噛みしめる

「前からおもってたんだけどにゃ、魔力ってにゃんだ?」


 錬金術師ギルド寮の裏庭。


 スフィとフリスビーで遊んでいると、ノーチェが突然そんなことを言い出した。


「生物がエーテルから作り出すエネルギー」

「……エーテルってなんにゃ?」


 この世界は全てがエーテルで出来ていると考えられている。


 どこかに『エーテルを産み出す大いなる存在』が居て、世界はその存在が見るイメージによって創り出された……というのが主流の説。


 地球で聞いたことがある、インテリジェントデザイン説に近い考えはこっちにもある。


 物質化したり性質を固定化したものは『属性エーテル』と呼ばれ、通常変化することはない。


 一方で大気には、錬金術師の間では『無色エーテル』と呼ばれる無垢な状態のエーテルが大量に含まれている。


 生物はこのエーテルを取り込み、自分の色で染め上げて魔力を生み出す。


「ってかんじ」

「ふぅん……」


 理解しているような理解していないような微妙な感じだ。


 因みに他者の魔力同士は反発するけど、エーテルとの親和性は非常に高い。


 親和性が高すぎて、体から離れた瞬間から同化現象を起こしてしまう程だ。


 同化現象っていうのは魔力が大気中のエーテルと接触することでエネルギーを消費し、無色エーテル化してしまうことを言う。


 それもあって、魔力を直接叩きつけるみたいな技や魔術は存在しない。


 錬金術も同じで、自分以外の魔力で満たされている物質には反発されて干渉出来ない。


 魔石は魔力を蓄えた臓器が結晶化したものなので、錬成が効かないんだよね。


 それ以外の生物素材は時間が経過すると魔力が抜けて普通に扱えるようになるんだけど。


 そういえば、大陸東方のゲルマニア帝国で魔石を燃料にした魔道具が実用化されたって話があったなぁ。


「アリス、かんがえごとしてないで投げて!」

「うん」


 スフィの言葉で思考が途切れる。


 向こうで手をふるスフィに向かって、フリスビーを投げた。


 さすがノア社の製品、よく飛ぶ。


「ノーチェ、なんで急に魔力?」

「加護の使い方で悩んでにゃ、難しいにゃ」


 超パワーを使えるようになったからといって、すぐさま完全に使いこなせる訳でもない。


 ノーチェも新しい力の取り扱いに苦労しているみたいだった。


「よっ! ほっ!」

「スフィ! 壁蹴っちゃだめ!」


 フリスビーの軌道が高すぎたせいか、スフィがギルド寮の壁を蹴って4メートルくらい飛び上がった。


 すごいけど壁に靴跡ついてる、バレたら怒られるんだが?


「アリスが高く投げるからでしょー!」

「高度が落ちるの待ってよ……」


 わざわざ一番高い位置で取ろうとしなくても……。


「次はちゃんと投げてね!」

「……うん」


 びゅんっと駆けてきたスフィにフリスビーを手渡される。


「それって、そういう遊びにゃのか?」

「ほんとはお互いに投げ合う遊び」


 言いながら、ベストな位置を狙って投げる。


 スフィは追い掛けながらジャンプして、今度はいい感じの位置で空中キャッチした。


「……なるほどにゃ」


 自慢気にしっぽを揺らしてスフィが戻ってくる。


 それを見たノーチェが、次にぼくを見て納得して頷いた。


 理解が早くてありがたい。



 なんだかんだと準備は進む。


 頼んでいた人数分の乗船チケットは先程届いた、出航は近海の安全調査が終わった頃になるらしい。


 何でも冒険者がサメらしき海洋生物に襲われて行方不明になっているようだ。


 確認されている限りで犠牲者は4人で、安全調査が済むまで民間人の許可なき出航は禁止されている。


 やっぱりサメに関わるとろくなことがない。


 一体あれのどこが危険じゃない生物なのか、誰かぼくに説明して欲しい。


 ぼやいていても仕方がないから、ぼくは武器作りに専念するつもりだ。


 ろん……ぶん……?


