ふあふあの錬金術師3
「あのおっさん……!」
闖入者の登場に小声でシラタマに準備を頼んでいると、扉をぶち破った男を知っているのかノーチェが声を上げた。
着流しの男は聞こえていたのかいないのか、奇妙な構えを取って突き出した拳をぼくへと向けた。武道っぽいけど利き手らしきものを相手に向かって突き出す構えなんてめったに見ない、まるで銃を構えているみたいだ。
バリケードごとぶっ飛ばしたことからかなりの実力者。気配の質はハリード練師に近い。
……あの拳の射線に居たくないな。
「……ぼく、このなかで一番弱いんだけど?」
なんで真っ先にぼくを狙うのか聞きながら、左右どちらにも動けるように足の位置を調整する。
「でもなぁ、船の壁をぶち抜いたのお前さんだろ?」
「どうして?」
みんなあっさり騙されているかと思えば、後から来た着流しの男は気付いているみたいだった。
「聞いた限り、それが出来るならそっちの錬金術師のお歴々がもっと早くやってるだろうからな」
「なるほど」
理由を問いかければ、至極もっともな答えが返ってくる。冷静で理性的、ぼくみたいな子供相手に油断もない。
強い上にバカでもない、やり辛い。
「あのおっちゃんが手を動かしたら、いきなり地面が弾けたにゃ」
「……避けれたの?」
「ヤな感じがして咄嗟に離れたにゃ、でも……」
男の技を知っているらしいノーチェがぼくにだけ聞こえるような声色で囁く。
あの構えからの不可視の攻撃。パンチを打ったらじゃなくて手を動かしたらってことは、少なくともノーチェの視認出来る範囲で大きなアクションを取ってない。
避けれるってことは瞬間的な着弾じゃないな。
「悪いな猫の嬢ちゃん、ここからは酒抜きだ。そっちの狼の嬢ちゃんも大人しくしてもらうぜ」
「くそっ、手の空いている者は誰かおらんのか!」
「アリス練師! すぐにそこを離れなさい!」
図らずも飛び散ったバリケードでぼくたちと分断される形になった大人たちは、部屋になだれ込もうとする賊を抑えるので手一杯というかんじだ。
咄嗟にぼくをかばって前に出ようとするスフィを、手に力を込めて制する。
「『
次の瞬間、男の縦に構えられていた右手首から先が半回転した。殆ど反射的に半身になって回避する。目の前を風か衝撃の塊のようなものが通過する音がして、背後の壁から叩かれたような音がして埃が舞う。
……なるほど。
「おいおい、どうなってんだよ最近のガキは!」
近くにあるベッドのシーツを引き剥がして、飛んでくる衝撃の塊に向かってはためかせる。
威力そのものについては単純に加減をしているんだろうけど、問題はあいつの
ざっくり言ってしまえば身体の動きの補強で、技の拡張。あんな手の動きだけで発動させる術式じゃ、元から大した威力なんて出せない。
ましてや手加減している今ならこんなシーツで受け流せてしまう。
布で絡め取るようにして、衝撃を横へ逃がす。ぼくたちの横を通り抜けた衝撃が背後の壁にぶつかって乾いた音を立てている。
問題ない、軌道そらしも防御も出来る。
「知って……るわきゃねぇか。人様の流派の守りの奥義に軽々しく辿り着かないでくれよ」
「ふぅ、ふぅ……こういうの、得意だから」
「これでも
「ご愁傷、ぜぇ、さま」
男の空拳って技を防げはする、防げはするけどシーツを振り回すぼくの体力が持たない。
何より、独学じゃなく流派っていうのならこれはただの牽制だ。
「ちっと派手に行くぜ」
「アリス!」
「うごかない、で。げほっ」
結構難しいから、スフィやノーチェじゃ無理だ。もっと広い場所ならともかく、こんな狭いエリアで素早く連射の利く遠距離攻撃に対処なんて出来ない。
すぐに作れる薄い壁なら、ぶち破れる手段を持っているだろう。錬金術でやつを封じるなら、ここぞという時だ。
「『
構えが変わる、引き絞られた左腕が放たれる。咄嗟にシーツを広げるように投げてみんなの裾を掴んでしゃがみこんだ。
「きゃっ!?」
「ひゃあ!」
先程よりずっと重い音がしてシーツが千切れかける。急な動作でブラックアウトしかけた意識を気合で強制的に留めて、壁を作る。
「う、ぐるる……『
イメージは円錐、傘、受けた衝撃を周囲に逃す形状。
