├ようやくの再会

 降りた船底の空間は埃っぽく、海に近いからか少しひんやりとしていた。高さは大人の男が少し屈まなければ入れないほど、しかしノーチェたちならば立ったまま余裕を持って歩き回れる。


 聞こえてくる泣き声に耳を澄ませながら、夜目を頼りに積み上げられた荷物を避けて進む。はしごを使って出入りするためか、大きな荷物などは無かった。


 少し進むと見えてきたのは、鉄格子のついた檻に入れられた獣人の子供たち。


「誰?」

「あなたたちも連れてこられたの?」


 檻の数は両手の指の数ほどあり、入れられている獣人の種族はバラバラ。年齢はノーチェたちよりやや上といったところ。


 戦闘力的に捕まえやすかったのか、ものの見事に少女ばかりだった。


「あの、わたしとそっくりの女の子みなかった、ですか?」


 物怖じしないスフィが、檻に入れられている猫人フェリシアンの少女に尋ねる。


「……あなた犬人カニシアン? 狼人ヴォルフェン? たしか犬系の子が奥に……」

「ありがとう!」

「あっ、待って!」

「ちょっと急いでるにゃ、騎士のおっちゃんたちがきてるからあとで」

「えっ!?」


 檻に入れられている獣人の制止を振り切り、我先にと暗闇の奥へ駆け出していくスフィ。それを追いかけてノーチェとフィリアは早足で船底を進む。


 ほどなくして、スフィは一番奥に位置する中サイズの檻に目的の人物を見つけた。


 膝を抱えて泣いている狐人ルナールの少女と同じ檻の中、横たわったまま微動だにしていないアリスの後ろ姿。


 見間違えるはずもない妹に、スフィは即座に檻に飛びついて叫んだ。


「アリス! アリス!」

「ひっく、だめじゃ……揺すっても叫んでもぴくりともせん、そやつは……ぐすっ」


 横になっているアリスの代わりに、狐人の少女が絶望の満ちた声色で答える。


「アリス! 起きて! おねえちゃんだよ! アリス!」


 必死に叫ぶスフィの目の前で、アリスの耳がぴくりと動いた。


 もぞもぞと身じろぎをしてからゆっくりと上体を起こし、不思議そうに周囲を見回して……。


「おねー……ちゃん?」

「よかった、アリス、ケガしてない? からだはへーき?」

「…………?」


 いつにもましてぼんやりしているアリスは、暫く起こした上半身をふらふらと揺らしながら周囲の様子を伺い、首を傾げた。


「……ここどこ?」


 完全に寝惚けている様子のアリスに、スフィの背後でノーチェとフィリアが転けそうになった。


「アリスは誘拐されちゃったの! かきおきしたでしょ!」

「…………あー」

「いやお前、何してたにゃ」


 意識がハッキリしていない様子のアリスに、ようやくノーチェがツッコミを入れる。


 アリスの寝起きは非常に悪い、体調の悪さもあるのか起きてから頭が動き始めるまでに少しかかる。


 ノーチェとしてはアリスが誘拐された先で何かしらやらかしているとばかり思っていたので、純粋に寝ていただけなのは想定外だった。


「……えーっと……誘拐犯の運び方がへたすぎて、今まで気絶してた」

「にゃんじゃそりゃ」


 寝惚けているせいか訥々と語り始めるアリス。


 おおよそはバザールの推測どおりに、下手に街中で抵抗するより誘拐されてから脱出しようとしたようだ。しかし袋詰されて運ばれる最中、誘拐役の運搬があまりにも下手すぎて耐え切れずに気を失ってしまったということだった。