「アリスちゃ……わ、なにこれ!?」

「フィリア?」


 洋室アトリエの扉が開いてフィリアが顔を覗かせる。


 わざわざこっちの部屋に顔出すなんて珍しい。


「すごい数」

「調子がよかったから……」


 床に敷いた抗菌スライムシートの上に並べられた試作品の数々を見て、フィリアが驚きを見せた。


 今までみたく熱で朦朧としながらする作業じゃないから、いつもより捗っている。


「無理するとスフィちゃんが怖いよ……?」

「ぼくがその恐ろしさを知らないとでも?」


 無理しなきゃいけない状況ならまだしも、こんな平穏下でそんなことしない。


 本来はぼくが活動不能になるデメリットのほうが大きいのだから。


「それで、どうしたの?」


 紙に書いていた武器の設計図を切り上げて椅子の向きを変える。


「ノーチェちゃんと旅用の保存食買いにいくけど、何かいるものある?」

「あー……」


 ハーブや調味料系が欲しいけど、流石に今から出るのはつらいな。


「干した魚とか、イカとか貝があれば買っといて」

「わかった、いってくるね」

「うん、ぼくはちょっと休む」


 腕を伸ばして椅子をくるりと回し、ひょいっと降り立つ。


 病み上がり……ってわけでもないけど、解禁直後にやりすぎてもよくない。


「チュピ」

「シラタマ?」


 もはや四角いスノードームと化したケースの中からシラタマが飛び出し、つけっぱなしのパソコンのキーボードをつついた。


 画面にはゲームのプレイ動画サイトが表示されている。


 ……遊んでた訳じゃなくて、武器のデザインの参考用だ。


「何か見たいの?」

「チュピ」


 どうやら使わないなら見たい動画があるようで、シラタマのリクエストに従って再生する。


 ドッキリを仕掛けてよく炎上していた動画クリエイターの作品集。前世から知っている人物と同じ名前。


 やっているものは結構悪質なんだけど、シラタマは人間がひどい目にあっているのを見るのが楽しいようだ。


 ……やっぱり人間嫌いなんだなぁ。


「じゃあぼく和室の方に居るから」

「チュピ」


 動画を見ているシラタマを置いて、床の武器を片隅に片付けてから洋室を出た。


 ノーチェとフィリアは買い物、スフィは錬金術師ギルドにお使いにいってもらっている。


 この部屋でひとりになるのは久々だ。


 踏み台を動かしてケトルを火にかけ、流しに置かれている鉄製のマグカップを手に取る。


 パナディア港に来てから作り直したやつだ。


 木材をくりぬいて、着色したスライム素材でコーティングしたもの。


 デフォルメの眠そうな目をした狼が書かれているのがぼくのやつ。


 目がパッチリしてリボンがついてるのがスフィので、猫と兎のは……言うまでもない。


 洗面所に置いてある歯ブラシや樹脂製コップも、それぞれのお気に入りがわかるように区別されていた。


 最初はおっかなびっくりだった皆も、今じゃすっかり慣れて自分の使いやすいように配置を弄ったりしている。


 この世界からしたら異物でしか無いこの部屋が、少しずつみんなの色に染まっていくようだった。


 火を止めてケトルからお湯を注ぎ、暖を取りながらソファに腰掛ける。


 殺風景だったリビングも、よく見れば棚の上の小物入れが増えたりと変化があった。


 白湯を飲んだらカップを流しに戻して、身体を伸ばしながら和室へ。


 畳部屋の片隅には「すふぃ」「のおちえ」「フィリア」と名前が書かれたダンボール箱が並んでいる。


 みんなの個室がないので、衣類とか諸々を入れるために使っている箱だ。


 洋室をひとりで専有しちゃって申し訳なく思う気持ちもあるけど、一応稼ぎ頭のアトリエってことで納得してくれている。


 悪戯するなんて欠片も思ってないから鍵はかけてないけど、危険な薬剤なんかも置いてあるので共有部屋にするにはちょっと怖い。


 押し入れから自分の分の布団を引きずり出して、畳の上に敷く。


 ふうっと額を腕でぬぐい、そのまま布団の上に寝転がった。


 疲れはあるけど、不自然な意識の途絶は起こらない。


 多少は身体がマシになったことを嬉しく思いながら、ぼくは昼寝と洒落込むのだった。

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