迅雷の加護

「いくにゃ! おらぁ!」

「あ」


 止める間もなくバチバチとスパークする翠の光をまとったノーチェの右脚が振り抜かれ、砂の塊がひしゃげる。


「いったぁぁぁ!」


 そして右脚を抑えて砂の上を転がりまわる。


「っ! 硬すぎにゃ!!」

「砂だからね」


 このあたりの珪砂で作ったから土の的より遥かに硬い。まさか素手でいくとは思わないじゃん。


 折れた音はしなかったから大丈夫だろうけど。


「そういえば剣は?」

「にゃ……実はあのおっちゃんと戦った時になくしちゃったにゃ……ごめんにゃ」

「ノーチェが無事ならそれでいい」


 物に対する思い入れは否定しないけど、武器なんて所詮は消耗品だ。武器だけ無事でノーチェが怪我するようならそもそも作った意味がない。


「でもそっか、新しいの作らないとね」

「探しに行きたいけど、ダメって言われたにゃ」


 そういえば船で会ったときには……持ってなかったかな。ってことは街かそのあたりでなくしたんだろうか。


 戦闘があったってことは人の往来の少ない場所だろうし、だとすれば騎士が許可を出すわけない。


「次はもっと大事にするにゃ」

「いいよ」


 なんだか申し訳無さそうな顔をしてるけど、製作者としては仲間の安全と引き換えになるならそれで十分。


「じゃああとで作……」

「よくなったらね?」

「はい」


 次の武器を作る準備をしようと考えていたら即座にスフィに阻止された。


 もう熱下がってきてるし、少しくらいは大丈夫だってば。


「その名も迅雷の加護にゃ!」

「その名前どこからきたの?」

「にゃんか頭に浮かんだ」


 どうやら加護の方が自分の名前を主張するようだ。与えられた物なのか生まれ持った物なのかはわからないけど、不気味なような便利なような。


「魔力をかみなりに出来るらしいにゃ」

「へー」


 指先にスパークする小さな雷球を作り出す。詠唱無しでこれが出来るのは、確かに凄い。


 魔術が世界を構築するシステムに特定の現象を呼び起こす為のコードなら、こっちはショートカット機能みたいな感じだろうか。


 どちらも必要なエネルギーは魔力マナみたいだし、アクセス手段が違うだけで現象としては同一の気もする。


「むー、ノーチェまたつよくなった?」

「にゃはは、次からは連戦連勝だにゃ」


 ノーチェのパワーアップにスフィがむくれている。スフィは魔力制御を覚えればぜんぜん違ってくるだろうけど、こればっかりは一朝一夕じゃうまくいかないから仕方ない。


「…………」

「フィリア?」


 砂の上でじゃれ合っているふたりを見て、なんだか悩んでいるような表情をしているフィリアが気になった。


「……あ、どうしたのアリスちゃん、疲れちゃった?」

「ううん」


 一瞬遅れて反応したフィリアが慌てて側にきた。


 今は触れてほしくない感じかな。


「どっちにせよ、しばらくは武器新しく作るの無理そう」

「……? え?」


 あえて話題を逸らすと、不思議そうに首を傾げられた。


「ふん、なんじゃおぬしら鍛えておるのか、ならわしが少し遊んでやるのじゃ」

「お、やるつもりにゃ?」

「負けないもん!」


 視線でふたりの訓練に交じろうとしているシャオを示すと、それで理解してくれたようだ。


「……あのお部屋、ここじゃ使えないもんね」

「うん」


 他者の目に触れやすい病室で扉を出すわけにもいかないし、隠れてやろうにもシャオがずっとついてくる。ぼくはこんな状態だし、なかなか隙がない。


 ポケットの中には適当に放り込んだまま忘れ去られている品物ばかり、貴重な素材は全部404アパートの中に置いてある。


 少し思いついたこともあったんだけど、暫くはできそうもないなぁ。


「姉様直伝、水狐流薙刀術の餌食にしてくれるのじゃ!」


 中庭の片隅の箱には騎士たちが置きっぱなしにしている訓練用の木製武器がある。


 その中から長柄の刀みたいなのを取り出したシャオが、切っ先をふたりに突きつけた。



「やっ! それバチバチする!」

「ぜぇ、にゃははは! ぜぇ、観念するにゃ!」

「………………ひっぐ、うぇぇ」


 フィリアに入れてもらった白湯を片手に3人の訓練を眺める。


 威勢の良かったシャオはスフィに圧倒され、続いて挑んだノーチェにも秒殺された。


 見た感じ型らしきものもしっかり様になっていたし、演舞のように武器を振るう表情は真剣で鋭いもの。真面目に訓練してたんだろうなってことがわかる動きというやつだ。


 残酷なのは才能の差。


 スタミナおばけスフィの体力配分を一切考えない猛攻に押し切られ、そんなスフィと渡り合えるノーチェには全く通用していなかった。


