荷物の開封
寒波にでも襲われているようで、地球側は寒い日が続いていた。
窓とネットから伺える日本は、今日も何事もなく平和だ。
羨ましいけど未練は感じていないのは、ぼくがゼルギア大陸を自分の居場所だと思ってるからだろうか。
益体もないことを考えながら、視線を横に向ける。
使っていない机の上に置いた、扉付きガラスケース。
内部には鉄の骨組み鳥かごが設置されていて、その中でシラタマがご機嫌に身体を揺らしていた。
「チュピ、チュピ」
周囲に資料や錬金術の道具が置かれてるせいか、まるで実験動物のような有様だ。
もちろんぼくが無理矢理やったわけじゃなく、本人……本鳥の希望でこうなった。
やっぱりパナディアの常夏気候は、シラタマにとって相当なストレスだったらしい。
地球側は今でこそ冬に近いが、404アパートの部屋が存在する東京は1年間の気温の変化がそこそこ大きい場所だ。
退院してすぐ、安定して寒い場所がほしいとシラタマのリクエストが入った。
手慣らしに作ったのが、机の上にある真空断熱のガラスケース。
インテリアも欲しがったので鉄の端材で鳥籠と止り木、樹のようなオブジェも作った。
かなり喜んでくれたみたいで、扉を締めた内部で雪を降らして自分の生活空間を彩っている。
そんなわけで、シラタマは机の上の新居にご機嫌なのだった。
「チュピピ」
今も機嫌よくさえずりながら、雪の上で冷やしたデザートのベリーを突っついている。
……なんか、アクアリウムやテラリウムを趣味にする人の気持がわかってきた。
「アリスー」
「スフィ?」
ぼくが自室にしている洋室で作業している間、暫く放置していた部屋の中を確認していたスフィが扉を開けて顔を覗かせた。
「倉庫にある、あのでっかい荷物ってどうするの?」
「でっかいの……あー」
シラタマが持ち込んできたやつか。
すっかり忘れていた。
そういえば、あれからシラタマが荷物を確認する様子がない。
ぼく的にはシラタマが自分の荷物を持ち込んだとばかり思っていたんだけど。
「シラタマ、持ってきた荷物どうするの?」
「キュピ?」
ケースの扉を開けて聞いてみると、シラタマに『拾っといたやつ?』みたいな反応された。
気になるけど、今からシラタマの持ち込み物の開封作業するの?
正直言って余裕がなさすぎる。
アンノウン関連は危ないのもあるから、スフィやノーチェには任せられない。
なので、ぼくがやるしかないんだけど……。
エナジードリンクのコストダウン案のチェック。
スライムカーボン素材の製法に関する論文。
ノーチェの新しい武器の製作。
露店に出す商品の製作。
錬金術師ギルドに出す治療費補助制度の申請書の作成。
船のチケットの手配をお願いするための書類。
以上、ぼくが1週間以内にやらなければいけないことリストである。
無理だって。
でも放置し続けるのも怖いんだよね、今さっきも大量の食材を廃棄することになったばかりだし。
「しゃあねえ……シラタマ行くよ」
「キュピ」
ケースから出てきたシラタマを肩に乗せて椅子から降りる。
「ノーチェたちは?」
「お風呂はいるーって、お風呂掃除してるよ」
耳を澄ませると、確かに浴室の方からきゃーきゃー騒ぎながら水を流している音が聞こえてくる。
「今のうちに開封しちゃおう」
「おっきいけど、中身なんだろうね?」
それが怖いんだよね……。
とりあえずスフィと並んで倉庫へ向かった。
倉庫に積み上げられていたダンボールの数々は、几帳面なフィリアによって整然と並べ直された。
整列する箱の前には、古ぼけた背負袋が積み上げられている。
その中で異彩を放つのが大きな軍用リュック。
シラタマが持ち込んだ謎の荷物だった。
「……何持ち込んだの?」
「キュピ」
ひとつさえずり、突然肩の上のシラタマが雪のように散らばって、部屋の中に通常モードの大きさで現れた。
それなりに広いはずの倉庫が急に狭くなった気がする。
くちばしで引っ張って蓋を開けると、リュックの中身が見えた。
「……これ、ぼくの私物?」
中には見覚えがあるものばかりが入っていた。
護衛を連れてもぎ取りにいった協力費で買った携帯ゲーム機。
ビデオカメラ、スマートフォン、ノートPC、着替えや玩具の数々。
「集めておいてくれたの?」
「キュピ」
記憶にある限りの最後の日、第0セクター内は大パニックだったように思う。
経緯まではわからないけれど、シラタマはぼくの私物を回収して凍結しておいたくれたようだ。
「……ありがとう」
抱きしめにいったら、反対に全力で頭を擦り付けられる。
倒れそうになったところをスフィが支えてくれた。
「シラタマちゃん、あぶないよ」
「チィリリ」
「それにしても、どういう保存してたの?」
どういう保存をされていたのか、どれも時間が止まったように昔のままだ。
スマホの電源を入れたら普通に起動したし。
……キャリアが存在しないせいか、ネットはつながらないけど。
「キュピィ」
「……?」
『つんでれ』ってなんだ、いや言葉の意味自体はわかるけども。
ツンデレ保存法……?
