キャプテン・シャークの幽霊船

「キャプテン・シャーク?」


 何、その禍々しい名前。


「なんじゃ、しらんのか」


 シャオはぼくの病室に飛び込んでくるなり、いきなりそんな悍ましい名前を口にした。


「キャプテン・シャークの幽霊船がこの近辺にきているらしいのじゃ!」

「……えぇ」


 残念なことに冒険者の仕事を再開したのでスフィたちは居ない。シャオの相手をするのはぼくひとりだ。


 昨日ぼくたちが露店をやりに行っている間にシャオが来ていた事は聞いていた。


 なんでも意気揚々と病室に飛び込んでいき、数秒後に泣きべそをかきながら出てきたらしい。


 耳も尻尾もしおしおになって、見るも哀れな姿だったとか。


 それもあってか、ぼくが居ることを認識してからのテンションが少しおかしい。


「キャプテン・シャークは大昔の海賊でのう、死した後も亡霊となって自らの船ロストブルー号で海を彷徨っておるという話じゃ。……なんじゃその顔、もしかしてビビっておるのか?」

「…………大昔から別の何かがくっついてるシャークって単語に関わるとろくなことはないって決まってる」


 前世の記憶の影響が大きいんだけど、なんたらシャークという単語には嫌な思い出しか無い。


「南海で育った者ならみんな知っておるおとぎ話じゃ。なんじゃあ、おぬしそのなりで怖がりなんじゃのう、くふふ」

「産まれてはじめていわれたわ、それ」


 今生では『病弱なお姫様みたいな見た目で根性ある』とは言われるけど。


 ぼくだって怖いものは普通に怖いし、痛いのも苦しいのも嫌だ。


 ロボットや化け物じゃないんだから……。


「なんでも、嵐の中でキャプテン・シャークの船を見た者がいるようでのう」


 聞いた所を要約すると、先日の嵐に巻き込まれて難破した海賊がその船を見たと証言したようだ。


 それが酒の席での与太話として広まり、密かに探す人たちも出てきているらしい。


 キャプテン・シャークの船にはその海賊が生前に蓄えた財宝が積み込まれているとかなんとか。


「そして……夜ふかしやいたずら、悪いことをしているとキャプテン・シャークに拐われてしまうのじゃ!」

「ふーん」

「なんでそこは何とも無いのじゃ!?」


 その部分は子供を怖がらせて言うことを聞かせるための後付の怪談だから。


 亡霊となって海をさまよう海賊が陸地に干渉してまで子供を拐う理由がわからない。そのうえ悪い子限定なんで意味不明すぎる。


「なんで子供を拐うの……しかも悪い子限定で」

「キャプテン・シャークは小さな子供がだいこうぶつだそうなのじゃ、そしてきらわれるような悪い子ならいなくなっても足がつかないのじゃ。きっと頭から食ってしまうのじゃろう、ばくーっとなぁ」

「ごめんやっぱ怖くなってきた」


 "ガチ"の方から派生した怪談かよ。選定対象が色んな意味で生々しすぎる。


「そうじゃろう! つかまったら最後、頭からばりばりーっといかれてしまうのじゃ!」

「うん、わかる……」


 あの手の存在の好物らしいからよくわかる。前世では稀にいる好意的な化け物系アンノウンから新鮮なものをプレゼントされることがあった。


 扱いに困って周囲を見ても全力で目をそらされて、泣きながら抱えて歩くはめになったときは何の罰ゲームかと思ったわ。


「こわいよね……」

「怖すぎなのじゃ」


 って、そんなことはどうでもよくて。


「そのゴーストシップシャークがどうかしたの?」

「なんじゃそれは、キャプテン・シャークなのじゃ」


 あれ、サメが幽霊船と融合して人間を襲うって話じゃなかったっけ?


「……怪談話しにきただけ?」

「ちがうちがう、わしらで幽霊船を見つけて財宝を手に入れるのはどうじゃ? 金に困っておるのじゃろう?」


 どやぁと胸を張るシャオに思わず首をかしげる。


 ……お金に困ってる?


 昨日の売上は銀貨140枚弱、100枚はパーティ費用として不思議ポケットの中。


 40枚のうち31枚をぼくが入院費用として貰い、スフィたちには当面のお小遣いとして3枚ずつ。


 売れてくれたおかげで資金は十分にある、お金に困っていたのは昨日までの話だ。


「あ、こら狐っ娘! 受付すり抜けてきたな!」

「のじゃ!?」


 頭の中で疑問符をぐるぐる回していると、検温にきた看護師のお兄さんの怒鳴り声が聞こえた。


「アリスちゃん熱あるんだから、後にしなさい!」

「そ、そうだったのじゃ!? 全然気付かなかったのじゃ……」

「……?」


 確かに熱は今朝から40℃近くある、昨日は想定よりも長く外に居すぎたせいだ。


 お昼食べたら戻る予定が寝過ごした挙げ句、エルフのお姉さんを皮切りにお客さんが押し寄せてきて……。


 結局治療院に帰れたのは日が傾きはじめてから。


 治療院の玄関でイヴァン錬師が穏やかな笑顔で仁王立ちしていた姿は今でも鮮明に思い出せる。記憶しておく気なんて全くなかったのに。


「うぅ、悪かったのじゃ。また来るのじゃ……熱はいつ下がるのじゃ?」

「それはアリスちゃん次第だからね、しっかり休ませてあげないと。だから今日はもう帰りなさい」

「わかったのじゃ……」

「またね」


 追い出されるシャオに手を振って、受け取った水銀式の体温計を脇の下に挟む。


「少し熱は下がっ……ってないね。他に痛いところや苦しいところはないかな?」

「うん」


 ひんやりした大きな手が額に触れて少し落ち着く。


 内臓機能に問題があるのはおじいちゃんも治療師も共通の見解。


 そのせいで疲労によって貯まる毒素がうまく処理できなくて、疲れるとすぐに熱が出てしまう……というのがぼくの現状だ。


 言ってしまえば虚弱体質なんだけど、こちらの治療学や医学では根治の方法がない。


 幸い消化器官はかなりマシな方なので、対処法は栄養と休養をしっかりとることくらい。おかげで寝ているくらいしかやることがなくて暇だ。


 それにしても。


 死後に船と融合してクリーチャー化するなんて、こんなファンタジー世界にも地球のサメみたいなのがいるんだろうか。


 恐ろしい話だ……。

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