ふあふあの錬金術師1

 他の獣人の子が捕まっている檻を錬金術で壊しながら、はしごにたどり着く。最初は揺れまくって掴まっているだけでやっとだったシラタマも、今は殆ど揺れない歩法を使っているので快適だ。


 以前ちょっと乗りづらくて酔うと言ったらものすごくプライドを傷つけてしまったみたいで、暫く猛特訓に励んで身につけてくれたのだ。申し訳ないやらありがたいやらで、いつも労っている。


「うつらうつらしながら檻壊してたのにゃ?」

「こいつやっぱりどこかおかしいのじゃ……」


 そう言えばこの狐人ルナールの子はなんでここにいるんだろう。気付いたら同じ檻の中に居たってことだけど、まったく記憶にない。


「アリスのわるくち言わないで!」

「いやふつーにおかしいじゃろ!」

「アリスはふつーじゃないの!」


 スフィ、それはフォローじゃない。


「ワシが! 何度も! 揺すっても叫んでも泣いてもピクリともせんかったので死んだと思っておったのじゃ!」

「んー……?」

「記憶にないみたいだにゃ」


 だめだ、まぁいいや。


「取り敢えず行こう」

「きしゃま……」


 狐人の子のことは一旦保留にして先に進む、シラタマが器用に壁に設置されたハシゴを登っていく。


「キュピ」

「おー、やってるやってる」


 シラタマの背中に立って船内を覗き込むと、状況は思ったより逼迫しているようだった。


 先の方では騎士たちがバックラーを片手に隊列を組み、押し寄せる破落戸らしき男たちを押し留めている。


 そのはるか手前で、神経質そうな音をさせる騎士とバザール練師と、ギルドで見たことある錬金術師たちがひとりの剣士と戦っていた。


「『クレシェンテ』!」

「ぬぅ、『ディフレクト』!」


 空中に飛び上がった男が身体を捻り回転を加えながら、紫色の光を纏った曲刀を振り下ろす。


 ひとり前線に立つ騎士は手にするサーベルにオレンジ色の光をまとわせながら曲刀を受け止め、左回りに円を描くように軌道をそらす。


 即座に距離を取ったふたりの間に衝撃音とともに光が走り、床や壁を境界線を描くように切り裂いた。


「ええい、なんという手練!」

「たかが湾岸騎士ごときが俺の剣をッ!」


 さっき錬成した感じだとこの船の板材って鉄板並みに硬いのに、余波だけで切り裂くなんて凄いなあの剣士。それを受け流したあの騎士も大分凄いけど余裕はなさそうだ。


 相手の予想以上に強さに周囲の錬金術師は手を出しあぐねているようだ。わざわざこんなところまで出張ってくる辺り、戦闘錬金術師バトルアルケミストなんだろうけど……。


 とりあえずシラタマに足場になってもらって上階へ。ぼくが登ったあとすぐに肩の上で雪が渦巻いて、小さいサイズになったシラタマが姿を現した。


「バザール練師」

「……おぉアリス練師、無事だったか」

「まだ状況を把握しきれてない」

「想定以上に手こずっている、あのゼノバの剣士がかなりの手練でな。船内を想定して接近戦の心得があるものだけを連れてきたのだが……このザマだ」


 どうやら錬金術師ギルドが動いてくれていたらしい。心のどこかで動いてくれると思っていなかった部分があったからか、ちょっと嬉しい。


「そんなに強いの?」


 確かにすごく強そうだけど、比較対象がハリード練師や永久氷穴で出会った冒険者たちのせいかいまいちよくわからない。


 あのクラスの強者から感じる独特な音がしてないのもある。


「ただの賊と侮っていたな、多少時間をかけてでもCランク以上の冒険者か上級騎士を要請すべきだった」

「暢気に話している場合ではないぞ支部長殿! いつまでも防ぎきれん、このままでは失態に! 私のキャリアが!」

「救助対象や自分の命よりキャリアを心配しているあたり余裕がありそうに見えるが」

「ないから本音が漏れているのである!」


 一理ある。


「俺を無礼なめるなぁぁぁ!」 


 コントみたいなやり取りを見て激昂したのか、曲刀の男の攻撃が激しくなって騎士の悲鳴があがる。


 錬金術師たちも割って入るタイミングがなさそう……というか。


「なんでこんな狭い所でたむろしてるの?」

「コーティング船でな、かなり硬く作られていて手が出せん」

「……コーティングされてたんだ」


 通りで妙に硬いと思った。やっぱり他の錬金術師が木材を固めてたのか。


「アリス練師、この辺りは基礎で習うと思うが……」

「簡単な暗号化しかされてないから、固化ハーディングで押し固めてるだけかなって」


 かなり厳重に固めてるのに軽い暗号化しかされてないから気付かなかった。最後に固化で強度をあげて簡単に鍵かけるくらいは誰でもやっているし、船だからかなり厳重に強度をあげたんだなぁって思ってたんだよね。


 そんなふうに考えていたら、バザール練師の顔がみるみる怪訝そうなものになっていった。


「……かなり複雑に暗号化されているが」

「…………?」


 …………え、これで?


