嫌な思い出
唐突ながらエナジードリンクの在庫がなくなった。
「イヴァン錬師、用法用量はちゃんと守ってね」
「勿論わかっていますよ」
最後に24本まとめて買い取ったイヴァン錬師はニコニコ笑顔だ。
ぼくが作ったエナジードリンクは地球の品物を参考に、果物ジュースに薬効がある成分等を配合したものだ。
地球なら大問題かもしれないけど、錬金術師ギルドはそういった薬効のある素材を管理する側なので問題ない。
とはいえ身体への影響は最小限に抑えているし、効力的には凄く効く栄養ドリンクとかカフェイン剤の範囲内。
疲労をごまかし、眠気やだるさを飛ばして集中力が増す。
シンプルな効力は、集中力が必要な机仕事である錬金術師の需要にマッチした。
まぁ似たような製品がないわけじゃないんだけど。
主に副反応覚悟のブーストポーションとか、覚醒剤一歩手前の強烈な粉薬とか、錬金術師の中でも特にマッドな連中ですら日常的に使えない物ばっかりだ。
嗜好品レベルで常用出来るものが欲しい、という錬金術師は思ったよりも多かったらしい。
「増産が待ち遠しいですね」
「やることが急に増えて手一杯……」
こっちはスライムカーボンに関する論文が2回目の返品と赤ペンを食らったばかりだっていうのに。
薬学部の軽い男ことカート錬師は、弱点みつけたとばかりに弄ってくるし最悪だ。
他人に効力や構造、どうしてそうなったのかエトセトラを資料を交えて整然とした文章にするのがこんなに大変だなんて。
痛いとか、苦しいとか、寂しいとか、怖いとか。
そういったものなら耐える自信があるのに、論文ひとつにここまで追い込まれるなんて。
最近になってストレスが急上昇しているのを感じる。
404アパートの部屋でゲームか、もしくは物作りに没頭したい……。
「それで、ですね」
現実逃避していると、カバンにドリンクをしまい込んでいたイヴァン錬師が姿勢を正した。
「……うん」
「アリス錬師の検査結果なのですが」
イヴァン錬師が取り出したのは、暫く前に取った血液の検査結果が書かれた紙だろう。
臨床治療学部には『血液や細胞の解析』を専門にしている錬金術師が居る。
錬成による改変は血や肉に含まれる魔力が邪魔になるので、魔力が揮発するまで出来ない。
けれど『
流石に精密機械や分析機みたいに効率よくは出来ないみたいだけど、時間をかければゼルギア大陸でも血液や細胞の検査が出来るのだ。
つくづく錬金術を上手く使うものだと思う。
「幸いなことにかなり順調です、数値的にはかなり低いですが……ギリギリ正常の範囲でしょう。自宅療養が可能なくらいですね」
「予定通り退院できそう?」
「そうですね、このまま行けば大丈夫でしょう。本当は旅も止めたいところですが……目的地がアルヴェリアであるならば、多少無理をしてでも行く価値があると思います」
体力の問題もあるので、何もなければアルヴェリアを拠点にするつもりということは既に話している。
地上の楽園とまでは思ってないけど、錬金術師ギルドの本部がある国だし西側よりはずっと住みやすいだろう。
親については情報が何もないので言えることがない。
あんな高価そうな物を赤ん坊の身に着けさせるくらいだし、問答無用で処分しにくるとまでは思えないけど。
「状況によっては、無理矢理稼いでシーラングから一番ちかい空港で直通してもいいかって思ってる」
「はは、それも手ですかね。担当の治療師としては論文や研究も向こうについてからと言いたいところですが……」
「生命線は断てない」
「ですね」
苦笑するイヴァン錬師に、ぼくも頷きを返す。
「ふざけんじゃねぇ! じゃあてめぇだけ逃げ帰ってきたのかよ!」
そのあたりで、病室の外から怒鳴り声が聞こえてきた。
「……ん?」
「なんでしょうか?」
顔を見合わせたあと、イヴァン錬師が立ち上がって病室の扉へ向かう。
「少し見てきます。何かあってもそのままで、動かないでくださいね」
「うん」
一応対処する準備はしておくけど、厄介事に無闇に突っ込むほど馬鹿じゃない。
でも耳がいいから、聞こえてきちゃうんだよね。
どうやら誰かが、どこかから仲間を見捨てて逃げ帰ったことを責められているみたいだ。
「あいつには! 結婚の約束してた女がいたんだぞ! 財宝を持ち帰って盛大な式あげてやるんだって、それを……!」
「しょうがねぇだろ! あんなおっかねぇサメどもが居るなんて思わなかったんだ」
「サメなんかにビビりやがって、てめぇそれでも冒険者か!」
聞こえてくる不穏な単語に、思わず耳を倒して音を遮断してしまう。
サメ……おっかないサメ。
前世でパンドラ機関の中国支部に呼ばれた時の記憶が蘇ってきた。
例のスタンピードが起きる前で、まだ『近くに居るとアンノウンが落ち着く』だけだと思われてた頃。
その頃はまだ他支部への出向協力もあったりして、自由はなかったけど外に出る機会は多かった。旅行も兼ねて楽しみにしていたんだ。
ちょうど同じタイミングで、現地の反政府カルトが目論んだバイオテロに巻き込まれたんだけど。
人間が変異したバケモノとか、死体が動いて襲ってきたりとか、街はさながらホラー映画やゲームのような大パニックになった。
産まれてはじめて実戦で銃を使ったのもその時だ。
普段「カッコイイ男にはユーモアと余裕が欠かせない」とカッコつけているたいちょーが、最後の方は「ファック!!」としか言わなくなってたくらいだ。
中でもやばかったのは雷吐いてくる巨大鮫。運河でいきなり現れるわ、途中で何度倒しても復活するわで死ぬかと思ったね。
海底に作られたカルト集団の秘密研究所まで追い掛けてきて、最終的には研究所の自爆に巻き込まれる形で巨大鮫は倒れた。
生きて帰れたからよかったものの、帰りは身も心も限界。
別の都市に寄って中国料理を食べる余裕なんてあるはずもなく迎えの飛行機で直帰。
事件を受けて遠出が控えられてるうちに、スタンピード事件が起きてしまった。
そのあたりから本格的に外に出ることが出来なくなっていったのだ。
因みに当時サメ関係は2回目。
前回のサメ騒動で片腕を失った人が、銃に変形する義手つけて合衆国のエージェントやってたのは驚いた。
橋の上から飛び降りながらサメの鼻柱殴るとかいう無茶苦茶してたね。
やっぱりサメと名のつくものに関わるとろくなことがないと印象付けられた騒動だった。
観光ついでに支部に滞在するだけの予定だったのにね。
「失礼しました、近くの病室で揉めていたみたいです。もう落ち着いているので大丈夫でしょう」
「……うん」
現実逃避が加速している最中、イヴァン錬師が戻ってきた。
騒ぎは落ち着いたみたいだ、もう普通の話し声になっている。
なんだか一気にテンションが下がってしまった。
もう論文は後回しにしてスフィが来るまで寝よう、そうしよう。
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