港街の日々

 パナディア港へやってきてからの日々は、概ね平穏に過ぎていった。


 旅費を稼ぐため、ぼくは錬金術師ギルドで嘱託錬金術師として働き、ノーチェたち3人は冒険者ギルドで街中の依頼を受けている。


 こっちでは漁師のお手伝いが多く、気づいたら3人ともこんがりと日焼けしていた。


 元気に働く子供たちを漁師のおじさんたちも気に入ったようで、売り物にならない小さい魚や貝類なんかをよく貰ってくる。煮干しにしたり燻製にしたりを繰り返して、なんだかんだで食生活は充実。


 ノーチェは釣りたての生魚を切って食べる刺し身が気に入ったようだ。スフィのお気に入りは海老と蟹のキメラみたいな海産物で、フィリアは海藻のサラダ。


 好みはそれぞれだけど、おいしい物が手に入りやすい環境はささくれだった心を癒してくれる。


 今日も404アパートのリビングで集まり、おいしく焼けた魚たちを夕餉に並べて報告会を行っていた。


「それで、魚狙ってきたにょろにょろしたのをあたしがズバ―っと斬ってやったにゃ」

「へぇ」


 受けている仕事は見習い向けの漁の手伝い。


 比較的高めだけどハードな荷物の上げ下ろしとか、水揚げされた海産物の見張りとか。船に同乗する仕事は、女を漁船には乗せられないっていう理由で受けられない。


 とはいえフォーリンゲンで真面目に頑張った結果が認められて、優良な依頼を紹介して貰えたようで稼ぎはかなりよくなっている。


 3人で一日大銅貨5枚とお土産は中々だ。


「そういえば、アリスはどうしてるの?」


 一方でスフィは、シラタマのおかげでぼくのお守りから解放された。いざという時に護衛を任せられる存在は大きかった。


 朝に錬金術師ギルドまで送ってもらい、3人はそのまま出発。ぼくは昼過ぎまで仕事をしてから、寮に戻って夕飯と明日のお弁当の準備。


 そんなサイクルで動いているので、みんなはぼくが錬金術師ギルドで何しているかは知らない。


「酔い止めと火傷直し作ったり、魔道具の修繕とかしてる」


 作業内容は日によって違うけど、薬品系はこのふたつの需要が高い。船旅に出る旅人や商人によく売れるらしい。


 ちなみに酔い止めは錠剤、火傷直しは軟膏タイプだ。


「酔い止めかー……」

「ノーチェたちの分もつくっておくから安心して」


 たくさん作ったおかげか、大分コツを掴んできた。先輩の薬学系錬金術師からも良い出来だと太鼓判を押してもらっている。


「アリス、にがくしないでね」

「苦いのは嫌にゃ」

「苦くないの作る」

「つくれるんだ……」


 薬によるけど、誤飲を避けるためにわざと苦くしている薬もある。配合を調整すれば苦味を抑えるのも難しくはない。


「魔道具のしゅーぜんって?」

「持ち込んだ魔道具の修理とか」


 主に削れた術式の書き直しとかだ。刺繍とかで刻まれてるのは裁縫職人に任せることになるけど、そういうのが持ち込まれることはあまりない。


「寒さを防ぐやつとか、水中で息を出来るようにするやつとか」


 暖めた空気の膜を作って冷気を防ぐ『火の守り』と呼ばれる魔道具、同じように空気の膜を頭の周りに作って水の中で活動できるようにする『海人の石』という魔道具。


 これらは主に石に刻んで作るんだけど、最近になって実用化された技術で手のひらサイズの石にまでサイズを圧縮できたもの。


 言うまでもなく、おじいちゃんの基礎理論から発展した技術だ。扱える技術者は貴重なようで、「ぼく出来る」とやって見せたら重宝されてしまった。


「そいやぁ金の貯まり具合はどうにゃ? もう10日は経ったにゃ」

「んーっと」


 運航便については錬金術師ギルドに頼んで交渉中だけど、ひとり銀貨3枚くらいと言われてる。


 オプションつけたり船や船室のグレードをあげたり……安全な船旅を考えると銀貨40枚は見ておきたい。


 贅沢じゃない、ここをケチって安い船を使うとそのまま売られるハメになるのだ。


 錬金術師ギルド寮の家賃や生活費はぼくが出しているから、ノーチェたちが稼いだのはそのまま残っている。


 全部で大銅貨47枚、それにぼくの銀貨21枚を足して……。


「いま大銅貨257枚、銀貨26枚弱。貯蓄と合わせて銀貨44枚」


 端数は省く、フォーリンゲンの出発準備とこっちの生活の準備で結構使ったからなぁ。


「もう出発はできるにゃ?」

「できるけど、あっちについた直後で銀貨4枚は心もとない」


 目指すシーラングでスムーズに宿や仕事が見つかるかどうかはわからない。出来れば4~5日は落ち着けるくらいの余力を残しておきたい。


「んじゃもうちょっと頑張るかにゃ」

「乗せてもらえる船の選定もあるから、少しのんびりしよう……ここはいい街だし」

「……だにゃ」

「うんー」


 ぶっきらぼうだけど、人の出入りが激しい港だからかよそ者に慣れてる人が多い。地元民だけが暮らす街区には行かないほうがいいと言われているけど、近づきさえしなければ問題ないだろう。


 海の幸もおいしいし、フォーリンゲンの騒動と永久氷穴越えで大分疲労が溜まっている。


 ちょっとしたバカンスだと思って、休める所でしっかり休みたい。


「あ! そういえばね、漁師のおじさんが、ちかくにあそべる浜辺があるっておしえてくれたの! こんどみんなでいこー!」

「おー、いいかも」


 魔獣が出にくい砂浜があるのかもしれない、海辺でバーベキューとかもいいかも。


「言ってたにゃー、こんど仕事のついでにどんなもんか見てくるにゃ」

「岩場でお魚とか貝も取れるって」

「へぇー」


 せっかくの常夏の街なのにずっと引きこもりだったし、話を聞いていると行ってみたい欲が出てくる。


「シラタマ、だいじょうぶそう?」

「キュピ」


 夏の日差しの下に連れ出すことになってしまうので、我が家の雪の妖精に大丈夫か尋ねる。


 扉が開いているのに冷房全開の洋室で、でっかいモードのシラタマが魚を丸呑みしながら問題ないと頷いた。


 ……いつからペンギンになったの。

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