お店屋さんごっこ

「アリス、アリス」

「ん……?」


 木陰でうつらうつらしていたら、スフィに起こされた。


「お客さん」

「ええっと、この弓見てもいいかしら?」


 金色の髪の森人エルフのお姉さんが布に敷かれた弓を指して言う。


「…………うん」

「見ていいって」

「……ありがとう」


 苦笑しながら、置かれている弓のひとつを手に取る。


 やっぱエルフは弓を使うんだなぁと寝惚けた頭でながめながら、脇に置いていた小物入れ用のボックスから弓の弦を出す。


「おねえさん、はい」

「弦もあるのね……?」


 スフィを経由して渡された弦を、エルフのお姉さんは手慣れた様子で弓に張っていく。


 お姉さんが見ているのは適当な木材に狼の腱と鉄板を混ぜて作った合成弓。


 弦はビニールとゴムの性質を持つスライム素材に、冶金学部の炉を借りて作った炭素繊維を混合して作った。


 中型サイズで長弓並の射程と威力を実現した代物だ。


 しかしどれだけ遠くを狙えても当たらなければ意味がないので、今回売りに回されることになった。


 自信作だったのに……。


「…………」


 矢を番えてる訳でもないのにぼくたちに向けないように弦を引いたお姉さんの表情がみるみる固まっていく。


 喧騒の切れ間に、お姉さんの心臓の鼓動が徐々に激しくなっていくのが聞こえた。


「何これ……」


 小さくつぶやいてるつもりでも、全部聞こえてるのが申し訳ない。


「んんっ、これ、どうしたの?」

「えっとね、拾ったの」

「落ちてたにゃ」

「……そんなバカな」


 無理があるのはわかってる、でもゴリ押しでいかせてもらう。


「……いくら?」

「30000グレド、銀貨30枚。弦もつける」


 金貨なら3枚。そこそこ良い弓匠作の弓が銀貨10枚から20枚って考えるとかなり強気の値段設定だ。


 でも冶金学部の人たちから「それ以下の値段でこいつを売るなら炉に打ち込んで叩き直してやる」って真顔で言われてるからね……。


 量産出来ないし、ここまでいくと子供が作ったとは間違っても思われないからセーフだそうな。


「…………チッ」


 子供の露店だと侮っていたのか、穏やかな笑顔の下で微かな舌打ちが聞こえた。


「ねぇ、相談なんだけど」

「これが下限」

「…………」


 先んじて言うと表情が強張った。わかりやすくて助かる。


 視線を彷徨わせたエルフのお姉さんに、少し離れたところから普人ヒューマンの男の人が近づいてきた。


「掘り出し物でもみつけたのか?」

「……ジェイド、お金貸して」

「やぶから棒だな!?」


 どうやら知り合いらしい。


 お姉さんは10代後半に見えるけど、男の人はおじさんとお兄さんの中間くらいに見えるから20代後半ってところかな。


 森人エルフ獣人ライカンは見た目で年齢がわかりにくい。


「絶対買っておきたい物があるの」

「そりゃわかったけど、いくら必要なんだ」

「銀貨30枚貸して」

「無茶言うな! 弓の値段じゃねぇだろ!?」

「バカッ、声が大きい!」


 叫び声をあげた男性の口を塞いだエルフのお姉さんだったけど、周辺に居る冒険者の人たちがちらちらとこちらを気にしはじめた。


 ……寝てる間にかなり人通りが増えてる。


「なんか人増えてる?」

「冒険者の依頼が終わりはじめる時間にゃ」

「……まって、ぼくどのくらい寝てた?」

「お昼とっくに過ぎちゃったよー」


 正午前だったのに、寝てる間にみんな昼食を済ませてしまっていた。


 感覚的に熱はなさそうだけど……まだ無理はできなさそうだ。


「ちゃんとお昼ごはんとってあるから、おきゃくさんおわったら食べようね」

「うん」


 今日のお弁当はバナナ粉のサクサク生地でミートソースや野菜を包んだ一口パイみたいな料理だ。


 治療院の調理担当の人からレシピを教えてもらい、フィリアが作った。


 料理に関してはフィリアもめきめき腕をあげていて、ぼくの動けない部分を丸ごとカバーしてくれている。


「これを逃したらいつ手に入るか!」

「見た感じ普通の弓……というか子供の工作一歩手前じゃね?」

「ガワはともかく中身は一級品の合成弓よ。名人の作と大差ない、弓匠に手直しして貰えばすぐ使えるわ」


 こっちが雑談している中、お客さん側もヒートアップしていた。


 ……頑張ったつもりだけど、やっぱり使い手目線だと粗が大きいのか。命を預ける道具なんだから厳しい評価も当然だけど、ちょっと落ち込む。


「じゃあその弓匠から直に買えばいいじゃねーか、こんな子供の露店からじゃなく」

「この黒い弓弦はこんな値段じゃまず手に入らないの! 海竜の髭並なのよ!」


 聞こえてきたセリフに首を傾げる。


 海竜は外海に棲息する亜竜の一種で、蛇みたいな長い胴体を持つ竜だったはず。


 一言で言えば超強い海蛇で、その髭は紐系の素材としては最高峰と呼ばれてる。


