├ちびっこ冒険者1

 パナディアはゼルギア大陸西部の海側の玄関港を抱える国家。年間を通して温暖で、冬季であっても他地方の夏のように暖かい。


 東部各国はもちろんのこと、大陸周辺に点在する島国との交易も盛んで豊かな国だ。


 パナディア最大の港の船着場は、普段商船や旅行船でごった返す喧騒が嘘のように静まり返っていた。


 原因は明白。夏季の終わりが近づき、潮の流れが変わる時期にやってくる海賊のせいだ。


 大陸西部から流れてくる海賊たちは装備も充実し、まるで騎士団の情報を察しているような逃げ足の速さもある。毎年のようにやってくる厄介な外敵に、パナディア政府も頭を悩ませていた。


 この時期は漁船も沖合に長居することが出来ず、漁獲量も減る。昼を過ぎれば漁も終わって港で荷降ろしをしながら暇を持て余す始末。


 そんな漁師たちに混じって働く小さな姿。


 パナディア冒険者ギルドでの主な見習い仕事は漁師の手伝い。種族も年齢もまばらな子供たちは、それぞれの依頼主について簡単な仕事をこなしていた。


 子供たちの中でもひときわ目立っているのが、ノーチェ率いる冒険者パーティ……名前はまだない。


 類まれな身体能力を活かし、荷物の積み下ろしから漁獲物の護衛まで活躍。港町に来て1ヶ月そこらにもかかわらず、漁師たちから信頼を得ていた。


 午前の仕事も終わり、3人が揃ってアリスの作った弁当を食べているところにひとりの少年が駆け寄ってきた。


 見習い冒険者の少年で、たまに挨拶をする程度の顔見知りだ。


「なぁ! 砂色の髪の狼人ヴォルフェンって心当たりあるか、5歳くらいの女の子!」


 開口一番、少年は明らかにスフィを見ながら言った。


 アリスとスフィは年齢に対して小柄で、大人や年上の男子からは実年齢より低く見られる傾向があった。


「!?」

「何かあったにゃ?」


 とっさに立ち上がったスフィに先んじてノーチェが聞き返すと、少年は息を整えて話し始めた。


「さっき港で盗人騒動があって、猫人フェリシアンの子供が捕まって、その時に狼人の女の子が怪我をしたって大人が……うわっ!?」

「スフィ待つにゃ! あぁもう……」


 最後まで言い終わる前に、凄まじい速さでスフィが駆け出した。驚く大人たちの横をすり抜けて、あっという間に見えなくなる。


 比較的冷静なノーチェが止めようとしたものの、スフィは妹の危機には恐ろしく過敏だった。


「んぐ、ぐ」

「何があったにゃ、あいつがそこらのガキにやられるとは思わにゃいんだけど」


 残ったサンドイッチの欠片を口に放り込んでノーチェが後頭をかく。慌てた様子で残りを口に詰め込んでいるフィリアを横目で見ながら、困ったようにしっぽをうねらせた。


 ノーチェからみたアリスの評価は『不思議ちゃん』だ。


 出会った当初は触れれば即壊れる砂細工のように見えて触ることすら憚られたが、旅を共にすると意外と根性があって肝が据わっていることがわかった。


 どこで倒れていても不思議じゃないほど虚弱な子ではあるが、そこらの子供にやられるとは思いにくい。


 圧倒的に弱いのは間違いないのに、何故か弱いと決めつける事ができない理解不能な不思議ちゃん。


 『誘拐された』、『まさかと言いたくなる場所で行き倒れていた』と言われる方がすんなり理解できた。


「お、俺も詳しくは……でも特徴を聞いたらお前らの関係者かもって」

「情報はあんがとにゃ、場所は大通りにゃ?」

「あぁ、錬金術師ギルドの近くだって」

「フィリア、走れるにゃ?」

「げほっ、大丈夫!」


 サンドイッチを飲み込んだフィリアを連れ立って、ふたりは風の如き速さでその場を後にする。


「獣人、超はええ……」


 残された少年が、一瞬で小さく小さくなった後ろ姿をながめて呆然とつぶやいた。



「…………」

「アリス! しっかりして、だいじょうぶなの!?」


 ノーチェたちが錬金術師ギルドで事情を聞き、"アリスがしゃがんだところに盗人が躓き、それに巻き込まれて倒れた"こと。幸い怪我はなく、大人に送られて寮に戻ったことなどが判明。


 スフィに一歩遅れて寮の部屋に入ったところで、ぐったりとするアリスを抱きかかえるスフィを発見した。


「怪我はないっていってにゃかったか、どうしたにゃ!?」

「アリス! しっかりして! やだぁ!」


 慌てて駆け寄ったノーチェ。アリスは閉じていた目を薄っすらと開いた。


「みぞ、おち、たい、あた……」

「……スフィ、もう楽にしてやるにゃ」

「うっ、うっ、アリス、心配させないでよぉ」


 とぎれとぎれの言葉に何かを察したノーチェが泣きじゃくるスフィの肩をぽんと叩いて引き剥がす。


 双子の妹を誰より可愛がり心配しているはずの姉は、ありあまる体力のせいで時々加減を間違える。


 妹が体力が絶望的にないだけで身体は意外と頑丈なのを本能的に察しているのかもしれない。どちらにせよ当人にとっては迷惑きわまりない話だった。


「たすかった」

「スフィはもうちょっと落ち着くにゃ」

「うん……ごめんね」


 数分後。落ち着いたところで意気消沈し、耳を寝かせるスフィの頭をアリスがよしよしと撫でている。


 アリスも多少の理不尽は感じているが、体当たりそのものは気にしていない。


「それにしても、何があったにゃ?」

「んーと……」


 ノーチェの問いかけに、アリスは困ったように「くぅん」と鳴く。考え事をする時に見られる、本人も自覚していない癖のようだった。


「多少聞いた程度で推測が多いけど……裏町の子供がノーチェを狙い撃ちに評判を落とそうとしたみたい」

「は?」

「え?」


 予想外の言葉に3人の呆然とした声が重なる。


「ノーチェに悪事の勧誘をにべもなく断られて、裏町の悪ガキのリーダーが怒ってるみたいなこと、あの子言ってたから。……連行される途中で」

「それって……」


 言いかけたスフィを、アリスが唐突に手を前に出して制する。


「アリス?」

「詳しく聞ける人が来たから、そっちから聞こう」


 アリスの顔の向かう先を追って、全員の視線が入り口の扉へ向かう。


「湾岸警備隊のものだ、今回の事件について参考人として話を聞かせて貰いたい」


 程なくして控えめにドアがノックされ、落ち着いた声の名乗りが響いた。

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