├ちびっこ冒険者5
「妹はどこ! 言え!」
「だ、だから知らねぇよ! 何の話だよ!」
怒りの唸り声をあげるスフィに剣を突きつけられ、脂汗を流しながら『
本物の剣に殺気、無事だった他の悪童たちはとっくにリーダーを見捨てて逃げ去っていた。残っているのは剣を向けられ動けないサープと、スフィに叩きのめされて動けない少年2人のみ。
「落ち着くにゃスフィ、嘘ついてなさそうにゃ」
母と死に別れてからひとりで生きてきたノーチェの勘は鈍くない。アリスのように相手の感情の動きを読み取って真偽を読み取れる訳ではないにしても、こういう状況で相手が嘘を言っているかどうかくらいは分かった。
近づきながら左手で腰に佩いた剣の鞘を押さえ、右手で柄を握って引き抜く。
スフィと入れ替わるようにしながら、今度はノーチェがサープの頬を剣の腹で軽く叩いた。
「ひぃっ!?」
「痛い思いしたくにゃいだろ、知ってることはさっさと吐くにゃ。大通りでお前んとこのやつがあたしらを見張ってた、うちのチビがいなくなったことと関係あるにゃ?」
「し、知らねぇって! お、お前らが女のくせに俺の言うこと聞かないから、思い知らせてやろうと見張らせてたんだ! 少し前に錬金術ギルドの裏あたりを知らない大人がうろついてるって報告があったけど、それだけだ! それ以上はわかんねぇよ!」
ノーチェの持つ剣もアリスの作品。自信の源だった鉄剣を断ち切ったものと同じ鋭い輝きに恐れを為したのか、サープは震えながらも叫ぶように話した。
暫くその瞳を見つめていたノーチェが剣を鞘に収め、牙を剥き出して唸っているスフィに向き直った。
「こいつら相手したのは時間の無駄だったにゃ、一度戻って手がかり探すにゃ」
「……ぐるる、知らない、ヤな匂いがちょっと残ってた。まだ探せるかも、探す!」
「よし……お前、今までは黙ってたけどにゃ、もしまたあたしらにちょっかいかけるなら骨の1本2本はぶち折ってやるにゃ、覚えとけ」
「く、くそ……年下の、女の癖に……ヒッ!?」
抜き打ちで放たれたノーチェの斬撃がサープの鼻先を掠める。スフィよりもスピードに優れた一撃は、風切り音をもって悪童の心胆を寒からしめた。
「次は警告してやらんにゃ、いくぞおまえら!」
「ノーチェ! はやく!」
「お前はもうちょっと落ち着くにゃ! どうしてこう、妹と割って丁度良くならにゃかったのか……」
剣をしまってその場で足踏みしながら砂を蹴散らすスフィに、ノーチェは頭を抱えて刀身を再び鞘に収めた。
片や元気と体力が有り余っていて妹が関わると暴走しがちな姉。片や体力という概念が存在せず、追いかけてくる怪獣にすら暢気に手を振る落ち着きすぎな妹。
足して割れば丁度いいのに、現実はままならない。
「いそいで!」
「砂だから走りづらいにゃ! というかお前はなんでそんな平気で走れるにゃ!」
「スフィちゃん! 待ってってば!」
即行で駆け出すスフィと、再びその背中を追い掛けるノーチェとフィリア。
慌ただしく3人が去って行った後、
少しして動けなかった少年たちが起き上がり、慌ててその場を去った後も、彼のもとに逃げ去った海蛇のメンバーが戻ってくることはなかった。
■
獣人は人間と比較して圧倒的に耳と鼻が利く。
中でも嗅覚に優れているとされるのが、大陸東南部の熱帯雨林に住む『
嗅覚と聴力に優れる狼人の中にあって、アリスは聴力、スフィは嗅覚が特別に優れていた。
「……みつけた、きっとあそこ!」
「ほんとに見付けやがったにゃ」
スフィは決して耳が悪いわけではないが、調子が良ければ音の反響で地形を把握し、集中すれば心音どころか筋肉の軋みや毛細血管を流れる血液の音さえ聞き分けるアリスと比べれば何段階も劣る。
その反面、嗅覚に関しては凄まじいものがある。
「なんであんな薄い匂いを追えるにゃ……」
「言われてはじめてわかったくらいなのに……」
錬金術師ギルド寮に戻ったスフィは、現場に残っていた知らない男たちの匂い、その中に混じった妹の残り香を嗅ぎ分けた。
元が寒冷地帯の種族である
ある意味では執念とも言える追跡により彼女たちが見付けたのは、1隻の船とその周辺に屯する不審な男たち。
場所は海賊騒動により出入りする船が減って、今は使われていないはずの第6船着場。その中でも岩陰になって街からは見えない場所だ。
不審という言葉がこれ以上似合う状況はないだろう。
「すぐに」
「待つにゃ」
スフィの服の襟首を掴んで、ノーチェは飛び出そうとする姉狼を引き戻す。
「あいつと、あいつ、やばそうにゃ」
建物の影から顔を覗かせ、ノーチェが視線を向けたのはふたりの男。
ひとりは瓢箪のような酒瓶を手にした赤ら顔の男。手入れのされていない無精髭に、寝癖で跳ねた髪の毛。着ているのが竜宮諸島の着流しではなく襤褸であれば、浮浪者にも間違われそうな外見だ。
しかし引き締まった筋肉に酔ってなおブレない体幹、隙のない仕草はタダのゴロツキと呼ぶには鍛えられすぎていた。