「『
轟音を立てて、作り上げた壁がカモフラージュのシーツもろとも砕け散る。巻き起こる風にみんな髪の毛を押さえて悲鳴をあげたけど、攻撃そのものは凌いだ。
「…………なんで3撃目があると分かった?」
「かまえから、ぜぇ、すれば、げほっ、組み立て、前提」
牽制で動きを制限し、2撃目で崩し、3撃目で砕く。格ゲーとかでもセオリーになるような戦いの基本だ。
利き手を牽制として前にもっていくなら、腰だめの左が崩し用。左を打った勢いで戻した右手でフィニッシュ……読みやすかった。
「大人気ないとか言うなよ、こっちも傭兵稼業なんでね」
「ぜぇ、ぜぇ、いわ、ない」
「アリス! アリス!」
必死に腕を掴んで引き留めようとするスフィを、逆に支えにしながら立ち上がる。
目眩が酷くて視界がぐにゃぐにゃとうごめいた。熱さを通り越して、全身に寒気が走る。
急な動きと戦闘に体調が酷く悪化している。それでも、ここで倒れるわけにはいかない。せめて逃げ道を作ってから。
「……ぐっ」
立ち上がろうとして手が滑った、地面にぶつかる寸前でスフィに支えられる。目を閉じるだけで意識が飛ぶ、脚に力が入らない。
「アリス、大丈夫にゃ!?」
「アリスちゃん!」
「さがって、て」
遠くで獣人の女の子たちの悲鳴が聞こえる。それを騎士たちと敵の叫びがかき消した。
こいつは強い、少なくともスフィたちの手に負える相手じゃない。
そんな相手をぼくが倒せると傲っているつもりもない。だけど、どうにかしなきゃ誰かが傷つく、誰かが死ぬ。
夢を見たせいで思い出してしまった二度と会えなくなった人たちの顔が、走馬灯のように脳裏をよぎる。何度も何度も繰り返して、痛みなんて感じなくなったと思ってた。
「随分と静かな気配だったが、流石にもう隠しきれてないぞ。小せえのに無理するな、命まで取るつもりはねぇ」
「譲れない、譲っちゃいけない一線ってやつ。あんたもようへいなら、わかんだろ」
スフィ、ノーチェ、フィリア。大切な家族、大切な友達。
蘇ったかつての記憶が、忘れたいとすら思っていた頃の悪夢が。いま手の中にあるものがどれだけ儚いか教えてくれた。
ぼくはもう何も諦めないって決めたんだ。
「ったく、つくづく嫌な仕事だ」
「アリス、やっぱりだめだよ、もう無理しないで」
「くそ、やっぱりあたしが」
「だめ」
焦れるスフィたちを制止する。たとえ3人がかりでもスフィたちが敵う相手じゃない。
誘拐犯にくれてやるものなんて、ここにはひとつもない。
だけど、現実として2回目は防ぎ切れない。
だからここは痛み分けにさせてもらう。
「しらたまっ!」
「キュピ!」
目の前で素早く大きいサイズになったシラタマが姿を現して翼を一振りする。
「なんだそりゃ!?」
突然周囲に出来上がっていく氷の塊に男が動揺を見せて、わずかなあいだ拳の向かう先がぶれる。
カンテラの中から事前に冷気を引き出して貰っていたのに、氷の出来上がる速度もやっぱり遅い。
「チッ!」
「シラタマ、フロストノヴァ!」
「キュピピ!」
事前に取り決めた動きにつけた名前を叫ぶ。
ぼくの錬成に合わせてシラタマが氷塊を破裂させる。鋭く尖った弾丸のようになった無数の礫が、周囲一帯に向かって凄まじい勢いで飛んでいく。
「うわぁ!?」
「なんだ!」
「ギャアア! 足がぁ!」
当然奥で戦っている騎士や敵方にも礫が襲い掛かるけど……多少のケガは許してもらいたい。
旅の途中でシラタマとぼくの連携技の訓練は3人とも見ていたので、技名を叫んだ時点でスフィたちも気付いたようだ。きっちり地面スレスレに伏せて余波を回避してくれてる。
「この程度で!」
「キュピ!」
着流しの男はステップを踏むような動きで礫を回避して迫ってくる。シラタマは氷の礫を作って投げつけるけど、それもボクシングのジャブのように素早く拳を打ち出して壊された。
もともとシラタマは戦闘が得意じゃない。あの子の武器は冷気で相手を鈍らせての圧倒的な物量による圧殺だ。
特殊な契約の影響で、今のシラタマはカンテラの中から少しずつ冷気を充填している。普通に過ごす分には問題ないけど、今までと比べればタライから小匙スプーンに変わったようなもの。
