├ちびっこ冒険者4

「アリス? アリス!!」


 何者かに踏み荒らされた寮の部屋を見て、スフィはしっぽの毛を逆立てて叫んだ。


 床に残った複数の靴跡、倒れている家具。しかし破損している部分はなく、戦闘の跡はない。


「スフィ、落ち着くにゃ」

「アリス! どこいったの!? アリス!」

「落ち着け!!」


 それだけ確認したノーチェが焦ってベッドの下を覗き込んだり、窓から外を見て叫んだりしているスフィの肩を掴む。


 動揺で震えていたスフィの視線が定まり始める。


「戦いの跡はにゃい、血の匂いもにゃい! アリスがただで捕まるとは思えにゃい!」

「でも……」

「あのちびがあれで強かなのは知ってるだろ! それにシラタマもいるにゃ!」

「う、うん……」


 体力的には理解できないほど虚弱で、傍目には終始ぼんやりしているようにしか見えないアリス。

 

 しかし頭が回るというのがノーチェたちの共通認識だ。姉であるスフィもその辺りはわかっていて。何より護衛についているシラタマの強さを知っている。


 雪原をでてからは暑さにやられたのか目に見えて弱体化していたが、それでもたまに襲ってくる魔獣を一蹴してのける程度の力はあった。


 そこらの賊相手に遅れは取らないと信じているし、アリスは錬金術の使い手。ひとり逃げ隠れるだけでいいなら何とでも出来る技術があった。


 動揺していたスフィはノーチェに諭されたことで多少の落ち着きを見せる。


「あ、ね、ねぇこれ!」


 ノーチェがこれからのことを話そうとしはじめた矢先、一緒になってアリスを探していたフィリアが声をあげた。


 フィリアの視線の先には、倒れた家具に隠れるように置かれた木片。


 そこには読みやすく整った字で『ちょっと誘拐されてるだけだから大丈夫。すぐもどる』と書かれていた。


「…………」

「…………」


 ちょっと買い物いってくると言わんばかりの暢気な内容に絶句するノーチェとフィリア。そんなふたりの背後でスフィの怒気が膨れ上がる。


「大丈夫じゃないでしょ!!」

「マイペースすぎるにゃ……」


 書き置きから察するに、誘拐しに来た人間にわざと捕まったとしか思えなかった。


 戦いの痕跡がないことも、普段は設置されている404アパートの扉が影も形もないことも意図的に回収したことを示唆している。


 どうしてそんなことをしたのか、脱出する当てがあるのかもわからないが、姉であるスフィから見れば無茶にしか見えない。


「とりあえず、追いかけよう!」

「……そうだにゃ、錬金術師のおっちゃんたちにも教えにゃいと」

「不審な人がいなかったか、聞こうよ」


 3人は顔を突き合わせるなり、すぐに行動の方針を決める。


「よし、まずは錬金術士ギルドにゃ!」


 かくして、ちびっこ冒険者たちによる妹分の捜索がはじまった。



 ノーチェたちはまず錬金術師ギルドに駆け込み、寮に賊が踏み入った事を伝えた。慌てた錬金術師の見習いが衛兵に連絡を入れに走るのを横目で眺めつつ、3人は錬金術師の制止を振り切ってギルドを飛び出す。


 衛兵に任せっきりという選択肢なんて端から存在していなかった。


「……にゃ?」


 大通りに飛び出し、スフィが匂いを辿ろうと気合を入れた所でノーチェが気づく。


 無数に伸びる脇道のひとつ、錬金術師ギルドを眺められる建物の陰から身なりの汚い少年がニヤつきながら自分たちを見ていることに。


「……おい! お前!」

「ッ!」


 鋭い声をあげるノーチェに驚いたのか、少年はやべっと小さな声を出して脇道の奥へ走っていく。


「待っ……って待つにゃスフィ!」


 この場にあって、誰より素早く動いたのは他ならぬスフィだった。


 精神的に自立しはじめた妹に対して寂しく思ってはいるが、大切に思う気持ちに陰りも偽りもない。ノーチェの言葉で状況を飲み込み落ち着いてはいても、全く冷静ではなかった。


 逃げる少年を追いかけ、唸り声を残して路地裏に消えていく。


「もー、姉バカ!」

「スフィちゃん待って! はやすぎ!」


 即座に追いかけて路地に入っていったノーチェとフィリア。ふたりとも脚力には自信がある獣人。


 単純なスピードだけならスフィ相手でも引けを取らない。慣れない路地で全力を出せないスフィを見失わずに追い掛けることができた。


 意外だったのが、少年は土地勘と地形を活かして何とかスフィの追跡を逃れていた。


「ひいいい!」

「まてええええ!」


 グルルルルと響く子狼の唸り声を背中に、少年は情けない悲鳴をあげて路地を走る。


 積まれた箱を崩し、砂を後ろ足で蹴りあげる。スフィは建物の壁を蹴って箱を乗り越え、腕で顔を守りながらしゃがんで砂を掻い潜り、どんどん距離を詰めていく。


 向かう先から漂う悪臭にスフィが顔をしかめながら顔をあげると、道の先にある建物の前で少年たちが屯しているのに気付いた。


「ギル!? 何やってんだ!」

「サープ! 助けてぇ!」

「あいつら確か……おい! 敵襲だ!」


 中心に居たのは、腕に傷がある短髪のガッシリとした体格の少年。年齢は13前後、このあたり一帯の裏町の子供をまとめる『海蛇サーペンタス』のリーダーであるサープだった。


