├不審船潜入作戦7

 曲刀の男、ウィゲルの案内で最初に甲板に上がったのはランナル率いる湾岸騎士の一隊。続いて錬金術師4人が子供たちを連れて船へと入った。


「……コーティング船か」


 純粋な大きさとしては中型、数百人は乗れるだろう木造船の甲板に立ったバザールが忌々しげにつぶやく。


「こー……?」

「てぃんぐ?」

「錬金術によって強化し、物理的な強度と錬金術による干渉を防ぐ処置をコーティングと呼ぶ。この船全部がかなり高度なコーティングが施されているようだ」

「随分と金をかけていますね」


 一般的に、錬金術師の戦闘力は決して高くない。彼等の本領は研究者だから当然なのだが、それでも戦力として恐れられている理由はある。


 それは構造物に対する圧倒的な強さ。


 何も対策が施されていない船であったなら、バザールひとりいればものの数分で海の藻屑に出来るだろう。彼が船舶技術の専門家であり多くの船の設計に携わっているからこその芸当ではあったが、要点さえわかれば他の錬金術師でも不可能ではない。


 『錬成フォージング』という基本術式は一定範囲内で物質を思う通りに変形させる。あっという間に構造物を作り上げる事もできるが、逆に壊してしまうことだって出来る。


 国が錬金術師ギルド、ひいては錬金術師を恐れる理由がここにあった。


 そうなれば対策が生まれるのも当然の流れで、コーティングは錬金術師によって作られた錬金術への防御技術だった。


「基本的に錬金術というものは生物などの常に魔力を宿す物体には通らない。他人の魔力同士は反発するからな。それを利用して表面に魔力を滞留させて術そのものを弾いたり、表層の一部を複雑に暗号化することで術による干渉の難易度を上げたり、陣そのものを機能させなくしたりする技術だ」

「あー……」

「にゃるほど」


 基本的に錬金陣は素材に適したものを使うほど干渉の精度が上がり、適していないものほど粗くなる。コーティングは表層を魔術的に暗号化することで陣の適用を阻害する物が多い。


 『おじいちゃんのだしてた課題だ』と何となく理解するスフィと、よくわからないが何となく頷いてみせるノーチェ。子供たちの反応を錬金術師たちは微笑ましく思いつつも流し、対策を相談しはじめる。


「自分は無理ですね、かなり高度に暗号化されてます」

「俺も無理そうです」

「仕方あるまい、これは俺でも干渉に時間がかかる。いい腕の鍵師を使っている」

「それより、置いてかれるにゃ」

「おっと、いかんな」


 検討の結果、自分たちでは簡単に船を崩せないという結論に至ったにもかかわらず、技術力の称賛に走りつつあった錬金術師たち。ノーチェが突っ込んで方向修正しながら、一行は船の内部に続く扉をくぐった。



 船内に屯する破落戸が睨んできたが、突入した面々は気にすることなく船室を改めていく。


 騎士たちはやや窮屈そうにしながら破落戸を押しのけて捜査を続けた。


「荒らさないで下さいよ」

「わかっているとも」


 ウィゲルはランナルを牽制しつつも、錬金術師たちの動向に目を光らせているようだった。衛兵を引き連れた騎士たちが必要以上にかきまわさないようにしつつ、ひとつひとつ船室を開けて回っている。


「何も発見できませんでした」

「不審な物もありませんね」


 そうして1時間ほどかけて船室の全てを調べ終わった騎士たちが出した結論は、『何も無し』だった。


「そんにゃ!」

「うそじゃないもん! ちゃんと見たもん!」

「騎士様も半獣の言葉なんて信用できないってわかったでしょう、これに懲りたら耳を傾ける相手は人間に絞ったほうがいい。時間の無駄だ」


 声を荒げるノーチェとスフィと、おろおろするフィリアに蔑んだ視線を向けるウィゲル。


 一方でランナルは眉間にシワを作りながら、どういうことかと何かの道具を出して壁や床を触っている錬金術師を睨みつけていた。


「さ、こっちはようやく一日の仕事が終わったばかりなんだ、さっさと帰って……」

「それで、わざわざ入り口を塞いでいる船の最下層には何を隠しているのかね?」

「……はぁ、何の事を言ってるんだ? ここが最下層だ」


 甲板から入って3階降りて、倉庫の手前でのやりとり。


 この規模の船であれば中は3層というのが船に慣れた人間の常識だった。


「広くはないがこの床の下に明らかに空間がある。それに内部もこのサイズの船にしては随分と天井が低い。ここまで金をかけたコーティング船で、乗組員にストレスを与える設計にするとは考えにくい」


