新たな問題
「は? 海賊が全滅?」
「そうらしい」
冶金学部へ向かった日の夕方、治療院にやってきたバザール錬師が何とも言えない顔で状況の進展を伝えてきた。
昼間に港へ流れ着いた難破船というのは、件の海賊船だったというのだ。
生き残りを尋問した結果、ウィゲルともにゼノバ王国から侵略行為のためにやってきたこと。カラノール商会に手引されたことを洗いざらい話して彼等の刑が確定した。
沖合にあるどこかの島で待機しているのかと思いきや、どうやら誘拐騒ぎの直後に海で恐ろしい怪物に襲われたようだ。
生き残りは全員ひどく怯えており、驚くほど素直だったらしい。
「怪物って、物騒」
「そのせいで船を出して大丈夫なのか、また慎重論が出てきてしまっているようだ。まったく次から次へと……今年は随分と騒がしい」
「船体は?」
「底の方から何かに引き裂かれたようになっていた。並の魔獣の仕業ではないな」
難しい顔をするバザール錬師から目を離し、ベッド脇で木の実をつっついていたシラタマに視線を送る。
「……ピピッ」
シラタマが会いに行っていた海の知り合いが気になったんだけど、心当たりがあるみたいだ。
ニュアンス的には「まったくあいつは」という感じの鳴き声だった。
「ひとまず、調査が終わるまで新しい船の出航は見送りだ。漁師や旅行客、商人の鬱憤を全て押し付けられる彼等には少しばかり同情するよ」
「それはなんとも」
漁師や商人には大打撃だろう。
「そのなんとかって商会は?」
「カラノール商会は商会長が正式に逮捕された、外患誘致だ」
「パナディアの法律は詳しくないけど……ラウドなら極刑確定だったよね」
「こちらでも極刑だ、とにもかくにも運が悪かったな」
こればかりはバザール錬師の言う通り"運が悪かった"だ。
誘拐されたのがぼくじゃなければ錬金術師ギルドは動かなかっただろうし、獣人の誘拐だけならそこまで大きな問題にはならない。
曲がりなりにも西方国家、住民が優しいからと言って獣人差別がないわけではない。
現に拐われた獣人の保護者たちが必死に駆けずり回ってても尻尾すら掴ませなかった訳だし。
「腑に落ちない点はあるが、ひとまずは解決という運びになった」
「じゃあ、みんな退院?」
「安全を確認してからになるが、まぁ他の者達は2から3日中には退院になるだろう」
そっか、それなりに長かった治療院生活もこれでおしまいか。
「結構居心地よかったから、退院となるとちょっと名残惜しい」
人の金なのもあって大分気楽に治療を受けれていた。おかげでここのところ、一日のうちで熱が下がっている時間のほうが長いくらいだ。
「……アリス錬師は入院継続だぞ、治療師の許可が降りんからな」
「……なんて?」
「君の容態は君の認識よりずっと悪い。絶対安静は解除されたが退院など以ての外だそうだ」
「おかねがないんだけど」
「流石に事件が解決した後まで全額持つ訳にもいかんな。金貨30枚までなら低利子長期限で錬金術師ギルドから貸し出せるが……借金にはなってしまうな」
それが嫌だって話なんですけど!
