ふあふあの錬金術師2

「動ける者は負傷者に手を貸せ! 錬金術師はバリケードを!」

「この家具の彫刻、ゼノバ王国の意匠だな」

「そういえば、ゼノバ王国って?」

「大陸西方の海岸沿いの国だ、バティカルの影響が強くてな、大陸東方に私掠船を多く放っている海賊国家だ」

「検分を後にできないのかな君たちは!?」


 壁をぶち抜いて移動した先でバリケードを作りがてら、色々調べている錬金術師に質問していたら面長の騎士に怒られた。


武技アーツでぶち抜くとかって出来ないの?」

「出来なくもないだろうが、それなり以上の腕が必要だろうな。我々には難しい」

「生憎とそれが出来る騎士はここにはおらん、あの曲刀の剣士くらいであろう」

「なるほど……」


 戦闘錬金術師バトルアルケミストと言っても、ハリード練師クラスの使い手となると大きな支部にひとり居るか居ないからしい。


「お前たちには冒険者で例えるのがわかりやすかろうが、『D』ランク相応が騎士の平均、『C』なら腕を見込まれ上級騎士に、『B』なら団長クラスといったところ。あの男はCの上の方、私はCに近いDといったところだよ」

「戦闘錬金術師も似たようなものだな、あのクラスの使い手を海賊行為の尖兵として送り出すなど想定していなかった」

「へー」

「ランナル隊長! 講釈してないで手伝ってください!」


 話に混じってきた面長の騎士の説明を聞いていると、今度は面長の騎士が部下らしき騎士に怒られた。普通に話してたけど部隊長さんだったようだ。


「確実に捕らえて置きたかったのであるが……」

「子供たちの救助を優先せざるを得なかった、仕方あるまい」


 移動に使った壁の穴は塞ぎ、今は玄関の方にバリケードを作って籠城している。曲刀の男は戦闘のあった廊下に置いて来ざるを得なかった。


 金属で拘束してるけど、そのレベルなら落ち着けば外せなくもないだろう。


「トドメを刺すべきだったかもしれんな」

「素性を確かめる前に仕留めるわけにはいくまい、支部長殿とてわかっていよう」

「宜なるかな」


 捕まっていた獣人はぼくと狐人ルナールの子を含めて全部で7人、対する騎士と錬金術師は合わせて21人。仮眠室に使われているっぽいこの部屋は面積としてはそこそこ広いけど、流石にこの人数だとぎゅうぎゅうだ。


 何より辛いのが……。


「……くしゃい」

「さすがにぼくも結構つらい」


 換気の難しい船内での男所帯……しかも寝泊まりする部屋となれば仕方ないんだけど、男の匂いってやつが充満している。鼻の良さが飛び抜けてるスフィはもちろん、他の獣人もかなり辛そうだ。


 記憶が蘇ってから周囲が女の子ばっかりで気付かなかったけど、男の匂いに違和感を感じる日が来るとは思わなかった。おじいちゃんはかなり清潔にしていたし、前世で知ってる傭兵たちも嫌な匂いはしたことがない。