 リーダーであるサープの号令を受け、建物の中から少年たちが棒を手に現れる。


 それでもスフィは臆することなく、しっぽを高くピンと伸ばし加速する。


「妹をどこへやったの!?」

「知らねぇよ! てめぇら、ここなら衛兵もこねぇ、やっちまえ!」

「うおおおお!!」


 太った少年が大きな角材を走ってくるスフィに向かって振り下ろす。


 姿勢をぐぐっと低くしたスフィは、鍛えられた健脚のバネでもって砂を蹴った。一瞬で横をすり抜け、太った少年の背後で余裕そうな顔をしていた別の少年の腹に蹴りを入れる。


「ごっ!?」

「てめ! なに……ふぎゃ!」

「アリスを返せぇ!」


 腹を蹴られた少年は白目を剥いて膝をついた。そのまま振り返ったスフィは、向きを変える途中の太った少年の膝裏を蹴りつけてバランスを崩すと、腰から外した剣を鞘ごと振るって後頭部を殴りつける。


「ぐるるるるる……!」

「ひ、ひぃ……」

「び、びびるんじゃねぇ、相手はちび女一匹だろうが、それでも男か!」


 一瞬にしてふたりを倒し、牙を剥き出して唸りを上げるスフィ。


 幼い身体から滲み出る怒気と覇気に、荒事に多少慣れているだけの少年たちのやる気が目に見えて萎えていく。


 スフィは確かに強い。小さいうちの1歳という絶望的な差を乗り越えて、喧嘩慣れしているノーチェ相手に互角に渡り合えるくらいだ。


 しかしながら喧嘩自体にはさほど慣れていない。村に居た頃に妹を守るため、近所の悪ガキを追い払った程度だ。


 経験値の少なさ故に、戦いになった場合の良い塩梅の手加減を知らない。


「妹をどこへやったの! いって!」

「だ、だから知らねぇって言ってるだろ!」


 必死なサープの返答を、スフィは嘘と判断した。根拠があったわけでもない、ただ冷静じゃなかっただけだ。


「くそ、女の癖にナメやがって!」


 気圧されていることに気付いたサープの反応は、将来のチンピラとしてある意味わかりやすいものだった。


 恐怖を感じさせられたことを怒りに変えて、酒に酔いつぶれた冒険者から奪った鉄剣を抜き放つ。


 それなりに使い込まれていた剣は、あまり手入れもされておらず多少錆びている。


 のし上がる前に手に入れた人を殺せる武器。それは握っているだけで、不思議とサープの心を落ち着かせた。


 彼等は所詮は平和な港街の悪童だ。スラムと呼ぶほど劣悪な環境でもなく、殺し合い奪い合いが発生するほど貧しい場所でもない。


 仕事は多く、真面目に働けば食うに困らない街であぶれたはぐれもの。悪さを繰り返し、仲間に引きずり込むため脅し傷つけはしても、それが命のやり取りまでいったことはない。


 だから、研がれた剣を向けるだけで大抵の子供は怯えて言うことを聞いた。


「わかるか、本物だぜ、わかったら大人しく」

「――――」


 剣を向けるサープに対して、スフィの表情は冷え切っていた。


 右手に鞘を押さえ、利き手である左手で柄を握る。抜き放った剣はアリススフィのために作り上げたもの。


 錬金術師はおおまかに研究調査を第一とする学士派、製作技術を第一とする技師派に分かれる。明確に区別されているわけではないが、技師派に属するのは物作りなどを専門とする錬金術師。


 アリスも言うなれば技師派に近く、その中にあってなお桁外れな基礎技術を持つ。


 スフィが握るのは、若かれど優れた錬金術師が全力を尽くした逸品だ。


 陽光を浴びて鈍く光る刃は、見ているだけで寒気を覚えるほどに研ぎ澄まされている。


 一瞬剣の輝きに見惚れたサープの前に、既にスフィは踏み込んでいた。


「『スラッシュ』!」

「はっ……!?」


 基礎である武技アーツを放つスフィの剣がまとうのは、オレンジがかった白光。


 身体にかかる建物の影を切り裂くように振り抜かれた一撃が白い軌跡を描く。一拍遅れ、サープの握る剣が刀身半ばで断ち切られた。


 半分になった自分の剣を見つめるサープの耳を、硬いものが砂に落ちる音が打った。


 鉄の塊を剣で断ち切るという、彼等からすれば非現実的な光景を見せつけられて少年たちの心はすっかり折れた。静かになったところで、スフィはサープに剣を突きつけて再び問うた。


「……妹はどこ」

「……」


 ここまでわずか1分足らず。


「スフィ! うわもうおっぱじめてるにゃ!」

「スフィちゃーん、落ち着いてー!」


 ノーチェたちがようやく追いついたときには既に決着がついていた。

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