■
結局、入院は継続で以降の治療費は自分で持つことになった。
入院費は1日あたり1200グレド、大銅貨12枚。錬金術師ギルドの正会員割引が利いてこれだ。
「……ごめんにゃ、頼りないリーダーで」
「……ダメなお姉ちゃんでごめんね」
「ふ、ふたりとも落ち着いて、ね?」
現在の自分たちの稼ぎの最大値である大銅貨5枚を大幅に上回る治療費に、可哀想にスフィたちが落ち込んでしまっている。
割引なしだと1日3000グレドなので負担としてはかなり軽い方ではあるんだけど。子供の手に負える額じゃない。
「なんでそんなにたかいの!?」
「入院してる割にはやすいほう」
ぼくの場合は病気というより体質だ。病気を治す治療薬じゃなくて、体調を調える漢方薬を使われてる。
こっちだと発祥の地が竜宮だから竜宮薬だけど……わかりやすく漢方薬ってことで。
要するに生まれ付き身体の調整機能が壊れてるから、薬膳とかで少しでも調整するって治療方針だ。
改めて治療師の人からも話を聞いたけど、ぼくは本来なら数年単位で専門的な治療が必要な状態だそうな。そこまでやってもギリギリ日常生活を送れるようになれるかどうか。
陸路でアルヴェリアを目指すなんて無謀にも程がある話で、村を出てからの無理が祟ったのか内臓がいくつかダメになりかけてたらしい。
運び方が雑なくらいで気絶するなんて我ながら弱いなーと暢気に考えてたら、どうにも内臓が原因だったようで逆に納得した。
常に丁寧に言葉を選んでるイヴァン錬師が「もう少しで肝臓か膵臓あたりが壊死してましたよ、なんでこの状態を我慢出来るんですか?」と穏やかな笑顔で言うあたり、たぶん洒落になってなかったんだと思う。
そこまで言われたら流石のぼくでも強硬に退院することはできない。
決して「お姉さんにも相談することになりますよ」という脅迫に屈したわけではない。
「因みにおまえいまいくら持ってるにゃ?」
「銀貨2枚」
「あたしは……大銅貨4枚にゃ」
「スフィは5枚」
「わ、私は8枚」
一応手持ちで追加3日分は支払ってるので、大体1週間後までになんとかしなければならない。
うちのパーティは集めたお金の一部をパーティ資金としてプールしておいて、残りをみんなにお小遣いとして渡している形式だ。
港町では買い物が出来るから、なんだかんだで結構使っているらしい。
「冒険者ギルドへ売りに出した素材とかは?」
旅の道中で集めた魔獣の素材は、ノーチェが代表として冒険者ギルドに持ち込んでもらった。解体はあちら任せなので値段としては大幅に落ちるけど、それなりにはなるはずだ。
「解体に少しかかるらしいにゃ」
「今は船が止まってるから、人がおおいんだってー」
「冒険者ギルドも人がいっぱいだったよ、じろじろ見られて怖かった……」
口々に冒険者ギルドでの話を教えてくれた。狼や小型のアイスワームがメインだから、そんな大金にはならないだろうけど足しにはなるだろう。
「頼みの綱のアリスがこの状態だしにゃぁ」
「めんもくない」
「ノーチェ! アリスのこといじめないで!」
「責めてる訳じゃにゃいって」
とはいえ資金源であるぼくがこの有様なのは正直情けない。
リスクは承知で本気で作った武器を売ってしまおうか……。
でも商人連中に目を付けられるのはまずいんだよね。何しろ乗船を止められたら立ち往生だ。
悩んでいると、部屋の扉がノックされた。
「はーい」
「アリス錬師、ちょっとご相談が」
姿を見せたのはイヴァン錬師。スフィの顔が不安そうになる。
「あの……イヴァンせんせい、アリスどうかしたの? ですか?」
「いえ、ちょっと個人的な用件でして」
「用件?」
ぱたぱたと手を振りながら近づいてきたイヴァン錬師が穏やかな笑顔を作る。
「実は先日頂いたエナジードリンクですか? それをまた頂きたくて」
「……いいけど」
効果が良かったからまたほしいってことだよね、たった1本で中毒ってないよね。
前回の反応からちょっと不安になりつつ、ベッド脇の戸棚を開ける。
「チュピ?」
戸棚の中にはクッションに座るシラタマの姿。ふわりと冷気が流れ出す。
いつの間にか戸棚の中がシラタマの定位置になっていて、内部が冷蔵庫と化しているのだ。
「何本?」
「たしか新商品でしたよね、値段は決まっていますか? 今回は個人的に購入するものなのできちんとお支払いしますよ」
宣伝代わりに渡そうとしたら、イヴァン錬師の方からそう言い出してくれた。とはいえ値段か。
「正直ちょっとなやんでる、大銅貨1枚でも大赤字。でも販売するなら理想は銅貨4枚」
「ふむ、確かに……では今回はひとつ大銅貨2枚で10本貰います、いかがですか?」
「……助かるけど、いいの?」
「ここまでなら出してもいいという限界値です。今はアリス錬師からしか手に入れられない訳ですからね。ただ申し訳ありませんが今はそれ以上の値段は厳しいです」
「ううん、十分」
正直それでも大赤字ではあるけど、高く売れるに越したことはない。
スフィにも手伝ってもらって10本渡して、銀貨2枚を受け取る。
「いやぁ助かります。味も良かったですし、あのときはほんとに仕事が捗ったので。正式な販売を期待していますよ」
「うん」
ウキウキした様子で冷えた缶を抱えて去っていくイヴァン錬師の背中を見ながら、ぼくは手の中の銀貨2枚に視線を落とした。
最初から無理矢理理想額を目指さなくても、徐々に値下げしていく方式……でもいいのかな?
少しでも回収できればありがたい。
それに自分の作ったものを喜んで貰えるのはなんか嬉しかった。
……露店の件、そろそろ動いてみようかな。
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