そのうえ最悪なことに現在地は熱帯。
「せやっ!」
「ギュッ!」
「シラタマちゃん!」
殴り飛ばされたシラタマが背後の家具に激突する。破片が飛び散り埃が舞い上がり、その中から氷柱が飛び出して男に迫る。
「雪の塊を殴ったような感触、獣じゃねぇな!」
「ヂュリリ!」
シラタマはほぼダメージがないみたいで果敢に飛びかかるけど、接近戦じゃ男に及ばない。
でも隙は作ってくれた。
「『
「何!?」
「『
動きは読めた。シラタマを攻撃するために踏み出す足先を脆くし、踏み抜いたところで押し固める。
それと同時に殴り飛ばされたシラタマが、男に向かって氷柱の雨を浴びせかけながら隣に墜落する。
「チピィッ!」
「しらたま、だいじょうぶ?」
「キュピ」
「本当に錬金術師かよ、とんでもねぇな!」
拳で固定された床を殴っているけど、かなりきつく固めたからか簡単には壊せないみたいだ。
「ばざーる、練師! のーちぇ」
「総員撤退する!」
「わかった、逃げるにゃ! スフィはアリスを! フィリアはそこでのびてる狐!」
シラタマの最初の攻撃と同時に背後の壁に穴を開けておいた。
幸いその方向に敵はおらず、むしろこの部屋の入口に集中している。
「アリス行くよ」
「…………」
もう返事をする余力もない。スフィに抱えられて倉庫のようになっている部屋に入る。
「くそ、待て! 『空拳』!」
「させるか! ぐうっ!」
着流しの男がぼくたちに向かって拳をひねる。まずいと思ったところに盾を構えた騎士のひとりが割って入り、部屋の向こうに吹き飛ばされた。
防御の上から大の男を……さっきと明らかに威力が違う、随分と手加減されてたみたいだ。最初に本気で打たれてたら何もできずに全滅だったかもしれない。
「子供たちの盾になれ! 落ち着いて練気を扱え、防御を固めるのだ!」
「動けるものは急げ、アリス練師のフォローをせよ!」
獣人の子供や負傷者を引き連れた騎士たちが次々と部屋に飛び込んでくる。
「逃がすか、乱げ――」
「『錬成』」
「なあっ!?」
引き絞られた左腕に床から鎖のように木材を伸ばし、腕に嵌める。
「爆……!」
「…………」
スフィに背負われながら振り返り、男に向かって手を伸ばす。
腕を伸ばしたまま、拳から先だけで動作が完結する空拳とかいう武技を封じる手はない。でも大技を使おうと腕を引いたら右手も封じてやる。
「厄介な! 『空拳』! 『空拳』!」
「ぐっ、本気で踏ん張れば耐えられるぞ!」
「堪えろ、あと少しだ! 魔術が使えるものは妨害を!」
追いかけられながらも、負傷者と子供たちの移動が終わる。続いて動ける騎士たちも続々と隣部屋に入ってくる。
「原始の力、猛る火よ。我が手に集いて敵を焼け『ファイアーボール』!」
「ちょ、まて! 木造船だぞ!?」
「コーティング船がこの程度で燃えるか!」
ひとりの錬金術師が放った火球が部屋の中に炸裂して炎を撒き散らし、押し寄せる敵方の男たちの悲鳴があがる。
「あっつ!? おいここ海の上だぞ、無茶しやがって!」
着流しの男も、流石に炎までは拳じゃどうにもならないようだ。
騎士たちが全員隣室に逃げ込んだところで、シラタマがぼくたちをチラリと見て穴の真ん前に立ちふさがる。
「キュピ!」
「シラタマちゃん!」
「シラタマ、早くこっちに来るニャ!」
「『錬成』」
破落戸のような男たちを相手に氷を撒き散らして暴れるシラタマの背中を見ながら、穴を塞ぐ。
「アリス、何してるの!? シラタマちゃんが!」
「おまえ、にゃんで!」
「…………」
完全に穴を塞いだところで元いた部屋の喧騒が遠くなった。
「どうしよう、シラタマちゃんが……」
「へいき」
数秒ほどして、肩の上で雪が渦巻いてシラタマが姿を現す。もともと本体はカンテラの中だから。
「しんがり、ありがと、だいじょうぶ?」
「チュピ」
「シラタマちゃん! よかったぁ……」
少し心配だったけど、シラタマも問題なさそうだ。
さっきのは何とか凌げたけど、負傷者も増えてきた。はやく脱出方法を見つけないと……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます