愛し子

 狐人の女の子、改め『シャオリン』は堂々とぼくたちの病室に入り浸るようになった。


 話を聞く限りかなり高貴な出っぽいんだけど、保護者とかはいいのかと思っていたら。


「家族とかはいいの?」

「……大人しくしておるなら、わしのことなどだれも気にせん」


 そんな闇を覗かせたので、ひとまず突っ込まないことにした。


 最初に会った時は奇妙な子だと思ったけど、様子を見ているとただ距離感がわからないだけみたいだった。


 なんだかちょっと親近感を覚える。


「悪漢どもからたすけてもらった恩もあるのじゃ、わしをシャオと呼ぶがよいぞ!」

「あーはいはい、わかったにゃ」

「次スフィのばん!」

「じゃからわしも混ぜるのじゃ!」


 今は暇を持て余したノーチェたちがすごろくみたいなゲームをやるのに混じろうとしている。


 最初の出会い方が悪くてノーチェとは未だにぶつかりあっているけど、険悪と言うほどじゃない。元々悪態をつきながらも面倒見の良いノーチェだから、邪険にしているようで排除までしない絶妙なラインを構築している。


 これがフィリアみたいに押しの弱い子だったら離れていくだろうけど、見てわかる通りあの子はゴリゴリに我の強いタイプだから逆に丁度いいみたいだ。


「そういや、お前も精霊術使えるんだよにゃ?」

「ぬ? うむ、わしは愛し子じゃからな、凄いんじゃぞ」


 サイコロを片手に雑談に興じるノーチェ達に聞き耳を立てる。


「いとしごって何だにゃ?」

「なんじゃ、知らんのか。精霊に好かれあいされるものの事じゃ、めったにおらぬのじゃ」


 そこで何故かシャオ以外の視線がぼくに集中した。


「チュピ?」


 頭の上に乗って保冷剤代わりになってくれているシラタマが首をかしげる気配がする。


「そういえば、そっちのちびっこいのも愛し子じゃろう。わしも自分いがいの愛し子は見るのははじめてなのじゃ」

「エニグラスフの長さ比べにゃ」

「ノーチェちゃん、エヌフラスクの丈比べだよ」


 エヌフラスクは小さく丸い木の実で、意味合い的にはどんぐりの背比べでいい。


 それよりも気になるのは愛し子って意味合いの単語。前世でも今生でもそんな事を言われた記憶がある、どちらもとびきり厄介な敵に。


「シラタマ、ぼくってその愛し子ってやつなの?」

「チュリリ」


 ……ちがうって即答されたんだけど。


「ちがうって言われた」

「む、そんな馬鹿な、シャルラートがわし以外に懐くのなどはじめて見たのじゃぞ、しばしまて!」


 ばさっと衣装を翻したシャオが指先で印を組んで詠唱をはじめる。


「汝の名は麗しきせせらぎ、癒やし慰めるもの、霊水の管理者、我らが縁と結びし約定に従い、我が元へきたれ盟友! 『シャルラート』!」


 彼女の目の前、なにもない空中に水が出現して魚の形を取る。それがくるりとまわってシャオの頬に身を擦りよせたあと、一直線にぼくの方にきた。


 そして空中で急に凍りついたかと思えば、床に落ちて砕けた。


「しゃ、シャルラートぉ!?」

「ヂュリリ!」

「ええ……」


 破片はすぐに解けて水に戻ったあと、再び集まって魚の形を作った。そして背びれに棘を作って威嚇するようにシラタマに向かい、体を揺らし始める。


「び、びっくりしたのじゃ!」

「シラタマ、めっ」

「ヂュリリリ!」


 一応諌めるけど、「これに関しては引けない」と拒絶されてしまった。


 属性的には火と水だから相性悪いのかな……。


「とりあえず戻るのじゃシャルラート……愛し子じゃからってそっちにいかれると寂しいのじゃ」

「…………?」


 声をかけられた水の魚が振り向き、こぽりと泡を浮かばせて首をかしげる動作をした。


 この反応が示す意味合いは流石にぼくでもわかる。


「ぬ? 違う? どういうことじゃ?」


 シャオもまた相棒の反応に困惑していた。よくわからないけど、人間たちが『愛し子』と呼ぶ存在にも彼等なりの基準があるらしい。


 精霊との意思疎通って、抽象的でわかりにくいんだよね。