本鳥が多くを語るつもりがないのもあって、余計にコミュニケーション難易度が高くなっている気がする。
「スフィね、それ見たことあるかも?」
「夢で?」
「あ、それ! 夢!」
そういえば、スフィも夢でぼくの前世の光景覗き見たことがあるって言ってたっけ。
この玩具を知っていても不思議じゃない。
「んー……?」
スフィが着替えの一つを手にもってくんくんと匂いを嗅いでいる。
綺麗だし洗濯済みの奴だとおもうけど、なんかちょっと恥ずかしいのでやめてほしい。
自分の衣類なのに全く自分の匂いがしないのって、ちょっと不思議な感覚だ。
「持ち込んだ割には気にしてる様子がなかったから不思議だったけど、納得した」
中身があったところで旅に有効に働くわけでもないし、戦力がアップするわけでもない。
ただぼくがちょっと嬉しい気分になるだけ、開封するのは落ち着いてからでよかったわけだ。
退院祝いにはちょうどよかったかもしれない。
「嬉しかったよ」
そう告げると、シラタマは満足そうに羽をもぞもぞと動かしていた。
■
幸いにも開封はすぐに終わった。
受け取った過去の遺物は、一旦洋室の押入れにしまい込むことになった。
基本全部玩具だから、遊ぶ余裕ができるまでお預けだ。
そんなこんなで再び事務作業に戻り、申請書まわりを終わらせた。
買い物に出るフィリアについでに届けて貰うように頼み、書類関係は終わり。
論文? 後でいいよもう。
リフレッシュのために水で顔を洗ってからリビングに戻ると、スフィとノーチェがそれぞれ別のソファでダラダラしていた。
「ノーチェ、新しい剣なんだけど」
流石に今日はもう休むけど、その前に構想だけはまとめておきたいと思って声をかける。
「あー、それなんだけどにゃ」
仰向けでクッションを抱えているスフィの隣に座ると、クッションを手渡された。
「剣よりほら、あの狐が使ってた武器があったにゃ?」
「薙刀?」
「それにゃ」
記憶を掘り返す、たまにまじっていたシャオが使っていた長柄武器。
形状からして薙刀に属すると思う。
ノーチェはそれが気になっているみたいだ。
「前にちょっと触ってみたら、ちょっと気になる感じだったにゃ」
「長剣は使いづらい?」
「そういう訳じゃにゃいんだけど」
ぼくを除くパーティ3人のうち、一番力が強いのはフィリアだったりする。
治療院でバランスのいい食事を摂るようになってから、体格的にも筋力的にも一番育ったのがフィリアなのだ。
背が高いなとは思ってたけど、素質があったようでパワー面で頭ひとつ抜き出た。
それでもスフィとノーチェに手も足も出ていないのは、ただひたすらに相手が悪いとしか言いようがない。
スフィは才能の権化であるスタミナおばけ、ノーチェは戦闘センスの塊。
そんなノーチェの大きな弱点が力の弱さだ。
「やっぱ威力がにゃ、扱いやすいのはそうなんだけどにゃ」
「なるほど」
迅雷の加護とやらでブーストは出来るみたいだけど、大幅な強化は肉体にも負荷がかかる。
船にいたやたら強い拳闘士との戦いで骨にヒビを入れていたし、健全な使いみちとはいえない。
ぼくの見立てる拳闘士の実力とノーチェから聞いた状況。
併せて考えれば、受けじゃなくて防御を選択されてたらノーチェの脚のほうが完全に折れていたと思う。
「薙刀も含めて、ちょっと考えてみる」
「おう、楽しみにしてるにゃ」
心と身体に余裕が出来たおかげか、昔を思い出すサプライズがあったおかげか。
何を作ろうかワクワクしている自分がいる。
みんなのためにも、"良い物"を作ろう。
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