├ちびっこ冒険者2
アリスたちが借りている錬金術師ギルド寮の中で、厳しい顔つきをした中年の男性とノーチェたちが向かい合っていた。
男性は衛兵の服を着ていて、ガッシリとした体付きからかなり鍛えていることがわかる。
唐突に現れた衛兵に対して警戒するノーチェは、無意識に相手との力量差を測って緊張を露わにしていた。
「(スフィとふたりがかりならギリギリ抑えられるかにゃ……)」
外に部下らしき青年を残し、ひとり入ってきた男性はどうやら隊長格。感じる気配からまともに戦いになればと厳しいと判断し、妹を背中にかばっているスフィとアイコンタクトを取る。
「(というか)」
「それで、ご用件は?」
「あぁ、つい先程大通りであった盗人騒動で捕まった下手人についてだ」
スフィの背後からひょこっと顔を覗かせているアリスが、普段と全く変わらぬ調子で言った。
「(にゃんでこいつは平然と部屋に入れるにゃ……!!)」
ノーチェとスフィのにらみつける視線も何のその、いつも変わらず眠そうな表情のアリスが堂々とした態度で衛兵に応対する。
つい先程「どうぞ」なんて軽々しく言って招き入れたのもアリスだった。
「参考人とは?」
「……捕まった奴が、黒い髪の猫人の子たちも仲間だと言い張っていてな」
少し言いづらそうに告げられた言葉に、ノーチェとスフィのしっぽが怒りで膨らんだ。
「うそだもん!」
「そんにゃ奴ら知らねぇにゃ!」
「だろうな」
とっさに出てきた子供たちからの反論に、衛兵は困ったような笑みを浮かべて溜息を吐く。
「……にゃ?」
「俺は話を聞きに来ただけだ」
ここでようやく、衛兵に敵意のようなものがない事を察した。
ノーチェとスフィが冷静になり、ふたりの背後でアリスを守るように抱きしめていたフィリアの力が緩む。
フォーリンゲンの住人に、雪原で遭遇した貴族の態度。宿屋の門前払い……。
積もり積もった不信と不満に密かに荒れていた3人は、あまりにもあっさり信じて貰えたことに困惑を隠せないでいた。
「……ノーチェたち、ずっと監視されてたでしょ」
助け舟を出したのはアリスだった。
「ここのところ子供の行方不明事件が相次いでいたからな。獣人の子……中でも女児は力が弱いと狙われるから気にかけてはいたんだ」
基本的に獣人は人間よりも身体能力に長けていて、男児でも大人顔負けの力を見せることがある。人攫いなどには女児が狙われる傾向があった。
保護者などが周囲に居ればガッチリとガードをしているが、アリスたちに明確な保護者は居ない。それもあり、仕事終わりの行き帰りには衛兵たちも気にかけていたのだ。
弁解するように言葉を続ける衛兵に、怪訝そうな表情を見せるノーチェたち。
「つまり、ここのところの行動全部みられてたの」
「船着場からの行き帰りだけな。……小さいのに賢い子だな」
「あー……」
「あぁー」
ふたりの言いたいことに気付いて目を見開くノーチェとスフィに、手のひらをぽんと合わせるフィリア。
納得した様子を見せる3人に、衛兵もようやく力を抜いた。
「とはいえ証言がある以上、確認はしなきゃならんかったから話を聞きにきたんだ。改めて聞くが奴らの仲間ではないんだな?」
「ちがうにゃ! あたしの仲間はこいつらだけにゃ!」
少し落ち着いて、今度はきちんと胸を張って言い返すノーチェに衛兵はわかったとばかりに頷く。
「君たちもそうか?」
「うん!」
「そうです」
続いてスフィとフィリアも質問に頷いたことで、形式的な事情聴取は終わった。
「でも、疑われちゃってるかな……」
緊張が解けたところで、ぽつりとこぼれ落ちたスフィの呟き。少し暗くなりかけた空気を衛兵が笑い飛ばした。
「あぁ、お前さんたちが依頼を受けてる漁師のおやっさん達なら、あの娘らはそんな子じゃねぇって怒ってるくらいだから大丈夫だろう」
「え?」
子供たちの視線が集まったことで、腕を組んで姿勢を緩めていた衛兵は面白そうに表情を緩めて少し前に聞いた事情を語りはじめる。
「証言を聞こうとした部下がな。あの子ら挨拶もちゃんと出来て仕事も真面目にする、今どき珍しいくらいの良い子たちだ、あんな悪ガキ共とつるんでる訳ねぇって怒られたってよ。悪い誘いも断って、そのことをきちんと相談してきた正直な子だってさ」
漁師たちの言葉を飲み込んだノーチェは暫くぼんやりとしたあと、恥ずかしそうに頬を赤らめてそっぽを向く。
何のことはない。ノーチェたちの普段の行いが漁師たちに認められて、誘いがあったことを正直に伝えたことで正直な娘だと評価された。
だから信じて貰えた、それだけだ。
ノーチェとスフィの背後で嬉しそうに揺れるしっぽを、誰も指摘しないでいた。
「ふん」
「えへへ」
和やかな空気になったところで、
「だから疑ってはいない、だが……」
「裏町の子供が巻き込もうとしてる?」
「あぁ、捕まったのはベベルっていう、裏町を根城にしてる『
上がったふたりのテンションがわずかに下る。しょんぼりする姉貴分ふたりの背中を慰めるようにぽふぽふと叩いた。
「……っと、これから別の所も回らなきゃならないんだ。くれぐれも気を付けてくれ」
「わかったにゃ」
話を終えて部屋を出ていく衛兵の背中を見送って、ため息をつく姉たち3人。
それを尻目にひとり、末っ子は考え込むようにくぅんと鳴いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます