海賊の季節

「最近泥棒が多いらしいにゃ」


 夕食の最中、ノーチェがそう切り出した。


「泥棒?」

「うん、裏町の子たちがね」

「あぁー……」


 人の行き来が激しいこの街にも、当然のようにスラムはある。


 密航してきて保護者と死に別れたり、奴隷船から逃げ出して行き場がなくて住み着いたり。事情は様々。


 錬金術師ギルドでもぼくのような見慣れない子供が働いてると、スラムの子供と勘違いされることがよくあるので、見兼ねた先輩方から事情を聞かされた。


 主な顧客は商人なので、面倒なのもあってやり取りは大人に任せている。


 成り上がりものは人を外観と肩書でしか見れないとは孤児上がりの錬金術師のお兄さんの言葉だ。


 まぁ実際に絡もうとしてくるのは商人のお付き、親類、何代目さんの順番で、『歩き行商から一代で成り上がった』みたいな人はすぐにバッジに気付いて慇懃に振る舞うことが多かったりするんだけど。


 そんなわけで、ある程度の事情は知ってるつもりだったんだけど。


「急に増えた?」

「そー、ここ数日で急にって。おじさんたちぴりぴりしててちょっと怖いの」


 今まで見張りの仕事で追っ払っていたのは獲物を狙ってくる海鳥とか、海からあがってくる魔獣とかだった。


「それにあいつら、協力しろってうざったいにゃ。んなことしねぇっての」

「……ふむ」


 しかも狙って来る子たちは『分け前を渡す代わりに見逃せ』という要求もしてくるらしい。


「泥棒はダメだもんね」

「そうにゃ!」


 なんだか慣れてる感じがするなぁ。今までは無かったってことは、良くない連中が流れてきたりでもしたんだろうか。


「ノーチェ、それ良くない」

「わかってるにゃ」

「そうじゃなくて、漁師のおじさんたちには持ちかけられたって話、した?」

「そんなのする必要あるにゃ? 変に疑われるのは嫌にゃ」


 ノーチェの言いたいこともわからなくはないけど、頭が回りそうなのが敵にいるなら相手に付け入る隙は残しておきたくない。


 根回しというのは信頼されてる時にやらなきゃ意味が薄い、疑われてからでは遅いのだ。


 たいちょーが言ってた。


「どっちにせよ疑いをかけられるようなことをされたら疑われる、与り知らぬ所でへんな疑いをうえつけられるより、ぜぇ、事前に情報を、げほっ、共有しといたほうがいい」

「アリス、お水飲んで」


 スフィに渡された水を飲んで息切れを落ち着かせると、改めて咳払いをする。


「ごほん、これで疑うのは最初から疑ってる人、雇い主に相談しておくべき」

「んー……わかったにゃ、明日話してみるにゃ」


 今の時点で獣人の子供を信用して使ってくれてる漁師なら、変に疑うことはないだろう。


「そういえば、海辺にね、水あそびする時のおようふくが売っててね」


 ノーチェが頷いたところでスフィが別の話をはじめて、海辺で売っている水着を見に行こうという話になった。


「アリスも今度みにいこうね」

「ぼくは普段着でも」

「おねえちゃん命令だから」

「……うん」


 のらりくらりと回避しようとした矢先に逃げ場を塞がれた。救いはなかった。


 うちのお姉ちゃんは普段優しいのに時々横暴だ。


 ……というかこっちにもあるんだ……水着。



 そんな話をした翌日の朝、錬金術師ギルドに出勤するなりフロアで衛兵を見かけた。


 ゆったりとした砂色のケープとターバンみたいな頭の巻き布が特徴だ。


「何かあったの?」

「あぁ、海賊が出たらしいんだよ。毎年このくらいの時期になると海流に乗ってやってくる奴らが居てね」


 近くに居た先輩錬金術師のおじさんに聞いてみた。


 何事かと思えば、海賊が出たのでそれ関連の警告にきたようだった。


 毎年このくらいの時期になると大陸西側から海流に乗って海賊がやってきて、近場を荒らしていくらしい。


 船の往来を一時的に止めて、パナディア領の海遊騎士団が対処にあたる。大体一月くらいは足止めされてしまうのだとか。


「タイミング悪かった」

「まぁ仕方ないさ、暫くの辛抱だ」


 海賊は中々にやり手みたいで、騎士団が出張ってくるとうまく身を隠しつつ適当に暴れて逃げていってしまうらしい。


 騎士団総出でも、追っ払うことは出来ても決定的な捕獲はできないのかー。


「特定の有力者だけ運良く襲撃をのがれてるとか、ない?」

「こらこら、滅多なことを言うな」


 冗談めかして言った言葉に返ってきたのは、しーっと指先を口元に当てるジェスチャー。人の欲ってのは際限がないね。


「ほら、商人のお付きどもに見つかる前に奥いっちまいな」

「へーい」


 促されるまま、鞄を抱えて調剤室へ向かう。魔道具の修繕のほうが報酬は良いけど、そこまで頻繁にあるものじゃないので基本的には調薬をメインにしている。


 背後で衛兵が見慣れない獣人の子供について誰何しているのを聞き流しながら、重厚な木製の扉をくぐる。


「おはよう」

「おー、おはよう」

「おはよう、ちびちゃん」


 嗅ぎ慣れた薬草の匂いが漂う調剤室に入って朝の挨拶を投げかければ、既に出勤している錬金術師たちが口々に返事をくれる。


「よいしょ」


 いつも使っている奥の席に鞄を置いて、椅子に座るとローブの懐に潜り込んでいたシラタマが襟口からひょこっと顔を覗かせた。


「チュピ」

「うん」


 今日もまたお仕事がはじまる。

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