港暮らしのおおかみたち3

「スープめちゃくちゃうまかったにゃ」

「またつくれる?」

「んー」


 ブイヤベースはみんなに大好評で、あっという間に鍋が空になった。


 『海の宝』と呼ばれている食材の出汁が染み込んだ他の食材も絶品で、残ったらお米と合わせておじやにでもしようかと思ってたのに一滴も残らなかったね。


「シラタマ」

「ヂュリリ」


 また手に入るか聞いてみたけど、否定……というか警告に近い返答が返ってきた。


「危ない?」

「チー……キュピピ」


 危なくはないらしい。おおまかに気持ちは伝わるけど、言語による細かな意思疎通が出来ないのでこういう詳細を詰めるとなるととたんに大変になる。


「さらわれる?」

「キュピ」


 今度は肯定。


「うまいもんを餌にアリスを釣ろうって魂胆のやつがいるにゃ?」

「そんなわるいひとから貰ったものなの!?」


 ノーチェの言葉に反応し、がたんっと椅子を鳴らしてスフィが立ち上がった。


「…………」


 一方でシラタマは困り顔だ。こういうときは詰めていくよりまず一気に進めて情報を削ったほうがいいか。


「相手はぼくを捕まえるための餌としてあの生き物をくれたの?」

「ピピ」


 否定。


「相手にぼくを害する意思はない?」

「キュピ」


 強い肯定。


 うーん、深海生物くれたってことは海の生き物だろうし、シラタマの反応からして知り合いっぽいから海に関する精霊とか?


 で、危害を加えるつもりはない。純粋なプレゼントだから受け取ってきたと。


 ……もしかしてだけど。


「……ぼくを保護するために海の底に連れ去りかねない?」

「キュピ」


 はい、肯定。精霊怖っ!


 あんまりこっちの事情を斟酌してくれない感じが、前世で遭遇したアンノウンたちを思い出す。


 相手が好意的であることと害が有る無しは全く別の問題なのだ。


「精霊にモテるのも大変だにゃ」

「どうして……」

「シラタマちゃん、アリスが連れて行かれないようにまもろうね!」

「キュピ!」


 こっちは精霊と動物の見分けもつかなければ、察知することもできないのに。なんでこんなに意識を向けられるのか……わからない。



 精霊アンノウンといっても性格も動き方も千差万別だ。


 全くこっちの事情を考えずに自分の考える好意をぶつけてくるのもいれば、シラタマみたいに色々と察した上で尊重してくれる子もいる。


「シラタマちゃん、そっち持って」

「キュピ」


 ごはんとお風呂が済んで、寝床の準備中。和室の上でシラタマとスフィが協力して布団を敷いている。


 シラタマとスフィの仲は見る限り良好で、シラタマも少なからずスフィに好意を持っているようだった。


 フィリアとも穏やかにやっているし、ノーチェとは喧嘩友達みたいな感じ。


 当初こそシラタマを見て3人共おっかなびっくりだったけど、今ではすっかり馴染んでいる。


「そういやぁ水遊び中止になりそうにゃ」

「やっぱり?」


 枕をぽーんと敷かれた布団の上に投げながら、ノーチェがつまらそうに胡座をかいた。


「海賊近くにいるし、悪ガキどもがうろついてるのに女だけで水遊びなんてダメだって漁師のおっちゃんたちがにゃ」

「仕方ないよ、危ないのは本当だし……はいアリスちゃんの枕」

「ん」


 残念だけど水遊びはお預けになりそうだ、海賊騒動が明けたらさっさと船に乗ってシーラングに渡りたいし。惜しかったなぁ。


「アリス、なんでちょっと嬉しそうなの」

「表情変わんにゃいが」

「しっぽ」


 内心で残念がっていると、スフィがぼくの背後を指差した。咄嗟にゆったり揺れていたしっぽを止める。


「……にゃるほど、そこかにゃ」

「…………」


 誤魔化しきれなかった、いまだしっぽと耳の動きのコントロールは出来ない。


「でもお船に乗るし、水着は買いにいこうよ」

「留守番してる」


 ……今の自分が女の子であることはある程度割り切ってる、小さい頃にスカートなんかの女の子らしい格好が嫌だったのはたぶん、自分の性自認に違和感があったからだ。


 違和感の正体に気付いた今は、嫌ではあっても我慢は出来る。だから街中で着る服がワンピースだったとしても……下に半ズボン履いたりはしたけど、抵抗はしなかった。


 でも水着と聞いて頭に浮かぶのは、現代風のきゃぴきゃぴした少ない布地のもの。知ってるのなんてそれくらいだから仕方ない。


 さすがにそれを着るのは抵抗が凄い。こう、想像するだけで何かが削られる感じがする。


 割り切って前に進むことは出来ても、過去から引き継いできたものは捨てきれない。


「……アリス」

「……やだ」


 ジリジリと近づいてくるスフィから距離を取る。シラタマはスフィがぼくに対して意図的に危害を加えないとわかっているのか呆れた様子で見守るだけだ。


「まて!」

「やだ」


 布団の上でばたばたと追いかけっこがはじまった。


「おー、逃げるのがんばれにゃー」


 横に寝そべった、やる気を感じない涅槃ポーズでノーチェが応援してくる。フィリアは敷き終えた布団の上で枕を抱きしめて苦笑している。


 くそう、味方がいない。


 当然逃げ切れるはずもなく、あっさり掴まって布団の上に組み伏せられる。


 手加減されてるから痛くも苦しくもないけど、動けない。


「おねえちゃん命令!」

「横暴……!」

「まぁ諦めるにゃ、別に減るもんじゃにゃし」

「アリスちゃんが気に入るの、あるといいねぇ」


 暢気なふたりの後押しを受けて、結局回避は失敗した。


 せめてこっちの水着がやぼったくあれ!

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