追憶 誰かに助けを求めるってこと
「いいかチビ助、お前が最も陥っちゃいけない状況は『恐怖によるパニック』だ」
再建の進む第0セクターを背景に、包帯まみれのたいちょーが神妙な顔で言った。
「お前を見ていてわかった、奴等はお前の意図を重視してる。お前さんの生い立ちを考えれば今回みたいな暴走が頻発していたところでまったく不思議じゃない」
覚えているのは、ぼくが何とかっていう博士に頭の中をいじる手術をされそうになったこと。怖くて気を失っていたら、わけもわからないうちに助け出されて第0セクターは廃墟になっていた。
その原因がぼくにあるっていう話だ。
「だが、現実には暴走が起きたような痕跡はなかったそうだ。不自然な記録上の空白も殆どないときた」
隊長は無事な左手でぐしゃりと前髪をかきあげて、ぼくの目をじっと見つめる。
「研究者どもはお前の感情の動きにアンノウンが呼応してるって判断してる。実際にチビ助がゲームで遊んでる時に周囲のアンノウンも感情に合わせた反応を見せていやがる。だが、苛立って居るときも馬鹿の不正に怒っている時も暴走したような記録はなかった」
よくわからないけど……。
ここに収容されているアンノウンってものは、ぼくの機嫌が良いと機嫌が良くなるらしい。逆もしかり。
「あいつらはどういう意図か、お前さんにかなりの"配慮"をしてる」
「はいりょ?」
「気を使ってるってことだ、部屋に来る世話役がお前さんが快適に過ごせるよう働いてるように……って例えが悪いな」
いつもぼくの顔色を伺いながら部屋の片付けをする世話役の人たちの怯えきった顔を思い出した所で、たいちょーが苦笑いを浮かべる。
「出来れば周囲にも配慮してほしいんだが、無理な話だろ」
たいちょーはギプスで固定され吊り下げられた右腕を掲げて、微妙に顔をしかめて溜息を吐いた。
無差別に暴れるアンノウンからぼくを抱えて逃げる時に、ぼくを助けようとした他のアンノウンに折られたらしい。
生き残れたのは襲って来たアンノウンの殺傷能力が低かったから。もし遭遇したのが殺傷能力が高いアンノウンなら全滅していたと聞かされて背筋が冷えた。
「そう怖がるんじゃねぇよ、言ったろ? 連中はチビ助にかなりの配慮をしてるって」
「うん」
「お前が明確に"やってほしい"と要請しない限り、奴等は滅多なことじゃ無茶をしねぇ。今回の発端もそうだと俺は見てる」
そこで一度言葉を切ったたいちょーは、真剣な表情を作った。
「……反応を見るために局所麻酔だったんだってな? 俺達だって恐怖でパニックになっちまうようなシチュエーションさ、ガキ相手にそんな真似出来るなんざまともじゃねぇよ。正直俺だってあのイカれたサディストの脳天に鉛玉を打ち込んでやりてぇと思ってる。当人は鉛玉よりステキなプレゼントを貰っちまったみてぇだがな」
あのなんとか博士について、騒動で死んじゃった以上に詳しくは聞いてない。「騒動が治まるまで生きてた、可哀想に」とか「形が……」とか「混ざってしまって」とか、漏れ聞こえてくる会話だけでそれ以上知りたくなくなった。
「チビ助。お前そんな状況下で、気を失う前にこう考えなかったか? "誰か助けて"って」
「…………あー……あった、かも?」
正直あまり思い出したくもないのだけど、頑張って記憶を掘り起こす。身体の震えを我慢して当時を思い出していると、確かに「誰かたすけて」「こいつらやっつけて」って頭の中で思って、口にも出した気がする。
それで何とか博士の指示で緑色の服を着た人に口を塞がれて、冷たい何とか博士の眼が怖くて気絶しちゃったんだっけ。
「ぼく、そうおもったし、言ったとおもう」
言いながら頭の中に浮かんでいたのは、たいちょーやクロだったんだけど。確かに言われた通りだった。
「やっぱりな……チビ助、お前さんは恐怖をコントロール出来るようになる必要がある」
「こんとろーる?」
「恐怖を感じてもそれに飲まれない、冷静に対応できる訓練だ。心のなかに棚を作って、一旦そこに怖いって感情を置くことで他人事にするんだ」
「……むずかしい」
「今すぐじゃなくていい、時間をかけてゆっくり学べばいい。幸い基礎は出来てるみたいだしな」
言っている内容の難しさに視線を下げると、たいちょーの無事な左手がぼくの頭を撫でる。
かすかに感じる血の匂いに顔を上げる。腕にはあちこち血の滲んだ包帯、近くで警戒してる他の隊員さんたちもみんなボロボロだ。
時に一緒に遊んでくれたり、外の話をしてくれる。ぼくをあんまり怖がらないで、ぼくを守ろうと頑張ってくれてる人たち。
改めて数えてみれば、知っている顔が何人か居ない。でもたいちょーさんはさっき「よし、全員揃ったな」と言っていた。
ぼくが助けを呼んだから、ぼくを守ろうとする人たちが傷付いた。
嫌な人もいた、でも大半はそうでもない人たちで、少ないけれど優しい人も居た。食堂の人たちは最初怖がっていたのに、最近は「美味しい?」なんて声をかけてくれるようになった。
瓦礫になった食堂エリアの下、染み出す赤い液体を洗い流す清掃員の背中を横目で見る。
「……基礎が出来てることは、"不幸にも"って言うべきかもしれねぇけどな」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でてから離れていくたいちょーの包帯だらけの手から、ぼくは目を逸らすことができなかった。
■
「……いまにして思うとあの博士マジでくるってない?」
「?」
「にゃ!?」
高熱と寝ぼけで夢うつつだったところからようやく意識がハッキリしてきて、思わず口から出た言葉がそれだった。
いや錬金術師も下から上まで倫理観に若干の問題があるマッドばかりだけど、人間としてのラインからは外れてないってのに。
自分がそっち側に近い立ち位置になってから改めてわかるけど、やっぱりヤバいよなぁ。
「アリス、起きた?」
「起きた、おはよう」
「ちょっと待つにゃ、さっきまでのやり取り全部寝てたにゃ!?」
「スフィに起こされてから意識は半分あったけど、熱でずっとうつらうつらしてた」
なんだか久しぶりに昔の夢を見た。なんでだろう、スフィに「たよってよ」なんて言われたからかな。
……記憶が戻って、精霊なんていうアンノウンみたいな存在に懐かれているのがわかって、余計に怖くなった。
わかってるんだ、スフィの言いたいことは。
言葉遊びじゃない、ほんとうの意味での『助けて』はぼくにはまだ……怖すぎる。
一体何がそれを聞き届けるか、わかったものじゃないんだから。
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