港暮らしのおおかみたち4

「ねぇ」

「ぐおおおお……」


 いつもの錬金術師ギルドの休憩室。それなりに広く作られたラウンジのソファに腰掛けながら、ぼくは肺に取り込んだ空気を口を開けずに静かに吐き出した。


「ねえ」

「いけるか、いや、しかし……」


 目の前ではぼさぼさ髪のカート練師がぼくを睨みながら唸っている。ぼくは今度こそため息を隠さなかった。


「これで最後にしない?」

「ばっかお前! 子供に小遣い全部毟られたまま終われるか!」

「カート、あんた自信満々だったのに弱すぎじゃない?」


 ぼくからすれば作業終わりの昼休み、カート練師にギャンブルを持ちかけられた。揃えた絵柄による役の強さを競う……要するにポーカーだ。


 子供相手にギャンブルかよと思ったけど、どうやらマリナ練師をデートに誘うのに協力してほしいようだった。


 受付や事務職員は女性比率高いんだけど、錬金術師となると殆どが男性だ。見習いとして入っている学士の子も、10人中男9人に対して女1人いれば多いというレベル。


 東側ではもうちょい女性比率が高いようだけど、圧倒的な男所帯ということに代わりはない。


 なので一応は小さな女の子であるぼくを、マリナ練師はとても気にかけてくれていた。


 そんな訳で子供を利用するという姑息な手段を弄したカート練師を、ぼくは全力でボコっていた訳だ。


「そろそろつかれた、降りるかきめて」

「ぐおおおお!」


 こっちは剣……トランプでいうジャックのスリーカード。あっちの手札はキングと10のツーペア。こっちの手札の方が強い。


 絵柄や名称が違うだけでトランプの互換っぽいのですぐに覚えられた。


「ぐ、ぐぐ、いいや、やる、いくらなんでも次こそは勝てるはずだ!」

「ふああ……」


 昼休みも終わりが近いし、お弁当を食べたばかりだから段々眠くなってきた。


「よし、勝負だ! ツーペア!」

「はい」

「ぐわああああああ!」


 力強く机にカードを叩きつけたカート練師が、こっちの手札を開示した途端断末魔の声をあげて崩れ落ちた。


「なんで……どうして……! ありえない……どうして俺が……! こんな目に……!」


 1時間ほどで銀貨20枚近く毟りとったせいか、カート練師がぐにゃあってなってる。カート練師は嘱託じゃなくて所属だから給料制なんだけど、途中で熱くなって1ヶ月分のお小遣い全部乗せてきたんだよね。


「あ、悪魔ッ……! ふわふわのッ……悪魔ッ……!」

「しっかしおちびちゃんゲーム強いわね、全部勝ってない?」

「イカサマしてるから」


 お茶を飲んで一息ついていると、ガゴっと音をさせてカート練師が立ち上がった。かと思いきや膝を抑えて再び転がった。


 ……何がしたいのかわからないけど、ダメージが落ち着いたのか震えながらカート練師が身体を起こした。


「い゛っ、イカサマ!? どうやって! すり替えたのか!?」

「カードの配列ぜんぶおぼえた」


 どこに何が入っていてどう動いて今どこにあるのかも把握してる。


 前世に世話役できてた詐欺師の人がこれやってボロ儲けして命狙われたりしてたって話を思い出して、今ならやれるかなーってやってみたら普通にできちゃった。


 話を聞いていたマリナ練師が、山になっているカードの一番上をぼくに見せないように持ち上げた。


「これは?」

「火の7」

「次は?」

「水の剣、もうちょいズレてたらフォーカードだった」


 惜しかったね。


 なおトランプにおけるスートはこっちでは土水火風である。


「記憶力いいんだねぇ」

「いやそういう問題じゃないだろ! 俺の小遣い!」

「子供からお金巻き上げようとした天罰じゃないの?」

「銀貨2まいでかんべんしといてやる」

「くそぉぉ……!」


 勉強代と時間代だけもらって残りはぜんぶ返す。姑息な企みにつきあわされた分だ。


「いっそストレートにさそったら?」

「…………」


 根本的な指摘をしたところで目をそらされた。


 根っから男児なこの錬金術師は素直に振る舞うということを知らないらしい。前途多難だろうなぁ。



「じゃあぼくはこれで」

「気を付けてね」

「お気をつけて」


 寮への帰り際。訪問の用事があるというマリナ練師と小姓の見習い少年と玄関まで一緒に行動していた。


 手を振って分かれ、寮へ向かって一歩踏み出した瞬間遠くから叫び声が聞こえる。


「盗人だ! 捕まえてくれ!」


 おや? と振り返ると、こっちに向かって走ってくる人影が見えた。


 咄嗟に構えを取るマリナ練師と、あわあわしながら彼女を庇おうとする見習い少年の背中越しに相手を観察する。


 ぼくより上だけど、見るからに子供。襤褸をまとっていて、その隙間から揺れる細長いしっぽが見える。


 ……獣人かよ、厄介な。


「こ、こら! おとなしくっ」

「どけよ!」


 見習いの少年が思いきり押しのけられて道に転がった。砂を敷き詰められてるから酷いことにはならないだろうけど……それにしても妙だ。


「大丈夫っ!? って、おちびちゃん危ない、逃げて!」


 咄嗟に少年を助け起こそうとしていたマリナ練師が、奴の進行方向にぼくがいることに気付いて声をあげる。


 一方でぼくは危険を感じてなかった。


 というか……くっそ遅い。


 なんの獣人かはしらないけど、普通の獣人ってこんなもんなの?


 スフィなら少年は壁までふっとばされて、今頃ぼくは宙を舞ってる。ノーチェならとっくにぼくたちを追い抜いてしまっているだろう。フィリアなら屋根まで飛んで、そのまま文字通り脱兎の勢いだ。


 その点この子はスピードもパワーも圧力がないと言うか……。


 一般的な普人ヒューマンの視点に近いぼくから見ても、まるっきり普通の子供って感じだった。


「どけぇ――うわぁ!?」


 相手の視界から消えるようにその場でしゃがみこんで、右足で払うように相手の足首を引っ掛ける。走っている盗人少年は突然消えたぼくに動揺したのか、受け身も取れずに地面に倒れ込んだ。


 同時にぼくもばたりと地面に倒れ伏した。


「大人しくしろ! お嬢ちゃん大丈夫か!?」

「…………うぅ」


 高速で動いたから立ちくらみが……。


「誰かそっちの嬢ちゃんに手ぇ貸してやれ!」

「しっかりしろ、平気か!?」


 状況を把握してこっちに向かっていた職人風のおじさんたちがわらわらと集まってきて、ぼくを助け起こした。


「離せ! 離しやがれ!」

「っておめえ、酒屋通りのベベルじゃねーか、何だその格好」


 横目でちらりと、お縄についた下手人を見る。


 襤褸を剥がされた姿は薄汚れた普人の少年……その頭と腰には、いかにも作り物な三角形の耳と長い尻尾の飾り。


 ……猫の獣人の、仮装?


 他の国よりマシとはいえ、差別意識そのものは存在してるパナディアで……わざわざ?


「最近よそもんの猫人フェリシアンが盗みを働いてるって噂になってたが、まさかおめえか!?」

「なんでそんなことしてんだ?」

「うわぁぁ! 離せよ!」


 暴れながらも、ガッシリした腕で掴まった少年に逃げ場はない。連行されていく偽猫人を見送り、ぼくはため息をつく。


 穏やかな日常が続くと思っていたのに、また騒動の気配が近づいてきていた。

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