難破船とサメ

「おめぇさん、舐めてんのかい?」


 ひとまず当座の資金としてポケットの中で売れそうな物を換金することにした。


 その最中、冶金学部に持ち込んでみたのはぼくが作った1枚の布。


 実は身体にフィットして動きやすい防具となると高度な職人技が必要で、ぼくにはお手上げだったのだ。


 なので苦肉の策として、通常の服を独自の布で補強する方策を取っていた。冒険者の服と呼ばれている、急所を皮で補強することでそこそこの防御力と動きやすさを両立した装備を参考にした。


 その過程で補強材として作ったのは、鋼鉄を極細の糸にして麻の布地に混ぜ込んだもの。


 課題となったのは靭性と強度の両立で、ちょっと大変だったけどそれなりに硬くて柔軟性のある布地ができた。


 おかげでスフィたちは見習いが着ているような簡易な服に見えて、ちょっとした防刃ジャケット程度の防御力がある。刺突に弱いのが難点。


 最初は0.01ミリまで細くしたんだけど流石に強度が絶望的なことになった。それで重さとバランスを取り、結局0.2ミリを撚り合わせてから麻糸の芯材として仕込む形になったのだ。


 そんな布が売り物になるか見てもらおうと、冶金学部の長である山人ドヴェルクのおじさんに持ち込んだ時の第一声が「舐めてんのかい?」だった。


「いいか嬢ちゃん、鉱石を糸にする技術はよぉ偉大な山人の錬金術師が編み出した秘奥なんだ。太さ3ミリで作れて防具作りの親方様よ。それをよぉ、当たり前のようにやりやがってよぉ!」

「クソガキが!」

「ちくしょう……!」

「……なんかごめん?」

「悪くねぇのに謝ってんじゃねぇぞ! おぉ!?」


 気の良いおじさんたちだった冶金学部の人たちが、なんか凄いめんどくさい感じになってしまった。


 前々から変わり者が多いとは思ってたけど、ぼくが錬金術を見せると何故か途端にめんどくさくなる。


「アリスをいじめないで!」

「いじめてねぇよ!」

「いじめられてんのは俺たちだ!」

「馬鹿にしやがって!」


 スフィがぐるぐると喉を鳴らしながら、車椅子に座るぼくの前で両手を広げて立ちふさがった。


 ……子供相手に暴力振るう人たちじゃないと思うけど、怖いからあんまり刺激しないで。


「畜生……やってらんねぇ! 今日は終わりだ!」

「酒もってこい酒!」


 最初はニコニコと出迎えてくれたおじさんたちがやさぐれた様子で酒盛りをはじめてしまった。真っ昼間から。


「……あの、それ売れると」

「これ1枚で32000グレドだ、よく見やがれクソガキがぁ!」


 酒瓶片手の錬金術師にぽいっと投げられた一枚の……分厚い布をスフィとノーチェが受け止めた。


「ふにゃっ!?」

「重っ!」

「強度はありそう」


 大きさ的には1辺2メートルくらいの正方形。鉄を編んだ布……だけど、確かに糸の1本1本がかなり分厚い。


「32000ぐれどっていくらにゃ?」

「えとね、銀貨32まい」

「高っ!」


 防具としてはこっちのほうが頑丈だろうけど、スフィたちには到底扱えないな。


「確かに強度は落ちるだろうが、細い金属糸の使い道なんざいくらでもあらぁ」

「売りに出せば欲深い商人どもが即座に出処を探しにくるだろうよ、けっ」


 ……ぎゃ、逆に売れねぇ。


「じゃあもっと手を抜くとかどうにゃ?」

「……素材を落とすならまだしも、さすがにぼくにもプライドが」

「猫の嬢ちゃんよぉ……」

「そりゃねぇぜ、狼の嬢ちゃんが可哀想だろうがよぉ」

「おっちゃんたちは何にゃんだ!」


 ぼくもおじさんたちの立ち位置がよくわからなくなってきた。


「……まぁ、なんか……作ったら、もってきやがれ。儂らが見て……売って大丈夫か見てやる。何なら隠れ蓑にもなってやらぁ」

「……ありがとう」


 最終的に物凄く葛藤を抱えた様子の冶金学部の長の山人にそう言われて、ぼくたちは騎士たちに護衛されて再び治療院に戻ることになったのだった。



「あのおっちゃんたち、いつもあんなめんどくさいにゃ?」

「ふつーの気の良いおじさんたちだったんだけど……」


 缶の相談をした時も、快く相談に乗ってあれこれ案を出してくれた。大量に作るならもっと安く作る方法を考えるとも言ってくれたりと協力的だった。


 フォーリンゲンでもそうだったけど、ぼくが鉄を加工したりしてるのを見た冶金学部の人は何故か途端にめんどくさくなるのだ。


「きっとアリスがすごいからだよ」

「まぁ、なんかの尻尾を踏んだのはわかるにゃ」

「こんな昼間からお酒飲んで大丈夫なのかな……?」


 あーだこーだ喋りながらスフィに車椅子を押してもらって通りを進む。


「あぁ! 騎士の兄ちゃんたち、大変だぁ!」


 不意に通りの向こうから、妙に慌てた様子の男の子が走ってくるのが見えた。日焼けした薄着の男の子だ。


「あれ、漁師のおっちゃんの息子にゃ」

「えろがっぱくんだ」

「え、河童ってこっちにも居るの?」

「アリスちゃん、気にするところそこなの?」


 どうやらノーチェたちがお世話になってる漁師たちの誰かの息子さんらしい。


 それより河童ってこっちにも居るの? 日本語に置き換えられる単語じゃなくてハッキリ「エロガッパ」って発音してたんだけど。


 まぁ居ても不思議じゃない……のか? それとも言葉だけ伝わった?


 謎だ。


「何があった?」

「さっき港に難破船がたどりついて! 怪我人いるみたいで沖合からサメが何匹も集まってて!」

「なんだって!?」

「サメ!?」


 河童の正体を考えていたら、驚愕の一言が思考を遮った。


「アリス、どうしたの?」

「さ、サメ、いるの?」

「どうしたにゃ、急に震えて」


 やばい、サメが……しかも複数居るなんて。


「え、あぁ。普段は港の近くまで来ることはないんだけど、血の匂いを辿ってきたのかもしれないね。危ないから暫く海には近づかないほうがいい」

「……だ、だいじょうぶなの?」

「うん? あぁ、こういう事はたまにあるからね。騎士も漁師も慣れてるから心配いらないよ」


 心配いらないって。あんな化け物ほんとに対処できるのだろうか。


「アリス、サメってなあに?」

「ばけもの」

「にゃ!?」


 地球における水辺の恐怖の代名詞、無限に進化し続ける海辺の暴君にして不死身の怪物。


 まだ外に出してもらっていた頃、調査任務の途中で遭遇したことがある。


 近辺で起きていた連続失踪事件は川の増水によって海から逆流してきたサメによるもので、銃撃の雨あられで一度はすぐに仕留めた。


 だけど翌日に何故か頭部がふたつになって復活していて、部隊を上げての討伐作戦に切り替わった。


 飛び上がったサメによってぼくを回収に来たヘリが撃墜されたり、戦闘の最中に頭みっつに進化したり……。


 最後の戦いでは応援にきたパンドラ機関のサメ専門チームの研究家がチェーンソーで頭をひとつ切り落とした。


 だけど残った頭に腕を噛まれてしまって、咄嗟に鼻っ柱を殴って怯んだところにたいちょーが手榴弾を口の中に投げ込み、大爆発。


 そこまでやってようやく討伐できたのだ。しかも他にも恐ろしい力を持ったサメはたくさんいるという。


 サメが複数なんて、洒落にならないのでは。


「ダメージを負うと頭が増えたり、パワーあっぷするばけもの」

「そんなのがいるにゃ……!?」

「え、え、そんな怖いのがいるの!?」


 ノーチェとフィリアが震えて、スフィが息を飲むのがわかる。


「……え、いやサメっていうのは大きな魚で、確かに肉食で凶暴なのもいるけど、そんな恐ろしい化け物じゃないよ?」


 震えていると、背後からなんだか困惑した様子の騎士のひとりが話しかけてきた。応援を呼びにいった騎士はひとりだけで、残っている数人のひとりだった。


「死んだらゴースト化したり、機械……ゴーレムになって復活したりもしないの?」

「うん、いやそんな恐ろしい怪物だったらもっと騒ぎになってるよ」

「……あ、そっか」


 ぼくとしたことが、河童の発音を聞いてうっかり頭から抜け落ちてた。


 そりゃそうだ、ここは地球じゃない。異世界のサメが地球と同じものとは限らない。


「ごめん、ぼくの知ってるサメじゃなかった」

「もう、アリス! びっくりした!」

「あんまびびらせんにゃ、そういうの一番くわしいのお前にゃんだから!」

「そうだよ」


 うっかり怖がらせてしまった。


 こっちのサメはどうやら普通の大型魚類のようだった。


 妙な所で地球の文化が混じってるけどさすがは異世界、地球とは全然違うんだなぁ。

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