 そういえば弦については冶金学部の人たちは何も言ってなかった。


 弓弦はワイヤー並の硬さだけど強い圧を加えると伸びる靭性があって、圧力がなくなると元の形状に戻ろうとする性質がある。


 スライムには衝撃を加えられると死んだふりをするものがいる。殴られるとでろんと伸びて広がって、安全になると元に戻って逃げ出すそうだ。


 その性質を利用できないかと思いついて、やってみたら出来てしまったもの。


 作った分は弓に特化し過ぎて汎用性はないから量産はしてなくて、今ここにあるので全部だ。


 ただの弦だと思って気にしてなかったんだけど、この反応を見るにやらかした?


「いやいや、言い過ぎだろ」

「弓使いの私が言ってるのよ!?」


 段々と相談するふたりの声が大きくなっていく。弓を背負った冒険者が露骨にこっちを気にしはじめた。


「弦だけ売って貰うとか」

「もっと高くつくって言ってるの!」


 原価で言うなら1メートル作るのに小銅貨6枚くらいなんだけどなぁ。


「海竜さんのおひげっていくらくらい?」

「1本3メートル前後で、金貨10枚くらいって聞いた」


 あくまで原価。ここから加工して商品を作るんだけど、希少素材なんで値段そのものより数が問題になる。


「その弦見せてくれるか?」

「……このナイフもいい出来だな」

「おい、俺にも見せてくれ」

「ちょっと、最初に交渉してたのは私よ!?」

「まつにゃ! 順番にゃ!」


 わらわらと周囲の冒険者が集まってきた。


 錬金術師の人たちがぼくの制作物の販売に「ちょっと待て」をかけまくる理由が何となく実感としてわかってきた。


「弓に張って引かせてくれ」

「おい押すなよ!」

「じゅ、順番にききますからー!」


 昼前までの穏やかな空気はどこへいったのか、あっという間に汗と埃の匂いが充満する空間ができあがってしまった。


 わたわたするフィリアとノーチェの背中を眺めて、ちょっと冷や汗をかきながら心のなかで謝罪する。


 まじ、ごめん。



「スフィはアリスのおせわがあるから!」

「あとで覚えてろにゃスフィィィ!」


 ぼくを出汁に強面のおじさんたちの対処から逃れたスフィに、ノーチェの怨嗟の声がふりかかる。


 この状況で車椅子の妹をほっぽり出せないっていうのは正しい判断だけど……我が姉ながら結構したたかだ。


「アリスちゃんをほーちできないし、仕方ないよ、頑張ろ!」

「たしかに見た目は重病人だけど、本当にそんな扱いしなくても……」

「……アリス?」


 自分を鼓舞するようなフィリアの言葉に反論しようとしたら、スフィが「何いってんだこいつは」と言いたげな真顔になった。


 いい加減このやり取りやめようよ。


「こっちのナイフはいくらだ?」

「えーっと、アリスちゃん!」

「小さいのは銀貨4枚、長めのは銀貨6枚」


 交渉の余地を残して値段をつける。銀貨4枚以下で売ったら火箸をケツにぶちこんでやるって脅されたからそこが下限だ。


 脅してきた錬金術師のおじさんは口にした直後に親方さんに金槌でどつかれて、それから脅しが『炉にぶちこんでやる』に変わった。


 変えた意味があるのかはわからない。


「買った!」

「長剣とかはないのか?」

「ないにゃ! てか後ろから押すにゃおっさん! あぶにゃいだろ!」


 丁寧なフィリアと物怖じしないノーチェは良い塩梅でお客さんを捌いていく。


「この弓買うわ、弦もセットでつけてくれるのよね!?」

「うん、初めてのお客さんだからサービスで」


 一度口にしてしまったから仕方ないので、最初だけだと明言する。露骨に残念そうにする弓使いの人たちが、妬ましそうにエルフのお姉さんを見ていた。


 他の小さめの弓に張った弦を引いて確かめた人ばっかりだ。


「これ代金ね」

「はい! どーぞ!」


 代金を受け取ったスフィが2回分の弦を巻き付けた木輪を手渡す。今つけているのと合わせて3回分の大サービスだ。


「ありがとう」

「なぁ、その弦他にないのか?」

「うーん……」


 売るのはいいけど、原価なんてかかってないようなものだから値段付けがわからない。


 仕方ない、強気で行こう。


「1本分で銀貨20枚、短弓用しかない、普通の木弓だと弓が負けて壊れる。残り3つ」

「高いっ」

「ぐぬぬ……」


 高いと言う割に財布とにらめっこがはじまった。


 エルフのお姉さんは往来で膝をついて項垂れる男の人の背中を慰めるようにぽんぽん叩いて、肩を貸すようにして立ち去っていった。


 大金だもんなぁ銀貨30枚。


 そんな大金に設定したにも関わらず弦はあっという間に完売。ぼくは本格的にやらかしたことを理解した。


 因みにドリンクは1本も売れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る