騒動の顛末
入院生活も早一週間。
暇を持て余して集中していたら、ドリンクのレシピは割とすぐに完成した。
久しぶりに甘いリンゴを食べたスフィの強い推しを跳ね除けて、ここ近辺で手に入りやすいパッションフルーツをメインに据えた。
ノーチェやフィリアの評判も良い。炭酸を封入した本番品も不思議そうにしていたけど、慣れてきたら美味しいと感じてくれたみたいだった。
マリナ錬師も美味しいと言ってくれたけど、ただ香りは獣人が平気なように抑えたから普人には薄いかもしれない。
そして昨日、マリナ錬師を通じて『エナジーポーション』として販売許可の申請を出した。
出したんだけど……。
「これが仮の許可証だ」
「はやすぎない?」
今日バザール錬師が許可証を持ってやってきた。
新製品と言っても成分的には効能がハッキリしてる薬草を入れたジュース。たしかに判断基準は緩いだろうと考えていたけど、それでもシーラングへ出航するまでに間に合うかはわからないと思っていたのに。
「話しておきたいこともあったのでな。レポートに不足はなく、効用の検証と実証も十分だ。新薬というわけでもないしな」
「レポートはマリナ錬師ががんばってくれたから。新薬は時間かかるし」
レポートとかはマリナ錬師がやってくれた。報酬が2年間権利販売の利益の2割なのもあって積極的だ。
「飲用の疲労回復ポーション、中々いい着眼点だ」
「薬用酒とか、一般的じゃないから」
薬草を溶かし込んだ薬用酒みたいなのはゼルギア大陸にもある。主に滋養強壮とかで、ぼくも一時期飲んでいた。
ただそういった類いのものは分類としては薬扱いで、嗜好品ではないのだ。
「薬学部の連中が金の匂いを嗅ぎつけて早速作ろうとしているよ」
錬金術のおかげで缶詰技術はあるんだけど、保存と輸送に主眼を置いた軍用品や備蓄。基本的には高価なものなので、缶ジュースなんて存在していない。
隙間を狙えば売れるものが作れるんじゃないかと思ったんだけど、目端の利く錬金術師が早速目を付けたようだった。
「差し止めているが、落ち着いたら街の冒険者や船客相手に露店でも開いてみるといい」
要するに安全性の検証はパスしたから実験台にしてこいってことだ。意図的に研究の進んでる素材で、かつ普通に食用として使われているものを選んだのもあって話が早いこと早いこと。
「……そういえば、海賊騒ぎはどうなってるの?」
とはいえ、あまり長居するつもりもないんだけど。
「その方は些か厄介なことになっていてな」
「厄介って?」
「あのコーティング船が沈んだそうでな」
「……は?」
予想外の言葉が出てきて、頭の中を疑問符が埋め尽くす。
「下手な軍艦よりも頑丈だと思ったのだが、よほど雑な舵取りでもしたのか岩礁に底を思い切りぶつけたようで海の藻屑だそうだ」
「……それで、なんで厄介なことに?」
「奴等をひとりも捕まえられなかったことが失敗だった。奴等の首魁であるウィゲルという剣士がカラノール商会に『錬金術師ギルドが冤罪を着せて船を破壊した』と泣きついたようだ」
「豪胆」
証人はぼくも含めてかなりの数が居る。更に突入した部隊の人たちは子供が囚えられていたのを確認している。
「カラノールは老舗だが、今の商会長は少々問題があってな」
「繋がりを露見させてでもいけると判断した?」
「被害者が獣人だけであったことに活路を見出したようでな、光神教会の教区長を抱き込んだ」
「西に商機でもみたのかな」
「だろうな。君は知らないだろうが、初代から先代までのカラノール商会は堅実、善性という言葉を体現するような商売を是としていてな。かつて疫病が流行った時には率先して蓄えを全て放出し、薬と物資をかき集めて無償で住民に配ったこともある」
「それはまた……」
話だけは聞いていたけど、随分と地元に密着する商売をやっていたみたいだ。
「それ故に住民からの信頼が厚いが、代わりに商売の規模としては小規模なものになりがちだった。当代の商会長は商売規模の拡大に腐心する一方でかなりあくどい商売をしていたようでな、住民からの信頼も落ち始めている」
「どっちがいいんだか」
「まぁ、地元住民からの評判が落ちているのは事件以降に最近調べて知ったのだがな」
肩をすくめるバザール錬師が、ベッド脇の鍵付き棚に許可証をしまった。
「そういえば君の仲間は?」
「ノーチェの快気祝いに買い出しに、騎士さん付き」
「君の快気は……愚問だったな。少し外を歩こうか」
「わかった」
少し待てと言ったバザール練師が一度部屋を出て、治療院の備品らしい車椅子をもってきた。地球で見る車椅子とは違うけど、こっちでも普通に活用されている。
「……手助けは必要かな?」
「うん」
抱き上げて座席に乗せて貰い、膝の上にベッドの手すりにかけられていた掛け布が置かれた。
流石に座り心地は良くないな。
「これじゃぼく、重病人みたい」
「そう聞いていたが?」
「…………」
怪訝そうな声のバザール錬師を振り向かないように努めているうちに、バザール錬師は車椅子を押して庭に出た。
拐われて寝てただけなんだけどな……。
■
「話の続きだが、ゼノバは西の海岸にある小国でな。大した産業もなく武力も持たない、しかしバティカル教国に全面服従することで庇護を受けてきた。歴史はそれなりに長い国だ」
今日は風も日差しも穏やかで、絶好の散歩日和だ。自分の足で歩けたら最高なんだけど。
「数年前からバティカルは何故か積極的に獣人を集めだした。年齢性別を問わないが、どうやら女児ほど高く売れるようだ」
「……いやなはなし」
「あぁ、まったくだ。あれほどのコーティング船、ゼノバのような小国にとっては爪に火をともす思いで建造したと予想できる。乗っていた使い手も腕利き揃いだった……恐らく取り返しに来る獣人を想定したのだろう」
ぼくは未だ大人の獣人の強さを知らない。でも治療院に怒りのまま怒鳴り込んできた獣人の保護者の相手をした騎士の様子を見る限り、少なくとも騎士たちよりは平均して強いんじゃないかと思う。
「やつらはまだ諦めていない、起死回生を狙っている。ひとりでも多くの獣人を連れて帰らなければ、あの剣士の命はないだろうからな」
「……だったら、さっさと街をでたいんだけど」
「裁判のためには、証人である君たちの所在を明らかにしていなければならない」
「勝ち目は?」
「ある。先程も言ったが、そもそも奴等の主張が無理筋だ。突入した部隊は騎士爵が率いていて、代官から直に命じられたものだ。勝利は揺るがない」
あの曲刀の剣士は貴重で高額な船を失って、海賊兼工作員として潜り込んだ土地で裁かれそうになっている。
どう考えても大失態の彼が取る行動は……。
「時間稼ぎ」
「その通りだ」
カラノール商会は男が処刑されれば道連れ。だから動かざるをえなくなった。
仲間の船が無事なら、狙うのは獣人の子供を出来るだけかき集めてさっさと脱出か。
「海賊の被害はなくなり、船の往来は再開しているが……もう暫く我慢して欲しい」
「……仕方ない」
どっちにせよ身体がある程度治るまでは旅の再開は難しいし、良い療養期間だと思うことにしよう。
この際だから趣味の物作りにかこつけて商売を考えて見てもいいかもしれない。
「あぁ、君たちの入院費と当面の生活費は我々と騎士団が折半して持つことになった。費用面では心配いらない」
「……ようやく朗報が聞けた気がする」
「はは、明るい話で終えられて何よりだ」
いくら教会の威光を背に受けているとは言え、無理筋な主張はいつまでも続けられない。
目的を果たすために必ず行動を起こすから、そこを狙って今度こそ現行犯という目論見みたいだ。
とりあえずここから先は騎士の仕事だ。
もう暫くは、のんびりとパナディア港に留まることにしよう。
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