病床の錬金術師
「ほら、『妹に栄養とらせてやれ』っておっちゃんからにゃ」
「あ、牡蠣……じゃない岩貝」
「カキ?」
ノーチェが貰ってきたのは近海の岩場で取れる大きな
岩みたいな貝殻で開けるのは大変だけど、薄青色のぷるんとした中身は濃厚な海の味。滋養強壮にも優れている。
足が早くて当たるから港町でしか食べられない貴重な海の幸。
わかりやすく言えば岩牡蠣みたいな貝。
「漁にでれないから、岩場で素潜りしてるにゃ」
「まだ解除されてないんだ」
「それがねー、行方不明になってる冒険者さんが居てね」
海賊による子供の誘拐が解決したかと思いきや、今度は大人が行方不明になってるらしい。
「最近ほら、難破船を追っかけてでっかい魚が来たにゃ?」
「サメ」
「もしかしたらそれに襲われたのかもって、調査中だそうにゃ」
入院生活で白くなりかけていた肌がこんがり焼けたノーチェの横で、同じくこんがりなスフィが後ろ手に隠していたものを掲げた。
「これね、岩場でスフィがつかまえたんだよ!」
でっかい……鯛みたいな魚、干潮の時に岩場に取り残されたんだろうか。
「スフィ、すごい」
隠れていても足の間からバレバレなくらい大きい鯛は、食べごたえがありそうだった。
「暴れるからおじちゃんがシメてくれたにゃ」
「あとで料理してもらおうね」
今日の食事は豪華になりそうだ。
■
「アリス、"きゃぷてんしゃーく"って知ってる?」
スフィがそんなことを聞いてきたのは、病室で皆と一緒に食事をしている最中だった。
骨から出た出汁の効いたスープを魚のほぐし身と合わせて流し込んで、喉を鳴らしながら頷く。
「船と融合したサメのアンデッドだっけ」
「えっ」
「き、聞いてたのとぜんぜん違う、けど」
「にゃんだその化け物」
あれ、違った?
「キャプテン・シャークの幽霊船にゃ、財宝たんまり乗せた大昔の海賊の船が海を彷徨ってるって話にゃ」
「沖で見た人がいるんだって!」
昨日シャオが振ってきた話であってる……よね?
スフィたちにまでしっかり広がってるあたり、結構有名なおとぎ話みたいだ。
「サメに関わるとろくなことがないよ」
「アリス、さっきから何でサメ?」
「サメじゃなくてシャークにゃ」
……ん?
「シャークってサメのことだよ」
「え?」
ちょっとまった、頭の中で言語がこんがらがってる。
ゼルギア語の発音は英語がなまったような感じで、地球の色々な国の単語が混じって出来ている。
ごった煮なのは大陸が統一された時に出来た原語だから。
理屈はそうとして、集まった原語からして大陸の発祥に地球の人間が関わってる可能性が高いと思ってるんだよね。今は置いておくけど。
それで、サメを意味する単語は発音をカタカナにするとシャーケンやシャーゥケ。
そしてさっきから……というかシャオも含めてカプテン・シャークと発音してる。
ぼくは同じ単語だと思っていたけど、みんなは似てるだけで違う認識だったようだ。第一言語が日本語だから、頭の中で変換する過程でたまにバグが起こる。
「アリス、またお熱あるの?」
「今日はないよ」
今のも原語ままだと『アーリィス。アルゥソ、ハルゥブ、ア、フィバァ』とかになる。無意識に変換できるくらいには慣れてるけど、まだまだこういうトラップに引っかかってしまう。
「シャークは古い言葉でサメって意味」
たぶん原語の方ってことにしておこう。これで全然違ったら笑えないけど。
「似てるだけかと思ったにゃ」
そうだと思いたいけど、いくら異世界のサメだからって油断は出来ない。
シラタマたちがやってきたのと同じように、地球から一頭くらい紛れ込んでいても不思議じゃないのだ。
関わり合いは避けるべき。
「それでね、キャプテンシャークは世界中から集めた宝物を船に乗せてるんだって」
「まってスフィ、嫌な予感が」
今回ばかりは行かないし相談役権限で許可も阻止する。
「もしみつけたらお宝ひとりじめだよ?」
「危険もひとりじめだよ」
暇なのはわかるけど幽霊怖いんでしょ、大人しくしてようよ。
「別に突入する気なんてにゃいけど、なんでそんなに嫌がるにゃ?」
「危険は許可できない」
ましてやぼくは今まともに動けない、ノーチェたちの安全マージンは高めに見積もってもらわないと困る。
「そこまで強硬に反対されたら従うしかにゃいな」
「ざんねーん」
「アリスちゃん反対してくれて、ちょっと安心した……」
