露店通り

 海賊船が漂着してから4日後。


 ゼノバの海賊たちとカラノール商会の商会長は正式に裁判にかけられ、有罪となった。


 色々方策を取ったが海賊は絞首刑、カラノールの商会長は海惨刑かいさんけいが確定。


 光神教会は自分たちも騙されて協力させられたとカラノール商会を糾弾するという見事な手のひら返しを見せた。それ以上突っ込もうとすればお得意の権力ゴリ押しが発動するからか、教会側の追求は断念されたみたいだ。


 こうしてゼノバの海賊たちと、長い歴史を持っているらしい商会の信用は儚く消えることになった。


 海惨刑というのは両手を縛って首から下を海に沈めて、海の魔獣に肉を喰わせる刑罰だとか。


 裏切りが一番罪が重いってやつは、どこにいっても共通みたいだった。


 そんなこんなで、ぼくたちは晴れて自由の身となることができたのだ。



「自由っていいね」

「……そうだにゃ」


 早朝、ノーチェに車椅子を押して貰いながら通りを進む。目的地は港の近くにある露店通り。


 この4日間でなんとか隙をついて404アパートから資材や装備品を回収した。


 その成果が今日発揮される。


「それにしても、ドリンク結構減っちゃったにゃ」

「あれは想定外だった」


 イヴァン錬師が宣伝してくれたのか、エナジードリンクは今日までに半分近く捌けている。研究職や医療職とエナジードリンクの相性はぼくの想定以上に良かったみたいで、口コミで徐々に広がってすでに半分近く売れている。


 値段は初期ロットってことで大銅貨2枚、おかげで手持ちは銀貨20枚まで回復していた。


 反応はとても良好で、値段だけがネックと言う感じ。フィードバックを受けた冶金学部や薬学部の錬金術師たちもコストダウンについて考えてくれている。


 うまくいけば売れ筋の商品が出来るだろうってことで、みんな乗り気だ。


「あ、あそこにゃ」

「ほんとだ」


 場所取りをお願いしていたスフィとフィリアがぼくたちに気付いて手を振っている。いい感じに日陰だ。


「早くからありがと」

「ぜんぜん!」

「アリスちゃん、体調は大丈夫?」

「だいぶよい」


 今は熱もほぼ下がっている状態で安定している。まだ自分の足で歩くのは無理だけど、こればっかりは暫くかかる。


 車椅子前提とは言え短時間の散歩を推奨されるようになってるあたり、かなり改善されていると思う。


「えっと、売りものは?」

「ん」


 背後のノーチェを振り返る。ノーチェの背中には大きなリュック、ポケットから出し入れすると目立つので全部運んでもらった。


「並べちまうかにゃ」

「おー!」


 元気いっぱいに手を振り上げたスフィに続く形で、みんなで荷物を開封する。


 持ち込んだのは缶入りのエナジードリンクと装備品。


 ドリンクは他に売ったときと同じ大銅貨2枚。


 装備品は冶金学部の人にチェックしてもらい、大丈夫だと判断されたものばかり。大体の値段も教えてくれた。


 止められたのはスフィたちに作ったようなガチめの武器と量産品。


 技術にそれなりの自信があって頑張ったつもりだったけど、山人ドヴェルクの名工と張り合える程度の品物にはなっていたらしい。


『嬢ちゃんに足りねぇのは経験だ馬鹿野郎』

『足りねぇなりにいいもん造りやがって、クソガキがよ……』


 とのことで、ぼくは武器への理解が浅いようだった。


 そこが名工と呼ばれる鍛冶師との決定的な差、伝説に名を残すような神匠との境界線。


 ……まぁ冶金や錬金鍛冶なんてやりはじめたのつい数ヶ月前だから、理解が浅いのも当然ではあるんだけど。


 そんな訳で、数が用意できるのがバレなければ『どっかの戦場から拾って来たんだろう』と思われる程度で済む。それが冶金学部の錬金術師たちの見解だ。


 ついでに付与エンチャントも避けたほうがいいと言われた。


 おじいちゃんが魔道具の専門家だったので、ぼくも魔道具の扱いが一番得意ではある。付与も一通り出来るんだけど、武器系は専門外だったので今まで避けていた。


 魔術系統は失敗してもせいぜい不発するだけなのに対して、錬金術を含めた陣術系統は失敗すると予期しない結果をもたらす事が多い。


 スフィあたりがうっかり魔力を込めすぎて武器が爆発なんてなったらシャレにならないし……。


 元々やるつもりはなかったから問題なかった。


 売って大丈夫そうなものを選別してもらっている間に山人のおじさんたちの酒も進んだ。段々とめんどくささが極まってきたあたりで「君が居ると仕事にならない」と営業の人に追い出されたところまでが冶金学部ハイライトである。