 基本的にコーティング船というものは錬金術に対してだけでなく物理的にも強固だ。具体的には海に棲息する中型魔獣の衝突程度ならビクともせず、よほど良くない当たり方さえしなければ座礁も耐える。


 金がかかるからこそ、遠距離航海に使われる船に施される事が多く、そういった船は長い時間の航海のために船内の空間を広く作る傾向がある。


 バザールの目から見てこの船は船体の大きさに比べて船内が"狭い"、それもギリギリのラインで。隠された空間を疑うのは、ある意味では必然だった。


「調べさせて貰ったが、どうやらここの下に奇妙な空間があるようなのでな。今後の参考のために是非見させて頂きたいのだが」

「生憎と心当たりが無い、船の最下層はここだ。変な言いがかりはやめてもらいたいね」


 一瞬だけ硬直したウィゲルだったが、あくまで強気は崩さない。


 所詮は疑いの段階、いきなり床をぶち抜くような無茶は出来ない。ここを凌いで一度港を離れて"合流"することを考えていた。


「ふむ、そうだな……俺ならば……」

「おい、いい加減にしてくれ」


 ぶつぶつと呟きながら、バザールが船内の廊下を歩き始めた。慌てて追い掛けるウィゲルに連なって再び大移動がはじまる。


「最も空間が取りやすい場所に出入り口を作る、か、このあたりか?」

「勝手に荒らすなと言っているだろうが!」


 船尾に近い位置でしゃがんで壁際を探り始めるバザールにあからさまにウィゲルが慌てた様子を見せた。


「まぁまぁ……支部長殿、あまり荒らしてはいけませんよ」

「おい邪魔だ! あいつを……」

「あぁ、大丈夫だ……あった」


 宥める振りをして間に入ったランナルが時間を稼いでいる隙に、バザールが呟き床板を外した。


 外した床板の下にあるのは暗い船底へ続くはしご。奥からはしくしくと泣きじゃくる少女の声、それも複数。


 どこか半信半疑だった様子の騎士たちがあからさまに顔色を変えた。


「ふむ、確認せねばなりませ……」


 ランナルが手袋のまま顎を撫でた瞬間、シャラリと金属がこすれる音が鳴った。


 気付いた者が何事かと視線を向けるより一瞬早く金属同士がぶつかる音が響く。


「どういうおつもりかな?」

「こうなっちゃ仕方ないんでな」


 ウィゲルが抜いた曲刀を振り下ろし、それをランナルが鞘ごと腰から引き抜いたサーベルで受けている。


「何を――」

「ぼさっとするな! 総員戦闘態勢!」

「沖まで船を出せ! 急げ」


 ランナルとウィゲルの命令が殆ど同時に響き渡る。


「短慮は損になると思うのであるが、如何か」

「ここで捕まるわけにはいかない、覚悟して貰おう! 合流するまでひとりも逃がすな!」


 ウィゲルが鍔迫り合いをやめて飛び退き、ランナルがさやを左手に右手でサーベルを抜き放つ。


 構えるより早く懐に飛び込んだのはウィゲル、甲高い金属音を響かせ曲刀が3度振るわれる。ランナルは表情を引きつらせながら、その攻撃を何とか凌いだ。


「我々が戻らないことに気づくまでに始末をつけ、沖にいる仲間と合流すれば勝ちというところか。全員で乗り込んだのは些か失敗だったかもしれんな。それと、やはり君たちは海賊どもとグルだったのかね?」

「支部長! 支部長殿! すまないが! 助力を! こやつ強いぞ!?」

「急げ! 夜番も叩き起こせ! ゲンテツは何をしてる!」


 ウィゲルの持つ曲刀は長剣と呼ぶには短いが、反りが大きく狭い船内でもさほど無理なく振り回せる。一方でランナルのサーベルは長剣に近い形状で、そこまで室内戦に適しているとは言い難かった。


 お互いの技量の差、地力の差もあってランナルが着実に押されて行く。


「あ、あたしたちも」

「君たちのすべきことは何かね?」


 慌てて武器を手にし、加勢しようとしたノーチェたちをバザールが制した。瞳には問いかけるような強い意志が宿り、子供たちの迂闊な反論を封じた。


「いもうとをたすけにいく!」

「下は暗いようだが、照明は必要かね?」


 即答したのはスフィ。元からそれが目的だったのが、迷うことはなかった。


「……はっ、こっちは全員夜目が利くにゃ」

「結構、行ってきたまえ」

「いってきます!」

「スフィちゃん待って! 私たちも!」

「そっちは任せたにゃ、おっちゃん」


 一方でノーチェは少し歯切れ悪そうに答え、先に降りたスフィとフィリアを追いかけるように暗闇へと飛び込んでいった。

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