├ちびっこ冒険者3

 盗人騒動から数日、ノーチェたちはあいも変わらず見習い仕事に精を出していた。


「おーい、もう上がっていいぞー、おつかれさん」


 馬車で運ばれていく最後の荷物を見送ってから一息ついている子供たちに、船の上からまとめ役の漁師が声をかける。


「わかったにゃー!」

「おつかれさまでした」

「おじちゃんおつかれさまー」


 口々に言葉を返して、片手をあげてその場を去る。


 例の騒動以降、ノーチェたちは余計な疑いをかけられないため、仕事が終わると真っ直ぐ帰るようにしていた。


「アリスちゃん大丈夫かな?」

「お部屋からでるなって命令してるから、へーき!」


 衛兵がやってきた日の夜。


 自室兼アトリエにしている404アパートの洋室で何かしら作業していたアリスは、翌朝様子を見に来たスフィによって、何故かベッドと壁の隙間に上半身を突っ込んで唸っているところを発見された。


 同時に雪原を出た時点から当日まで熱が出ていたことが発覚。


 無駄に隠すのがうまくなっていたことにブチギレ状態のスフィによって、強制的に療養に入ることを約束させられた。現在は寮に設置した404アパートの中でシラタマに看病されている。


 アリスも渋ってはいたが、言い訳するたびに段々無表情になっていく姉に恐れをなしたのか、途中からは素直なものだった。


 命を狙ってくる怪物相手であろうと泰然自若を体現する末っ子だが、ノーチェですら怯えを隠せない姉の本気には勝てなかったようだ。


「おや、おちびちゃんたち、もう仕事あがりかい?」

「おっすおばちゃん、そうにゃ」

「今日もえらいねぇ、おやつに持っていきな」

「ありがとうおばちゃん!」

「ありがとうございます」


 冒険者証を見せつつ港の門を抜けて、門前市場で漁師の奥さんがやっている魚のすり身の串焼きの屋台前にてアリスの分も含めて1人1本ずつ串焼きを貰い、帰路を急ぐ。


 見習い冒険者ともなると礼儀を知らない……習っていない子供も多い。


 保護者のしっかりした教育の結果、元気があってそれなりに礼節を弁えているノーチェたちは主に年配の人たちから気に入られていた。


 獣人の真似をして盗みを働く悪童とは関係ないことを信じて貰え、仕事の環境も変わらない。


 しかし被害は止まることはなく、直接知らない人間から嫌な視線を受けることが増えつつあった。


「しっかしあいつら、獣人のフリなんて何考えてるにゃ」

「ほんとだよねー」


 大陸西部、バティカル教国に近いほど普人ヒューマン至上主義が強くなる。そんな光神教圏内で過ごしてきたアリスたちにとって、自分たちに濡れ衣をかぶせるためにわざわざ獣人のフリをすることが理解出来ずにいた。


 ぼやきつつも、道に敷き詰められた砂を踏みしめて大通りを歩く。


 暫くして錬金術師ギルドが近くなったところで、丁度ギルドから出てきた黒いローブを羽織った女性がノーチェたちに気付いて声をかけた。

 

「あ、スフィちゃん! 丁度良かった」

「マリナおねえさん?」


 僅かに薬の匂いを漂わせる女性錬金術師の名前はマリナ。パナディア支部に所属する薬学を専門とする錬金術師であり、第1階梯『ジェレーター』を示す1枚羽のフラスコの銅バッジが胸元で誇らしげに輝いている。


 距離を詰めたところで、マリナは頭を撫でそうになった手を既の所で止めて、笑顔のまま話しかける。


 獣人の幼児を見ると頭を撫でたい衝動に駆られるという、大陸東部でも獣人と生活圏が近しい地域出身の若者が罹る病のひとつだ。


「これアリスちゃんのお薬、調子はどう?」

「ありがとう! 今日はおとなしく寝てたよ、だいぶいいみたい」


 木箱に詰められた薬を受け取り、スフィは笑顔でお礼を言った。養い親であったハウマスの調べた限り、アリスの虚弱さの大まかな原因は内臓の脆さにある。


 当時はハウマスが手を尽くし、滋養強壮の薬を用意していたこともあって体調は日常生活を行える程度に改善していた。


 しかし旅に出てからは材料も手に入らず、アリスは殆ど気合と精神力でどうにかしていた。


 高熱と全身疲労を平然とした顔で受け流して働いていたことは他の職員をドン引きさせ、特に薬学部や出入りする医療部の錬金術師を激怒させた。


 幸いにも効果のあった薬品のレシピはアリスが把握しており、さほど難しい調合が必要となる薬でもなかったため、現在は薬学部の錬金術師が定期的に作ってスフィに渡している。


 周囲全てから本気目のお説教を食らったアリスは出勤も停止させられた。感染系の疾病ではないとしても、体調不良の子供に気付かず働かせていたという事実は、特に医薬を専門とする錬金術師のプライドに傷をつけたようだった。


「……起きてなにかしてたのスフィに見つかって、しっぽがぼーんってなってたにゃ」


 訳もなく、作業台片手にデスクのパソコンで調べ物をしている所をスフィに目撃され、耳としっぽの毛をまるで爆発したかのように逆立てていたりもした。


「ある意味それも病気ね……」


 悪い意味で大人しく休むことをしないアリスに溜息をつきながら、受け取った薬を大事に鞄にしまうスフィを見下ろして苦笑するマリナ。


「でも、おとなしくねんねしたから!」


 ハッキリ言い切るスフィに何も言えず、ノーチェは肩をすくめてフィリアは頬を引きつらせた。


 見つかったアリスが酷く怯えた様子でベッドの中に潜り込んだのを、自発的に大人しくしたと見るべきか強制的に大人しくさせたと見るべきか。答えは見つかりそうもなかった。


 ちなみにシラタマは小サイズのままデスクの上に作られた止り木の上で呆れていた。


 どうやら末っ子を止めることが出来るのは姉だけらしい。


「元気になるのをみんな待ってるから」

「うん、伝えるね! おねえさんありがとう!」

「いえいえ、どういたしまして」


 そのまま外回りに出るマリナを見送り、スフィたちは大通りに面する錬金術師ギルドの横道に入り、すぐ裏手にある寮の中へ。


 玄関を通り過ぎ、ラウンジを抜けて奥にある自分たちに充てがわれた部屋の扉を開けて……。


「……え?」


 いつも設置されている扉がなくなり、何者かに荒らされたままの誰も居ない室内を見て凍り付く。


 スフィの手から滑り落ちた半紙に包まれた粉薬の詰まった木箱が、床に当たって重い音を立てた。

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