「年下に負けたのじゃ……ぐすっ」


 そりゃ8歳であれだけ動けたら同年代以下に負けたことなんてないだろうけど、残念ながらふたりはもう大人相手に張り合える。


 ノーチェに至っては誘拐される前と見違えるくらい動きが鋭くなっていた。


 なにせいつもは攻めること火の如しなスフィが体力切れを狙って引き回しているくらいだから。


「わかる……」


 隣ではフィリアがシャオの言葉にしきりに頷いていた。


 そんなイメージあまりないんだけど、フィリアも獣人の性というやつか強さにこだわりを見せることがある。


 ぼくに出来るのは装備を整えることくらいだし、出来る範囲で考えていこう。


「フシャー!」

「がウゥゥぅ!」


 長く続いた追いかけっこは、雷を纏って加速したノーチェがスフィに追いついたことで決着がついた。


 咄嗟に反撃しようとしたようだけど、ノーチェのほうが一瞬速い。地面に転がされたスフィが悔しそうに唸りながら立ち上がった。


「勝ったにゃ!」

「うぅー! 負けちゃったー!」


 ノーチェの勝利宣言を受けて、砂を振り落としながら近づいてきて膝にすがりつくスフィ。


 頭を撫でながら砂を落とす。


 怪我はない、ふたりとも素手だから当たり前だ。


 逆に言えばシャオは武器使ってなお素手のふたりに負けたってことになるけど。


「ぐすっ……ぐすっ……」


 ……強くなったなぁ、ふたりとも。


「風が出てきたから、病室に戻りなさーい!」

「はーい」

「おーう……いつまで寝てるにゃ、戻るにゃ」

「ぐすん……」


 治療院の廊下の採光窓から、治療師の声が聞こえた。


 空を見上げると遠くから雲が近づいてくるのが見える。


「雨の匂いだ」


 少し強くなってきた風に、スフィが顔を上げた。


 遠目に見える雲は黒ずんでいる。


 ……なんだか嵐になりそうだった。



「おめぇら災難だったな」

「ほんとにゃ!」

「ガキを狙うなんざ許せねぇ話だ」


 午後には網焼き屋のおじさんとノーチェたちの普段の依頼人である漁師さんがお見舞いに来てくれた。


 どうやら錬金術師ギルドがしっかりと事情を吹聴しているみたいで、街ではカラノール商会が獣人誘拐組織と繋がっていたともっぱらの噂になっているそうだ。


 あちらは火消しに回っているようで、「あのカラノール商会がそんな事する筈がない」という勢力と「今代の商会長ならあり得る」という意見で見事に二分されているとか。


 時流を読んだ教会側はあっさりと擁護を引っ込め、カラノール側が「あれだけ献金させておいて!」と口を滑らせたことで結構泥沼らしい。


「っと……そろそろ雨が来そうだな。明日から暫くは嵐で漁に出れねぇから仕事は心配すんな、また頼むぜ」

「落ち着いたらまた食いに来い、うめぇ魚食わしてやる」

「おう! 頼むにゃおっちゃん」


 しばらく話していたおじさんたちが窓の外が暗くなっているのを見て、足早に帰って行った。


「アリス、窓閉じるね」

「うん」


 ここまで近づくとぼくでもハッキリ雨の匂いがわかる。スフィが風の吹き込む木の窓を閉じた。


 風でカタカタと鳴る窓から視線を外して、おじさんたちが持ってきてくれたお見舞いの魚介類を覗き込むノーチェ、フィリア、シャオの3人を見る。


「シャオは戻らなくていいの?」

「おぬしらがどうしてもと言うなら、残ってやってもよいのじゃぞ?」

「いらない!」

「とっとと帰るにゃ、しっしっ」

「ふたりともダメだよ、可哀想でしょ?」

「誰が可哀想じゃ! 年上じゃからって失礼じゃぞ兎め!」

「えぇ!?」


 一緒に居たいなら素直に言えばいいのに。


 どうやって食べるか相談したノーチェたちが調理担当の人に魚介類を渡して戻ってきた頃。


 本格的に雨風が強まって窓を叩きはじめた。


 時折ゴロゴロと雷が鳴り、そのたびに全員がビクりと肩を竦める。


「凄い雷、ノーチェが呼んだ?」

「言いがかりにゃ!」


 自分のベッドの上でシーツを被っているノーチェをからかっていると、意を決した様子のスフィがぼくの腕をぎゅっと掴んだ。


「だだ大丈夫、おねえちゃんが守ってあげるから、いっしょに寝ようね!」

「…………うん、ありがとう、おねえちゃん」

「なんじゃ、雷怖いのか! ならわしも一緒に寝てやるのじゃ!」

「にゃんだアリス、怖いならちゃんと言うにゃ!」

「え? え!? じゃ、じゃあ私も……」


 ……どうやら素直に言えないのはひとりだけじゃなかったみたいだ。

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