられた。一瞬ビクっと跳ねたスピアシェルは今度こそ完全に動かなくなる。


 弱点と特性がわかっていたのもあるけど、鮮やかな勝利だ。


「素晴らしいな、強い冒険者になりそうだ」

「ふん、褒めてもなにもでないにゃ」

「えへへー」


 褒められて嬉しそうにしているふたりを尻目に、動かなくなったスピアシェルを観察する。


 それにしても。


「これって浮かぶ魔獣なの?」

「いいや、陸上では殆ど動けなくなるはずなんだが」


 こいつら、まるで水中みたいに空気を泳いでいた。


 ぼくたちも普通に呼吸は出来るから、きちんと酸素はあるんだろうけど……。


「未踏破領域というのは本当に謎が多いな」

「理解不能」


 既存の物理法則が通用しなさすぎる。


 本来はノリで突っ込むところじゃないのに、事あるごとに放り込まれている気がするんだよなぁ。


「これは中々骨が折れそうだね、出来れば騎士団を呼びたいところなんだが」

「素直に帰してくれるならこんな状況になってない」


 一度外に出て態勢を調えたいのは正直なところ。


 出来ればお互いの安全を確保した上で、挑むならシャオとフーパー錬師の居ない状況を作り出したい。


 ぼくとしては挑まないのが最善なのは言うまでもない。


「ん?」

「どうしたの?」

「奥から人が近づいてくる」


 どたどたと大きな足音が近づいてくるのに気づいた、人のものとそっくりだ。


 警戒するスフィとノーチェの眼前で、立ち並ぶ扉のひとつが勢いよく開かれる。


「ったくなんなんだここはよぉ! 辛気くせぇ廊下ばっか続きやがって!」

「ジメジメするし、臭いし最悪ぅ~」

「ねぇキントナー、めんどくさいしもうバックレちゃおうよ」

「あぁ? まだあのクソ生意気な女ヤってねぇだろうがよ、あと少しだってのに逃げやがって! オレ様をナメたこと後悔させてやらねぇと気がすまねぇ」


 そこからでてきたのは、金色の髪をした目付きの悪いガラの悪そうな男。警戒心もなくズカズカと足音を立てている。


 続いてでてきたのは、水着みたいな格好をした女性がふたり。スタイルが良くて顔立ちは整っていた。


「あぁん?」


 突然の闖入者にどう反応しようか悩んでいる間に、そいつがこちらに気づいた。


「……おう、丁度良い、人手が足りねぇ! てめぇら面貸せ!」

「意味わかんにゃい、なんでてめぇについていかなきゃなんねーんだ」


 突然のあまりに乱暴な物言いに、まずノーチェが反応した。


 ぼくにしがみつきながら「ひう」と小さい悲鳴をあげたシャオと違い、まったく怯んでいない。


「は? 何オレ様に口答えしてんだ雑魚半獣ども。てめぇらガキはFランクだろうが、Dランクのオレ様が小間使いとしてとして使ってやるって言ってんだよ! 大人しく命令聞きやがれ」

「アァ? にゃんだ、ナニサマのつもりにゃてめぇ!」


 意味不明な理論に、軽い頭痛を覚えた。


 何というか、本能だけで生きてる連中と同じ音がする。


 狭い世界で何でも思い通りになったせいで、違う人間への理解を放棄してる奴等だ。


 ぼくたちの育った村にも結構いた、村長の孫とか甥の息子とか……。


「君、いくらなんでも出会い頭に無礼ではないか?」

「はぁ? 何言ってんだよおっさん。こいつらどう見ても見習い冒険者だろうが! オレ様はDランクでそいつらは格下、オレ様の命令聞くのが当たり前なんだよ! んなこともわかんねぇのかよカス!」

「キントナーの言う通りだし、ほんと頭悪すぎ、キモっ!」

「あ、あたしの方見た、キモいキモいっ! メガネなんてつけてるし、ベンキョーが取り柄のキモ男君じゃね! なんで捕まってないの、犯罪者じゃん」


 ……それにしたって流石にここまでひどくはなかったけど。


 立ち居振る舞いだけ見れば3人共実力者のようには感じるんだけどなぁ。


 一体どんな人生を辿ればこんなことになってしまうんだろう。


「すまない、自分は力になれそうにない」

「ぼくもああいう手合いは苦手……」


 ぼくらのような頭でっかち組は、相手が聞く耳を持っていなければ基本無力なのだ。


 悲しいね、シラタマ。


 『いつでも殺れるぜ』と肩の上でウィービングをしてるシラタマを、手のひらに乗せて宥める。


 心臓を狙うのに丁度いいサイズの氷柱を作るシラタマを眺めて微笑ましい気持ちになっていると、だんだん相手側がヒートアップしてきたようだ。


 隣でフィリアとシャオが身を寄せ合って震えている。


「あぁ!? てめぇオレ様の命令が聞けねぇってのか! どんな教育受けてたんだカスが!」

「なんでてめぇみたいな三流冒険者に従わなきゃいけねぇんだよ! カスはてめぇにゃ!」

「何よこのチビ! 真っ黒な髪のキモブスのくせにキントナーに口答えしてんじゃないわよ!」

「ノーチェはぶさいくじゃないもん! かわいいもん! おばさんのほうがぶすだもん!」

「はぁ!? ちょっと今なんていったのよこのチビブス!」


 スフィも参戦してしまって大混乱になっている。


「あの、アリスちゃん! のんびり眺めてていいの!?」

「んー……暢気に口喧嘩してて敵が来たら危ないね」


 良くはない、良くはないけど止める手段が思いつかない。


「そっちじゃなくて、あの人達に襲われたら」

「あぁ、そっちは別に」

「えぇ!?」


 確かに彼等は実力者だ。


 今は起床してさほど時間も経ってないし、頭がスッキリしているから判断力にも自信がある。


 彼等の実力は男が良くてCの中位、女が両方ともDの中から上ってところ。


 見た目からして20手前くらいだろうし、冒険者としてはかなりの実力がある分類だと思う。


 Dランクなのはどう見ても言動が原因……いや、むしろよくDになれたな、アレで。


 信用情報とか結構厳しいと聞いてたんだけど、ガセネタ?


 ……まぁいいか。そんな訳で、あいつらの実力は間違いなく一級品だ。


「アァ! クソガキが! 苛つかせやがって!」

「キントナー、面倒だしこいつらやっちゃおうよ!」

「身の程ってやつをわからせてやる!」


 埒のあかない言い争いにシビレを切らしたのか、キントナーと呼ばれた男が拳を振りかぶる。


 しかしノーチェとスフィは慌てることなく身構えていた。


「あぶない! ノーチェちゃん!」

「まぁ大丈夫でしょ」


 振り下ろされた拳を躱し、ノーチェが飛び上がりながら雷撃をまとった掌底で男の顎を打ち上げる。


「フッ!」

「がっ!」

「たぁぁ!」

「ごぉっ!」


 間髪入れずに飛び上がったスフィが回転しながら喉に靴の踵を叩き込み、喉を押さえて男が膝をついた。


 ……ノーチェは誘拐事件で拳闘士と戦ったのを機に壁を超えたようで、一足飛びに成長した。


 負けず嫌いのスフィもそれに張り合い、めきめきと実力をつけている。


 年齢と実力の近いライバルが身近に居る才能の権化たちが、いつまでも同じ位置でとどまってる訳もない。


 つまりだ。


「ふたりのほうが強いし」


 あのくらいの実力でノーチェたちを格下と侮ってるようなやつに、ふたりが負ける心配なんかいらないのだ。

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