├不審船潜入作戦6

 海の向こうに日が落ちる。


 オレンジ色に照らし出された、人もまばらな街の道を錬金術師達は歩いていた。


 パナディア支部長であるバザールを筆頭に、鋭い気配を放つ錬金術師のローブを着た男が3人。


 全員が戦闘技術に長けた戦闘錬金術師バトルアルケミスト、パナディア支部の武力を担う少数精鋭の手練だ。


「あのおっちゃん、戦えるにゃ?」

「さぁ……?」

「ふたりとも、失礼だよ……」


 その後を追い掛ける子供たち。ノーチェとスフィが戦えるというイメージがないバザールを見ながらひそひそと話し、フィリアがそれを咎める。


 暗くなっていくと共に次第に口数も減っていく。ぽつぽつと灯る照明を頼りに目的地である第6船着場に辿り着いた頃、すっかりと夜の帳が下りきっていた。


 錬金術師が手に持つのは、光を集約し正面を照らせるように設計されたカンテラ。アリスの使っているカンテラのようなアーティファクトに慣れたノーチェたちには、ありきたりなそれが少し新鮮に見えた。


「しっかり騎士たちを動かせたようだな」

「にゃ?」


 バザールの言葉に進行方向を覗き込んだノーチェは、鎧の上に長いマントを羽織った騎士の姿を見付けた。


 衛兵の使っている物に近い長い布を頭に巻いている男たちは鋭く周囲を見回していて、やがて近づいてくる錬金術師の集団に気付いたようだ。


「バザール支部長殿、そちらに縁のあるお子さんが拐われたとか?」


 面長の隊長らしき男が、わかりやすいしかめっ面を照らされながら前に出た。


 エシフが区画を受け持つ役所に辿り着いたのはノーチェたちが食事を取っていた頃。


 事情を聞いた信用出来る役人は、青ざめながら代官の元へ駆け込んだ。パナディアは東西諸国との貿易の拠点。代官を任されている侯爵は、王から選任されるほどには安定志向の普人ヒューマンだった。


 活躍を望まず、かといって手を抜くこともしない。そんな代官は持ち込まれた問題に頭を抱え、即座に情報を封鎖して騎士に調査を命じた。


 地元に根を張る老舗商店が外国の海賊を手引していて、錬金術師が誘拐された。間違っても放置は出来ない。


 そうして仕事終わりに緊急で、しかも詳細をぼかされ動かされた騎士たちの機嫌は非常に悪かった。


「あぁ、さる錬金術師からの大切な預かり子が寮から拐われた」

「それはそれは、錬金術師ギルドの警備は厳重だとばかり思っておりました」

「返す言葉もないな、騎士団縁者の紹介だからと簡単に信用するべきではなかった」


 いきなりバチバチ火花を散らす大人たち。やはりボカした物言いをするバザールの言葉に、騎士たちも苛立ちを隠せない。


「ふん、まぁいいでしょう。不審船の情報については感謝していますから。我々も奴等には悩まされていましたから」


 最初に視線を切ったのは騎士隊長の方だった。騎士たちも毎年のようにやってくる海賊には悩まされている、手引している人間は中々尻尾を掴ませず捜査は進んでいなかった。


 カラノール商会は海賊対策に積極的に私費を投じていて、騎士団の討伐作戦にも船舶や物資の援助などを行っていた。


 疑うものも居らず、今回の一件がなければ気づくこともなかっただろう。


 海賊との繋がりまではまだ見えないが、確かにしっぽが見えた結果だ。


「今回は彼等が運がなかったということでしょうな」

「だろうな……ひとまず向かうとしようか」


 人的被害は普人ヒューマン以外の社会的地位が低い人族ばかり。どうしても大きな問題には出来なかった。


 騎士たちは裏の事情までは把握していない、するつもりもない。しかし支部長クラスが動く事態に、拐われた獣人の幼児がただの預かり子でないことは察している。


 無駄話を切り上げ、騎士と衛兵……それから錬金術師の混合チームは道を抜けて第6船着場へ向かう。


 墨を垂らしたように真っ暗な海原を背に、不審船の姿が篝火に照らされて浮かび上がる。


 見張りらしき男たちが近づいてくる明かりに警戒をしながら立ち上がった。


「誰だてめぇら」

「……湾岸騎士隊のランナルである。獣人の子供がこの船に連れ去られたという通報を受けて参った、船内を改めさせて頂きたい」

「知らねぇな」


 対応する男は破落戸の身なりに反して余計なことを口走らず、ランナルからも目をそらさない。


「子供の使いではないのだ、そうですかと引き下がる訳もいかん」

「俺たちは正式な許可を得て停泊してんだ、そっちを通してくれ」

「ほう、何方からの許可であるかな?」

「……ちょっと待て、上の者が来る」


 男が口にしてすぐに、船に続くタラップから曲刀を提げた剣士らしき男が現れる。騎士たちの接近を察知してすぐに情報が伝わっていた事に気付き、ランナルは表情を厳しくした。