「それで今まで寝てたにゃ? 暢気なやつにゃ」

「ていうか、どのくらい経ってるの?」


 船底には灯りがない。アリスは自分が拐われてからどの程度の時間が経ったのかわかっていないようだった。


「昼の鐘が鳴ってすぐ寮にもどって、今はもう月が出てるにゃ」

「…………思ったより経ってた」


 誘拐された当人とは思えないほど暢気な発言。ノーチェが呆れたような溜息を吐いた矢先。


「アリス、こっちきて」

「……?」

「いいからきて」


 強い言葉に、檻の中央で何故かスフィに近づかないようにしていたアリスが一瞬身体をすくめる。


 暫く睨み合ったあと、観念したように檻越しに姉狼へと近づく。


「やっぱり! すごいお熱!」


 逃さないように小さな手を両手で掴んだスフィが悲鳴をあげた。


「大したこと……」

「ちがう!」


 熱を隠していたことがバレたばかりなのもあって、気まずそうに視線を逸らそうとするアリス。その手を引き寄せたスフィが檻越しに抱きしめる。


「……やだよ、たよってよぉ」


 何か言おうとして、言葉が見付からなかったのかスフィが漏らしたのは涙混じりの呟き。


 それを聞いてようやく状況を飲み込めたノーチェは、ずっと胸の中にあったモヤモヤの正体を唐突に理解した。


「…………そっか、そうだよにゃ」


 小さいのに偉い錬金術師様で、自分たちより短い労働で10倍以上稼ぐ妹狼。


 最初に出会った強敵をどうにかしたのも、蛇女のバケモノを倒す切っ掛けを作ったのも、危険な永久氷穴の冒険を"させてくれた"のもアリス。


 心のどこかで、常識外の凄まじい存在のように感じていた。


 間違いじゃないだろう。そう呼ばれるだけの力があることは一緒に旅して知っている。


 今回だって、どうせ書き置きの通りに敵を出し抜いてさくっと帰ってくるだろう。本来なら治療院で療養が必要で、暫くは絶対安静だという体調をおくびにも出さないで。


 どれだけ凄い子だとしても、家の中で行き倒れるようなほど虚弱であることに変わりない。


 倒れた所で顔色ひとつ変えず、深刻さを見せないから軽く考えていた。そう考え込まされていた。


「……はぁ、ったく」


 スフィの言う通り、アリスは自分たちを"頼って"はいないのだ。


 だから書き置きは「助けて」じゃなくて「心配しないで」だった。自分たちの代わりに金を稼ぐため熱を隠した。


 誘われた時、ノーチェは半分は力になってやろうという気持ちで同行したのだ。それが全く力になれている気がしない。


 自分は一体何が出来ているのだろうという漫然とした不満と不安が、ずっと胸の中でくすぶっていた。


「みんなにはたよってるよ、いつも」

「ちがう! たよってない!」


 困ったような顔をするアリスは、きっとスフィの言いたいことを理解できていないのだろう。ノーチェとフィリアはわかっているのに。


 普段は以心伝心と言わんばかりの双子なのに、こういう時だけ妙に鈍いアリス。なんともアンバランスな能力に呆れながら、ノーチェは檻の鍵に触れた。


「とりあえず緊急事態だから脱出してからにするにゃ」

「うん……ちゃんと話そうね!」

「……ん」


 ノーチェの言葉に双子はやりとりを一旦収め、スフィはノーチェと一緒に鍵を覗き込んだ。


「よ、よくわからんが、鍵はやつらが持っていったのじゃ、お主らではどうにもならん」

「あいつらか、探すのは面倒にゃ……」

「アリス、開けられる?」

「『錬成フォージング』」


 いつの間にかカンテラを取り出していたアリスが、檻の鉄格子を棒のように切り取った。


「……のじゃ?」

「フィリア、アリスのことおねがい」

「うん、アリスちゃん背中に」

「……いや、大丈夫。シラタマ」


 背負った盾を外してアリスを背負おうとしたフィリアをちらりと見たアリスは、固辞してシラタマに声をかけた。


 それに答えるように雪が目の前で固まっていき、巨大なシマエナガのような見た目のシラタマが姿を現す。


 しかし大きなシラタマは、狭い船底でギッチリと詰まったような状態になってしまっていた。


「…………」

「……チュピ」


 一瞬困ったように見つめ合ったあと、アリスは困ったように天井を見上げた。


「ここ敵の船だよね……じゃあ壊してもいいか」

「にゃんか、こーちんぐがどうのって錬金術師のおっちゃんたちが言って……」

「……ん?」


 バキバキと音を立ててシラタマの足元が下がっていく。あっという間にシラタマが何とか動ける程度の空間が出来たが。足元からはミシミシと嫌な音がしはじめていた。


「……おまえ、それ」

「……な、なんか妙に堅かったのをまんま動かしたから、水圧とかですぐに壊れることはないと思う」


 シラタマの位置が丁度船の背骨に当たる竜骨のあるあたりだったために、それを下側に大きく捻じ曲げる結果になっていた。コーティングはそのままにしてあるので、並の錬金術師では修理もできない。


 アリスは気付いていないが、近い未来に船がスクラップになることが確定した瞬間であった。


「アリス、錬金術師と騎士さんたちがね」

「うん、戦いの音が聞こえてる……とりあえず檻こわしながらついてくから、先導して」

「ま、待つのじゃ! こわかったのじゃ、ワシを置いていかないでほしいのじゃ!」


 シラタマにまたがり、バキバキと音を立てて床を下げながら強引に移動していくアリス。それを先導するスフィとフィリアに、慌てて檻から出ると涙目で追いかけていく狐人の少女。


「そうだな、そういうやつだったにゃ」


 ため息交じりに肩をすくめて背中を見ながら、ノーチェもあとを追いかけた。

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