「愛し子は……あっち?」

「んゅ?」


 シャオの視線がスフィへ向いた。釣られて集まる注目にスフィが首を傾げる。


「そうなの?」

「チュピ」


 シラタマに肯定された。その割には精霊に好かれてる様子は……。


 あ。


「そっか」


 言われてみれば、重度の人間嫌いのシラタマがスフィには最初から割と好意的だった気がする。


 双子の姉妹だからかと思っていたけど、スフィにも精霊に好かれる素地はあったわけだ。


 それにしても日に日に盛られていくな……我が姉ながら末恐ろしい。


「結局よくわからんにゃ」

ねね様によると"精霊に好かれやすい体質"ってことだそうじゃ……じゃあなんでその子は好かれてるんじゃ?」

「さぁ?」


 自分でもよくわからない。これは前世からずっと引き継いでる気がする。


 事情を知ってて人間と問題なく"会話"できるのに聞いても大体はぐらかされるんだよね。


 フォーリンゲンで会ったハリガネマンも、前世でそれ関連の質問しても絶対に答えなかったし。パンドラ機関の科学者も調べようとしてたけど、結局わからなかった。


 真実がわかったとか言ってた博士も居たけど、その日の夜に自分から頭を完全に破壊する形で……。それもあって正直怖い。


「シラタマ、ぼくってなんでこんなにアンノ……精霊になつかれるの?」

「チピィ」


 わからないならそのほうがいい、だそうだ。


「シャルラート、どういうことなのじゃ?」

「…………」

「どうしたにゃ?」

「ニンゲンにはかかわりのないことじゃ……って言っておるのじゃ」


 シャオは精霊術の素質があるからか、ぼくよりも明確に精霊の言っていることがわかるらしい。こっちは凄く抽象的なニュアンスをなんとか汲みあげて言語化してようやく理解できるのに……。


 結局わかったのは、ぼくが精霊に懐かれる理由が『精霊に好かれる体質の愛し子だから』ではないということだけだった。


 謎は深まるばっかりだ。


 そろそろと近づいてきていたシャルラートが再び凍って、床に落ちて砕けた。



「よーし、覚醒したあたしの力を見せてやるにゃ」


 中庭でビシリとポーズを決めたノーチェが気合を込めると同時に、両手が翠緑の光に包まれる。光は雷がスパークするようにパチパチと音を立てていた。


「あのときの雷の音、ノーチェだったんだ」

「ノーチェ、バチバチしてる!」

「ノーチェちゃんすごい」

「ふん、まぁまぁじゃな!」


 シャドーボクシングのようにパンチを繰り出しながらこっちを見た。


「アリ……なんでもにゃい、なんか的にゃいかな」

「なんで途中で止めたの」


 普通に的出してって言えばいいのにと思いながら、錬成で砂を盛り上げて固めて簡単な的を作る。


「いやー、だってにゃあ……」


 ノーチェが光をまとった手で軽く的を小突くと、バチバチと雷の弾けるような音がした。見た目通り電気の特性があるみたいだ。


「その格好だと働かせづらいにゃ」

「ん……?」


 自分の足元を見た。ぼくは今『調子が良くて散歩に行きたい時はこれを使って』と、いつのまにか設置されていた車椅子に乗っている。


 昼過ぎには熱も下がって少し高い程度になって、スフィが車椅子を押してみんなと中庭に来ている状態だ。


「別に身体を動かすわけじゃないし」

「でもにゃ、にゃんだかそれに乗ってると"すっごく病人"ってかんじが」


 それはわからなくもないけど。


「見た目だけ」

「アリスは"じゅうしょう"だって治療師さんも言ってたよ?」

「…………」


 見た目だけだと否定したのに、スフィにカットされてしまった。


「これは治癒の精霊術のつかいてとして言うのじゃが。なんでふつーに動けるのか不思議じゃぞ、今のおぬし」


 正直自分でも重症じゃないアピールは無理があるなって思ってきてるから、やめてほしいな。

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