 ただの賊と呼ぶには統率が取れすぎている。


「この商船の代表、ウィゲルだ」

「湾岸騎士隊、第4分隊隊長ランナル・ルウェ騎士爵である」


 右手は剣の柄に、左手はウェーブのかかった髪をかきながら名乗ったウィゲルにランナルも名乗りを返す。


「それで、こんな日も落ちた時間に騎士様たちが一体どんなご用向で?」

「誘拐事件の調査である、この船に獣人の子供が連れ去られるところを見た、という証言があってな」

「ほぉ……まさかとは思いますが、そこの半獣がそう言ったから……とかじゃないでしょうな」


 ウィゲルの視線が騎士たちの背後で険しい顔をしていたノーチェたちに向かう。


 怯えを見せるフィリアをかばうように前に出たノーチェとスフィが、普通の子供なら怯え竦む闘気をまとった視線をはねのけてウィゲルを睨み返した。


「ふむ、そうだと言ったら?」

「これはまた、港の国の騎士様は獣モドキの言葉に耳を傾けられると、変わったご趣味をお持ちのようだ」

「彼等は欺きや偽りを苦手としているのでな、耳を傾ける価値はあるとも。残念ながら、神の言葉に忠実な者に理解は得られた経験はないが」


 言外に交わされる言葉は探り合い。


「理解なんて出来るはずもない、どうせ浮浪者の悪ガキ共のように大人が右往左往する様を眺めてほくそえんでいるのだろう。そこの半獣ども、今"嘘でした"というのならこれで終わりにしてやるぞ?」

「ふむ……証言者は其方であったな、どうなのだ?」


 ウィゲルの向ける蔑む言葉に被せるように、ランナルが振り返って真っ直ぐにノーチェたちを見た。


「……あたしらは確かに見たにゃ!」

狐人ルナールの女の子がお船の中につれていかれるの、見たもん!」

「……だ、そうだ。手間をかけるが、船内を改めさせて頂きたい」


 子供たちの証言を受けてひとつ頷いて見せたランナルは、改めて向き直りウィゲルに鋭い眼光を叩きつける。


「証言の信用性ってやつを理解してるのか? 半獣の言葉に何の信用がある」

「彼女たちの後ろ盾は我々だよ、西方の剣士」


 割り込んできた声の人物を見たウィゲルも、流石に驚きで目を見開いた。


「……錬金術師」

「ああ、そうだ。国際錬金術師アルケミストギルド、パナディア支部の支部長バザールが彼女たちの証言を保証しよう」

「チッ」


 錬金術師ギルドの影響力はウィゲルとて理解している。


 影響力は理解はしていたが、状況は見えていなかった。手に入れた情報は「獣人の孤児が伝手を頼って錬金術師ギルドに身を寄せている」ということ。


 彼の祖国では愛玩動物として獣人を飼育するという行為が一部の貴族の間で流行っていた。中でも狼人ヴォルフェンは人気が高く、白に近い色ほど重宝される。


 東南の砂漠地帯に住む砂狼族は珍しく、その中でも女児であればかなりの高値がつく。上手く持ち帰れば上級貴族に取り入る土産になって、中央に返り咲く足がかりに出来ると踏んでいた。


 だからこそ手を出したが、まさか錬金術師ギルドが動くとは欠片も考えてはいなかった。


 高位貴族のペットでもあるまいし、自分の国では獣人が拐われた程度で騎士まで動かすようなことはない。これは思い込みだけでなく、ここ数年パナディアで"活動"してきたが故の経験則も含まれていた。


 実際に獣人の社会的地位は低く、騎士が動くようなことはまずなかったのだから。


「とにかく心当たりはないんでな、お引取り願おう」

「あくまで拒否するのであれば、こちらも強硬手段に出ねばならないが」


 それでも拒絶の意思を見せるウィゲルだったが、ランナルの強い姿勢に面食らった様子を見せる。


「チッ……仕方ねぇ、ただしあまり荒らさないでくれよ、大事な商品が積んであるんだ」

「配慮しよう、お前たち」

「ハッ」


 暫く逡巡した末に観念した様子のウィゲルが、とうとう騎士を受け入れる。


 かくして騎士率いる錬金術師たちは、不審船に踏み込むことになった。

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