もうひとりはウェーブの掛かった髪を首の後で縛った、腰に曲刀を提げた男。こちらは比較的身なりが整っている。身につけている革鎧は、何度も傷を直して使い込まれているのがよくわかるような渋い光沢を帯びている。
こちらは見るからに油断も隙もなく、周囲の人間に指示を飛ばしている。不審な男たちは荷物を船に積み込んでいるところのようだった。
「……ぐるるる」
「焦っても助けられないにゃ、というかあいつはほんとにゃにやってるんだ……」
妹を助けようと焦るスフィを抑えながら、ノーチェはぼやく。
本来、こういう状況で一番強いのはアリスだ。
普段は姉ぶって色々命令するが、スフィは誰よりアリスの能力を認めている。
あの妹狼はどんな状況でも冷静だ。感情を排したような判断にもどかしく感じる事はあるが、今の所間違えたことはない。出来ることが増えたせいか最近ますます酷くなってきている暢気さも、こういう非常時には精神的な支えになるだろう。
かつてアリスが語った前世の話は未だに眉唾だが、経験のある大人のような落ち着いた振る舞いには言葉にできない説得力がある。
それがわかっているからか、スフィはアリスの言うことをかなり素直に聞いていた。
今までは姉妹べったりだったことで逆に気付かなかったが、姉狼は妹狼に自分の手綱を預け、妹狼は預けられた手綱を巧く操っていたのだ。
「でも、アリスが!」
「……というか大人しく捕まってるにゃら、それこそ大丈夫じゃにゃいか」
スフィは未だにアリスの実力を把握していない。
世間一般での錬金術師のイメージといえば『頭の良い学者や技術者の集団』だ。アリス自身が技術や知識をひけらかすことはあまりしないのもあって、一口に錬金術師と言ってもどれだけの腕があるのかはノーチェもフィリアもわかっていない。
これまでの旅でわかったことは、薬を作れることと地形を無視してあれこれ出来るという事だけだ。
「ここまできてにゃんだけど、あたしにはアリスを捕まえておく方法がわからにゃいんだけど」
シラタマを抜きにすれば、アリスのことを理解しているなら捕まえる事自体は簡単だ。
適当に距離を詰めて追い回せばあっという間に体力が尽きる。打撃なら対応されるが、取っ組み合いなら確実に勝てるのだ。
しかし捕獲しておく方法がノーチェには思い浮かばない。ロープで縛ろうと箱に閉じ込めようと鉄の檻に閉じ込めようと、錬金術で拘束を破ってあっさり出てくるだろう。
それを封じ込めようにも、最大の武器であるカンテラはアーティファクト。アリス以外には触れず、奪うことも出来ない。猿ぐつわをした所で、あの黒い影を使って外されてしまえばそこまでだ。
物理的に喉を潰すか土で埋めるか水に沈めるか……それはもはや"捕まえる方法"ではなく"始末する方法"だ。攫ったのが商品としてなら、尚更できるはずもない。
一番弱くて捕まえるのが簡単なのに、無傷で保管しておける方法がノーチェには全く思い浮かばない。まさしく不思議な娘だった。
「でも、もし熱だして倒れてたり、酷いことされて動けなかったりしたら……」
「ううん……でもシラタマがいるしにゃあ」
普段は無害な小鳥のように振る舞っているが、ノーチェは知っている。
雪原地下の道中でアリスを厄介認定しているアイスゴーレムが狙い撃ちしてきた時、スフィよりも殺気を剥き出しにして巨大な氷塊でゴーレム核が粉々になるまで入念に轢き潰していた事を。
基本的にアリスの指示に従ってはいるが、害をもたらす相手を放置するとも思えない。
だからこそスフィだってアリスの護衛を安心してシラタマに任せているのだ。
「でも、シラタマちゃんアリスに弱いもん、お願いされたら断れないもん」
「確かににゃ」
「うぅん……」
何とかして助けに行く理由をひねり出そうとするスフィの言葉を、ノーチェは否定しきれなかった。
妹狼の可愛がり具合はスフィとシラタマで大差はないが、甘やかし方が違う。
おかしな言動には相当甘いスフィだが、アリス自身の無理や無茶にはかなり厳しい。一方でシラタマはアリスの無理を心配しつつも、止めきれないような甘さがあった。
何らかの目的で誘拐されたアリスの無茶を止めきれなかったのかもしれないと言われれば、否定することも出来なかった。
「とにかく、潜入する方法を探るにゃ。フィリアは衛兵のおっちゃんたちに報せてくれにゃ」
「わ、わかったから。すぐ戻るから無茶しないでね、絶対だよ?」
方針を決めたノーチェはフィリアに指示を出すと、今度は不服そうに唇を噛みしめるスフィと顔を突き合わせる。
「というわけにゃ、妹を助けるためにも落ち着いて動くにゃ、いいにゃ?」
「…………うん」
「よし、まずはあいつらが何者かを調べるにゃ」
フィリアが足音を消して走り去るのを見送ったふたりは、そっと建物の影から顔を覗かせ船の様子を探り始めるのだった。
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