心配を理解してくれたのはフィリアだけで、他ふたりは残念そう。
それでもいい、今はお金に余裕があるんだから無茶はしない方向でいくのだ……。
■
翌日。
ぼくはスフィに頼んで錬金術師ギルドから借りてきた貰ったスライム素材の研究レポートを片手に、スライムカーボンの論文を書いていた。
『這いずる粘塊』という意味合いを持つ言葉で呼ばれているスライムは、棲息する地域によって特性が変わる。
気候が穏やかな場所だと皮膜も中身も柔らかいゼリー状。
ここのような熱帯付近だと皮膜がゴムのような性質になる。
どこにでも居るように見えて、寒冷地や火山付近では見かけることがない。
肉体の中心部には核だけが存在し、雑食性を持つにも関わらず内臓のたぐいは見当たらない不可思議な生物。
それらの特性から樹液を肉体として操作する核状生物、つまりゴーレムの一種なんじゃないかって仮設を立ててる研究者もいるようだ。
素材は様々な工業製品に用いられるなど珍重されている。
スライムの養殖に成功した錬金術師が大金を稼いで自分用の研究所を作ったとかいう話もあるくらいだ。
養殖によって安定供給されるスライム素材の活用方法は注目度が高いようで、スライムカーボン製の弓弦を手に入れた錬金術師ギルドではちょっとした騒動が起こったらしい。
今朝方、何故かバザール錬師が険しい顔の冶金学部の面々を連れて病室を訪れたのもそれが理由だった。
あまりの気迫にすっとぼけたところ、「こんなイカれた精度の『錬成』ができる術師なんざ錬金術師ギルドに5人もいねぇ、てめぇを含めてだクソガキ!」と言いがかりをつけられた。
結局下手人は自分だと吐かされたあと、バザール錬師からはそろそろ専門を決めろと迫られるわ、冶金学部の面々からは「うちに来い」と囲まれるわ……。
朝から胃もたれを起こしかけた。
様子を見に来たイヴァン錬師がまとめて追い出してくれて話は切り上げたけど、ひとまずスライムカーボンについては製法についてまとめた論文を出すようにと約束させられてしまったのである。
「アリス、今日はそのへんにね」
「うん」
ある程度書き進めたところでスフィに止められて、腕と背筋を伸ばして固まった筋肉をほぐす。
パソコン使えれば楽なのに、ペンで手書きだから大変だ。
「スフィ、ぼくつかれた」
「はいはい、横になろうね」
ぱたんと横になると、スフィが論文をまとめて棚にしまってくれる。準備から後片付けまでやってくれる、上げ膳据え膳。
「自分でつくるのはそんなに難しくないのに、他の人にわかりやすくまとめるのって難しい……」
「終わりそう?」
「さきがみえねぇ」
助けを求めるように伸ばしたぼくの手をスフィがぎゅっと握った。
ひとりだったら心が折れていたかもしれない。
エナジードリンク作りの時にマリナ錬師にどれだけ助けられたか思い知らされた気分だ。
「バザールおじさん、アリスが専門きめないと階梯あげられないって愚痴ってたよ」
「そう言ってもなー」
要するに自分の専門は○○ですって登録するだけのことなんだけど、まだ決めきれてないんだよね。
今まで作った物もドリンク、武具、繊維素材とあって統一性もない。
旅のためにやってるから当たり前ではあるんだけど。
「ぶっちゃけぼくが第3階梯のままでこまることがないのが問題」
階梯が上がれば研究に対して有利な特典が多くなる、例えば研究費や素材の融通にしたって無理が利くし発言力も大きくなる。
だけど、そもそも錬金術師の大半が第1階梯から第2階梯に属しているわけで。
普通の錬金術師が生涯かけて第4階梯になれるかどうかという世界なのだ。
今でも分不相応だと思っているし、迷惑かけてしまうけど専門を決めるのは落ち着いてからでいいと思っている。
「身体なおさないと研究もできないもんね」
「まぁね……」
何よりも今のままだと論文書くのですら身体が追いつかない。
悲しきは我が身の弱さよ。
スフィに頭を撫でられながらベッドの上でゴロゴロと身体を伸ばす。
「それでも大分、よくはなってきた」
「うんうん」
イヴァン錬師からも大分回復してきているので、もう半月ほど様子を見て退院するか考えようと言われている。
その頃には船の運航も再開しているだろうし、長く滞在したパナディアからも旅立つ日は近い。
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