 暗号化っていうのは基本的には表層内部に微細な術式を刻んで、迂闊に魔力を通した錬金術師の術式にエラーを起こさせる技術。重要なのは出来るだけ分かりにくく、かつ自然に仕込むこと。


 錬金術師の試験を受ける前におじいちゃんから出されていた課題と比べると、ここの暗号化はあってないようなものだった。


「ふむ、干渉出来るのかね?」

「……『錬成フォージング』」


 返事の代わりに隣の壁に手を触れて簡易的な扉を作ってみる、向こう側は寝室のようになっていた。


「……想像を絶する緻密な魔力操作、大したものだ」

「……うーん」


 バザール練師の言っていることが本当なら、これでも結構高度な暗号化なのか。


 ってことはおじいちゃん、子供の課題にどんだけ難しいの出してたの……?


「な、なんだぁ!?」


 今更ながら養い親のスパルタ教育に思いを馳せていると、強引に開けた壁の向こうで海賊っぽい格好の男がシミターのような武器を片手にこちらに向かってきた。


 何故か下だけパンツ1丁で。


「レディの前で不躾だとは思わんのかね?」

「ぐぅう」


 バザール練師がさっと前に出て、右手を振るう。ローブの袖から飛び出した鎖付きの鉄球が鳩尾に叩きつけられ、男はうめき声をあげて崩れ落ちた。


「救出すべき幼子に無理を言うが、道を作って貰えるかね?」

「わかった」


 振り返ったバザール練師に頷いて返す。横目で確認した戦況はギリギリ膠着状態だ。


 何しろ騎士たちは防御に専念していて敵を通さないし、曲刀の男は相手をする騎士と錬金術師が連携して釘付けにしている。


 錬金術師を崩そうとすれば騎士が盾になり、騎士の隊列を崩そうとすれば錬金術師が隙を狙う。いい感じに拮抗している……逆に言うとそれが精一杯のようだけど。


「そういえば、迎えに行った君の姉妹はどうしたのかね?」

「……あれ?」


 そういえば上がってこないな。そういえば戦いの喧騒に紛れてはいたけど、ずっと騒いでる声が聞こえてた。


 戦いとか悲鳴とかじゃないからスルーしてたけど……。


 熱でフラつく頭を押さえながら外れた床板のところにいって下を覗き込む。


「どくのじゃ、ワシが先なのじゃ! もうここ嫌なのじゃ!」

「横入りするにゃバカ狐! あたしらが先にゃ!」

「アリスの側にいなきゃだめなの! どいて!」


 ……なんで喧嘩してんの。


「ずっと船底から変な声が聞こえてたのじゃ! もう嫌なのじゃ!」

「今言うにゃ! 怖いだろうが!」

「アリスのとこにいくの! どいてってばぁ!」

「み、みんなおちついてよぉ!」


 宥めようとしてるフィリアに任せて、取り敢えず騎士と押し寄せる敵の間に錬成で壁を作る。離れるほど魔力が薄くなってしまうから硬い素材に干渉するのは難しくなるけど、このくらいの距離なら問題ない。


「うおお、なんだ!?」

「壁が!」

「何!」


 戦いに集中していた曲刀使いが背後を振り返って一瞬動きを止める。ちょうどいい。


「『錬成フォージング』、『固化ハーディング』」

「なっ、足が!」


 ピンポイントで曲刀使いの足元に小さな穴を作り、足首にはめる形で再形成。そのまま更に固めた。あのレベルの使い手をあんなので倒せるとは思えないけど隙は作れる。


「素晴らしい支援だ! 支部長殿!」

「錬金術か!?」


 一気呵成の勢いで面長の騎士と戦闘錬金術師たちが曲刀使いに挑みかかる。いくら強者と言っても足を封じられたら剣士の強みは活かせない。


 曲刀を振り回して対抗していたけど、騎士が武器を弾き飛ばしたことで戦いは決着した。戦闘錬金術師が持ち込んだインゴットで即席の手錠を作り、手足を拘束されていった。


「おのれパナディアの錬金術師……!」


 拘束された曲刀使いがぼくの隣に居るバザール練師を睨みつけて叫び、憎悪を向けられた練師が溜息を吐いた。


「……とんだ濡れ衣だな」


 なんかごめん。

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