├嵐の前
「やあ! バザール!」
「……また懐かしい顔だ、壮健そうだな」
「勿論だとも!」
代官から依頼についての諸々を聞き届けたフーパーが、宿に腰を下ろして真っ先に向かったのは錬金術師ギルドだった。
アポを取り、支部長室へ入ってきたフーパーの姿を見たバザールの顔に苦笑交じりの笑顔が浮かぶ。
「事業に専念して、このまま引っ込むものだと思ったが」
「まさか! 理想の船も手に入れたしこれからだよ!」
テンションの高いフーパーは、旧友との再会にはしゃいでいるようだった。
「君の方は、なんだか悩み事がある顔だ」
「直弟子でもなければ一門でもない、見習いや未熟者でもない、既に中級の錬金術師へどう基礎学を教えるかで悩んでいてな」
バザールの悩みのタネは言うまでもなくアリス。
論文含めた基礎学が苦手な幼い天才少女は、ここ最近の流れですっかりヘソを曲げてしまったようだった。
直弟子であれば指導してやりたいが、残念ながらアリスは既に一人前の錬金術師。
支部長とはいえ、嘱託している職務に関係ない指導は越権行為にもほどがある。
何より今は忙しい身の上、出てくる論文にチェックを入れるので精一杯だ。
「これまた難題だ、"ぶっ飛んだ子"でも出たのかい?」
愚痴を聞いて即座にフーパーが思い至ったのは、尖った才能を持つ存在だ。
錬金術師ギルドでは学術や技術に対して才を募っている関係上、稀にいろいろな意味で尖った逸材というものが現れる。
大抵が類稀な才能と引き換えに何かしら欠落している部分があり、指導者が頭を抱えることになるのが常だった。
「とびっきりだ、錬成の技量だけならギルド内で五指に入るだろう。あくまで俺の知る限りだが」
「それはまた……」
第4階梯でありながら、とりわけ錬成を苦手としているフーパーが頬を引きつらせた。
錬金術師の根幹となる技術でありながら、錬成は術師によって得意と苦手がハッキリ分かれる。
「基礎学が苦手なようでな、新素材の製法を論文に起こしてもらおうとしたら大苦戦中だ。差し戻しがすぎてへそを曲げられてしまった」
先程別ルートで製作中のエナジードリンクのコストダウン案を返しに来た時、スフィから伝えられたアリスの伝言が「やだ、もう論文やらない」だった。
面倒くさくなることが確定している冶金学部へはまだ伝えていない。
「やだ、やらないと言われてどうしたものかとな」
厄介なのが製法を理解しているのがアリスだけだという点。
師として出した課題でも何でもない以上、無理強いなんて出来るはずもない。
本人が秘匿すると判断したらそこまでなのだ。
「随分子供っぽい子だね、いくつなんだい?」
バザールの"同格"という物言いから、第3階梯以上の錬金術師だろうとあたりをつけたフーパーが片眉をあげる。
尖った才能なら20手前くらいか。
まだまだ子供らしさを残しているなと、苦笑を貼り付けたフーパーの表情が。
「……今年で7歳、可憐な獣人の女の子だよ」
バザールの一言で凍り付いたように固まった。
■
その頃、パナディアの船着き場では冒険者の一団が出航の準備を進めていた。
「それで、間違いないんだろうな?」
「は、はい……この目で見ました」
一団の中で最も柄の悪い男が、気の弱そうな青年に絡んでいる。
柄の悪い方はランクDパーティ『猛る牙獣』のリーダー『キントナー』。
金色の髪に剃り込みを入れ、目の下に稲妻のような傷を作った男だ。
両脇に水着のような格好の美女ふたりを引き連れて、周囲に見下すような視線を送っていた。
「嘘だったら承知しねぇぞ、あぁ?」
「ほ、本当です!」
「……くだらな」
彼等から少し離れた位置に、態度の悪い男に苛立ちを隠せないでいる『風の轍』の面々が居た。
機嫌の悪さを隠そうともしていない3人に対して、マーティンは苦笑を浮かべる。
「お、沖を漂う不気味な船があったんです! 周りにサメがうようよ居て!」
「それがキャプテン・シャークの幽霊船なんだな?」
「わ、わかりません」
「ンだとコラァ!」
彼等は絡まれている男から仲間の救出依頼を受け、集まった冒険者たちだ。
ランクはDからCと腕の立つものばかり、これだけの人数が集まった理由はひとつ。
男がキャプテン・シャークの船を探していたパーティで、仲間が取り残されたのは沖合で見付けた不気味な船だったからだ。
「てめぇオレ様を騙してタダ働きさせようとしてんじゃねぇだろうなぁ! アァ!?」
「く、くるし……」
「うわー、泣いてんじゃん、ダッサ」
「あはは、カワイソー」
キントナーは怯える男の襟元を掴み乱暴に揺する。
男はEランクで、ランクD冒険者であるキントナーに腕っぷしで敵うはずもない。
彼の仲間である女達も止めるどころか煽る始末だった。
「……あんた達いい加減しなさいよ、あたしたちが受けた依頼はそいつの仲間の救助でしょうが。依頼人に手をあげるなんて冒険者としての常識はないの!?」
冒険者は自助努力が前提で、自力で何とかするか金を積んで依頼を出すのが正当だ。
だとしても、限度というものはある。
同時に依頼人である男に暴力を振るうのを見過ごす訳にいかず、エレンがキントナーたちに注意をした。
「あぁ、なんだてめぇ! オレ様を誰だと思ってやがる!」
「は、いきなり何あのブス、気分悪いんだけど」
「なに、キントナーに気でもあんの? 順番をわきまえなさいよ野暮ったい女ね」
「アンタなんか知らないわよ!」
キントナーたちはパナディア南西にある南コルスタという町を拠点にしている冒険者パーティだ。
当然ながら大陸東方部を主な活動地域にしているエレンたちが知るはずもない。
「オレ様は南コルスタのキントナー、いずれ冒険者の頂点に立つ男だ。知っとけよ低能が」
「…………」
あまりにも的の外れた返答に、エレンの表情がこれでもかというくらいに歪む。
田舎でよほど好き放題してきたのか、自尊心と他者を見下す姿勢があらゆる所作に染み付いていた。
「エレン、あの手合は相手するだけ無駄」
「どう見てもD止まりだよな」
「むしろDまで行けたことが奇跡だ」
エレンに先んじられて見守っていた他の冒険者たちが口々に感想を言う。
冒険者ランクというものは強さだけではなく依頼達成率や素行も含めて評価される。
キントナーの評価は『実力だけならCランクの中位だが、素行と人格面に著しい問題有り』だった。
「はっ、まぁすぐに思い知らせてやるよ、身体になぁ」
「…………」
流石のキントナーもこの人数相手に揉めるのはまずいと判断したのか、舌なめずりをしながら去っていく。
エレンは口元を引きつらせながら、構えかけた右手のガントレットを何とか押さえた。
錬金陣を仕込んだガントレットは手甲パーツが言葉ひとつで刃に、鉤爪に変化する。
後少し煽られていたら彼女の鍛冶師としての自慢の品が炸裂していたかもしれない。
「先が思いやられるな……」
これから向かう先は何が起こるかわからない。
それなのに断りきれず、あんなトラブルメーカーと同行することになってしまった。
マーティンはぼやきながら、快晴の空を仰ぐのだった。
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