「ドリンクはこっち、シラタマちゃんはここね」

「チュピ」


 移動式冷蔵庫の動力源になったシラタマが、ぼくの隣に置かれたドリンクケースの中に鎮座した。


 それ以外で敷き布の上に並べられていくのは、練習で作った武器や防具。


 糸の芯材に鉄線を仕込んだフリーサイズの手袋。攻撃に対する防御力はないけど、そこらへんで手に入るナイフくらいなら刃を掴んでも切れない程度の強度はある。


 海辺に出現するスライムから取れる素材がゴム代わりにもなったから、手のひら部分にはそれをコーティングして滑り止めにしている。


 それから作ったはいいもののスフィ達からは不評だった刀剣類を改良したもの。


 ……ナイフの割には重すぎるとか、形が使いづらいとか。


 命に関わるものだから厳しく見定めてくれるのは有り難いけど、少し凹んだ。


 そして自信作なのに使い手の居ない弓と矢シリーズ。


 遠距離攻撃の手段は必要だと思って作ったんだけど、弓とかって使いこなすのに練習が必要なんだよね。


 ぼくの腕前じゃ前線に出るスフィやノーチェを避けて敵に当てるなんて無理だし、引くのにも力がいる。


 牽制にしかならない遠距離攻撃ならシラタマの氷塊を手裏剣みたいに削ってぶん投げてもらったり、ナイフ状にしてばらまいたほうが強い。


 スフィとノーチェは弓を使わせても巧いけど、近接戦闘のほうが圧倒的に強い。


 フィリアは……残念ながら射撃武器の適性はなかった。


 前を狙って真上に飛んで行った矢が自分の頭上に落ちてくるような子に、弓は持たせられない。


 装備品はそんなぼくたちには使いみちがないものばかりの在庫処分セール。


 聞かれたときは『旅の途中で拾ったもの』でゴリ押しする予定。


「アリス、ねふだは?」

「ドリンクだけ」


 適当な木の板に大銅貨2枚と書いてドリンクの前に置き、準備完了。


 ぼくの初めての商売がはじまった。



「お客さんこないねー」

「ねー」


 開始2時間、歩きながら横目で見てくる人はいるけど今のところ売上はゼロ。


「こっちのポーションくれ、あと……その小さな瓶のは何だ?」

「はいよ、外傷治癒は1本大銅貨3枚ね。こっちは強めの虫下しだ、怨呪の密林にいくならオススメだよ」

「いや、いかねぇよ……」


 隣では後からきた旅の錬金術師がフラスコのバッジを胸に輝かせ、次々やってくる冒険者らしきお客さんの相手をしている。


「えんじゅのみつりんってどこにゃ?」

「ここの南東にあるやばい森」

「ほーん」


 怨呪の密林はパナディア南東にあるっていう小さな森。


 寄生生物の専門家が興味津々な場所といえば大体わかってもらえると思う。ぼくは間違っても行きたくない。


「いい天気だなー」

「ねー」


 暇を持て余したのか、車椅子の隣にいたスフィが頬同士をくっつけてくる。嫌がる理由もないのでそのままにしておく。


「アリスちゃんたちがそれやってると、見てくる人はいるんだよね」

「見るだけ、だけどね」

「見物料取ったほうがはやい気がしてきたにゃ」


 それで金は取りたくないなぁ。


「アリスもコートきてバッジつけるとか?」

「ふつうは偽物だと思われる、本物だってわかったら拐われる」


 ぼくたちが孤児なのがわかったら、生き別れの両親が何十組も出てくる可能性だってある。どこにいってもそれは変わらないのだ。


「たまにはこういうのも有りってことで……」

「アリス、寝るなら何かかけないと」


 治療院から出た疲れと暖かい気温でうつらうつらしていたら、スフィが膝に布をかけてくれた。


 車椅子をソファ代わりに、暫くうたた寝することにしたのだった。

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