 たいちょーは香水使ってるのかおしゃれな感じの匂いだったし、みんな結構しっかりしてたんだなと今にして思う。


 怯えて部屋の隅で固まってる獣人の女の子たちに、騎士や衛兵も接し方に悩んでいるようだ。


「ガリガリガリガリ、何かが船底をかいていたのじゃ、耳を澄ませるとくぐもった不気味な声がしてのう……」

「嘘にゃ、水の中の音なんか聞こえるはずないにゃ!」


 スフィとノーチェとフィリアの3人は何故かぼくの傍にいる。そのせいか狐人の子までくっついてきて何故か怪談をはじめてる。


 おかげでスフィが腕にひっついて離れてくれないんだけど。


 いつもぼくの方がみんなから暢気だのマイペースだの言われてるけど、今日ばかりは反論させてくれ。


「暢気か」



「押されるな、踏ん張れ!」

「うおおおお!」

「開けやがれ! くそ!」


 ドアが叩かれ、元気な騎士たちがバリケードの上から押し返している。


 錬金術師たちはポーションを使って負傷者の手当だ。まだ致命傷を受けた人はいないけど、敵の攻撃がかなり激しかったみたいでケガは軽くない。


「じゃあいまって沖合の方?」

「船が動きはじめて暫く経つ、今日の風向きとこの揺れ方からして既に港からは大分離れているだろう。今日は北から南へ抜ける風が強かったからな」

「うーん」


 少し落ち着いた所で、ぼくはバザール練師たちから情報収集に勤しんでいた。


「だとすると沈めるのはまずい?」

「そうだな、海の上で逃げ場がなくなってしまうだろう。ゼノバ王国の者たちという証拠物というのもある」


 起きてからずっと、熱と体調不良でフラフラして気持ち悪いのだと思っていたけど……どうやらフラフラは船の揺れで、気持ち悪さは船酔いしたようだった。


 もちろん熱があって意識が朦朧としてるのを気合で押さえてる影響はあるんだろうけど。


「船を乗っ取って港まで引き返すにゃ?」

「戦力差が大きいな」

「……30人はいるよね、この部屋の大きさとベッドの数からして」


 戦いは単純に数だ。それはこっちの世界でも変わらない。


 地球と比べて個々の戦闘力の振れ幅が大きいけれど、数を覆せるレベルかと言うと話が変わってくる。


 ノーチェとスフィ、1対1ならそこで頑張ってる一般的な騎士さんたちにもまず勝てないだろう。でもふたりがかりなら五分五分で、ぼくやフィリアも加われば確実に勝てる。


 そういった覆せるような人物は冒険者で言う『B』ランク以上、一騎当千と呼ばれるような人たちだ。生憎と今こっち側には居ない。


「船ごと沈めるのは簡単なのに」

「戦いとはままならないものなのだよ」

「なんぞ恐ろしいこと言っておらんかのう、この狼」

「ふつーの奴が出来ないことをやる奴だからにゃ……色んな意味で」

「アリスはすごいんだもん」


 トイレの途中で行き倒れるとかってぼそっと言っても聞こえてるからねノーチェ。


「というか、さっきから友達ですみたいな顔して混じってるその子だれ?」

「ぬ、の、じゃ」


 突っ込みそこねてたけど、何でわざわざぼくたちの方に来るのか。ストレートに聞いてみると、狐人の子があからさまに狼狽し始めた。


「そういやなんでお前こっちいるにゃ、お前はあっちにゃ」

「はあああ何でお主にそんなこと言われなきゃいかんのじゃ!」


 ぼくの誰何にノーチェが乗っかってきたことで何故か再び喧嘩が勃発した。取っ組み合いをはじめて数秒で狐人はあっさりと床に転がされた。


「のじゃああ!?」

「あたしがうちのパーティのリーダーで! あたしのほうが強いにゃ! お前はあっちにゃ!」

「リーダーはざんていだもん!」

「スフィちゃん、今はそこじゃないと思う」


 ぼくを抱きしめたままちょっとズレた合いの手を入れるスフィに、フィリアが冷静なツッコミを入れる。状況は混迷を極めていた。


「うぅ、ひっく、ぐす」


 よく冷えた塩対応を受けた狐人がとうとう泣き出した。


「うやむやに、ひっ、混ざれるとおもったのじゃ……ひっぐ」

「えぇ……」


 純粋なのか狡いのかハッキリしてくれ。


「狐さん、もしかしておともだちいないの?」

「ふぐぅ……そ、そんなことないのじゃ……」


 スフィの素朴な疑問により、狐人の子が図星で後頭部を強打されたみたいな顔になった。


「図星ってどんな形?」

「いきなりどうしたにゃ、てかズボシって何にゃ」


 そもそも図星で人を殴る事はできるのだろうか。あれ、図星って突くものだっけ?


「図星って槍なの?」

「アリス、お熱すごいよ、だいじょうぶなの?」


 唐突に湧いた疑問に対して自己解決をしてたらスフィに本気めの心配をされた。実際熱は凄いし大丈夫ではないのが性質悪い。


「そんなに熱……フニャッ!?」


 おもむろに額に触れたノーチェが驚いて手を離す。体感的にいま43℃くらいだろうか。疲労が吹き出たのか結構やばい。


「アリス! お前ちょっと横になるにゃ!?」

「たぶんそのまま意識落ちる」

「うぅ、でも……」


 そしたら詰むでしょこの状況。シラタマに乗らないのも人目があるから以上にそっちの危険が大きくなってるからだ。


 スフィもそれがわかっているのか、


「なんじゃ、なんじゃ、何ならわしがその、ととともだちになってやっても、よいのじゃぞ、お前たちがどうしてもと言うのならじゃがな!」

「いらない! あっち行って!」

「今そういう空気じゃにゃいだろ」

「……のじゃ」


 そこに最悪のタイミングで狐人の子が変なことをいい出した。しかしキレ気味のスフィとドン引きした顔のノーチェに追い返される。


 泣きながら離れていったけど、この子もこの子で別ベクトルで空気が読めないな。


 そんな暢気なやり取りをしている矢先、扉の向こうがふと静まり返っていることに気づく。


「ぎゃあああ!」

「うわああああ!?」

「ぬわあ!」


 何事かと思った矢先、押さえていた騎士たちと扉ごとバリケードが吹き飛ばされる。悲鳴を上げて床に転がる騎士の横に、砕けた木片が散らばって埃を巻き上げる。


 誰もが呆然と注目するぽっかり空いた壁の穴の向こう側、独特な構えをした着流しの男が静かに佇んでいた。

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