精霊との親和
連れている魔獣を見るからに溺愛している様子からわかるように、テイマーギルドというものは基本的に魔獣愛好家ばっかりのようだった。
このギルドがそうなのか全体的にそうなのかはわからない。
簡単に概要を聞く限り『各国のテイマーギルド同士で提携はしているけど国際ギルドではない』って話だから、思いっきり地域柄が出てるんだろうけど。
「かわいいなぁ」
「ほんとに可愛い……」
話を聞きたいとせがまれたぼくたちは、テイマーの人たちに連れられて敷地内に併設されている茶店にきている。
4人+1羽分の焼き菓子と飲み物を奢ってもらい、代償として見せ物状態だ。
可愛い可愛いと言われている対象はぼくの頭の上に居るシラタマだけど、自分の頭部に向けて言われるのはなんだか居心地が悪い。
「でもそいつ結構凶暴にゃ」
「チピッ」
喧嘩友達みたくなってるノーチェの言葉に、シラタマは「それがどうした」と胸の羽毛を膨らませるのが気配でわかった。
「雪の小精霊は警戒心が強いからね、雪原で偶然群れに出会ったら生きて帰れないって言われてるんだよ」
いつの間にか増えていたテイマーさんたちは自分の契約獣を膝の上に抱きながら話す。
眺めて可愛いといいつつも絶対に触れようとはしない。そんな素振りすら見せないのはなんというか、流石愛好者の集いというか。
少しだけ警戒レベルを下げて、湯気の立つお茶を飲む。
……色は黄色に近いけど味は緑茶だ。懐かしさに頬が緩む。
「永久氷穴内の雪原の近くで見かけて、何とか契約したいって考えて挑んでるテイマーも多いんだ」
オウムみたいな鳥を肩に乗せたお兄さんが語るところによると、シマエナガに良く似た外観の小鳥が雪原で発見されたのは数百年前。
当時は可愛らしさに魅了され、調べようとする学者も捕えようとする密猟者もこぞって雪原に押し寄せた。しかし偶発的に遭遇することはあれど探してもそうは見付からず、幻の鳥として話題になっていたらしい。
こっちには写真もないわけで、噂にだけ登場する未確認生物。しかし氷を切り出す作業に出た冒険者の目撃証言も多く、その中に居た精霊術士たちが「あれは魔獣ではなく雪の精霊」だと主張しはじめた。
おじいちゃんは専門外で殆ど書籍がなかったから知らなかったんだけど、精霊術を習得するにあたって重要なのが精霊との親和性。
形を得た自然現象である精霊の気配、そういったものを知覚できる才能。それの多寡が精霊術士としての才能に直結する。
そんなわけで多数の精霊術士が言うなら間違いないだろうと、小鳥の姿をした雪の精の存在が周知されることになった。今でもパナディアのちょっとした名物のようだ。
「気難しくて人に懐くことはないって聞いてたけど、こんな間近で見れるなんて仲間に自慢できそうだ」
我関せずに毛繕いをはじめたシラタマを、周囲のテイマーたちが緩んだ顔で眺めている。
雪原に居る時に偶然接触した精霊術士はいるけど雪妖精はものすごい気難しく、ほんの少しでも機嫌を損ねると猛攻撃を受けるのだとか。
誰かさんそっくりだ。
頭上で見えないシラタマに意識だけを向けると、本人は全く心当たりがないようで首をかしげる気配が返ってきた。
滅多に無かった外出時、わざわざ小サイズで出る理由もないだろう。
もしかしたらシラタマの力を受けて、雪原に眷属みたいなのが生まれたのかもしれない。
「ぼくが探したらどうなるかな」
「チュピピ」
意思が通じ合っているためかぼくの言いたいこともちゃんと伝わって、「埋もれる」って意味合いの返事が即座に返ってきた。
自分の眷属なら見付けたら速攻で集まってまとわりつく、つまり大量の雪妖精に埋もれるってことらしい。
もうあの雪原に行くのはやめておこう。
「君は精霊術士の才能があるんだねぇ、羨ましいよ」
「……うーん」
心底羨ましそうに言われるけど、残念ながらぼくに精霊術の才能はない。
以前聞いた情報から精霊に特化した召喚術の一種って考えるなら、召喚するための幻体を作る魔力がないのだ。本体はカンテラの中に居て、ぼくの魔力を触媒に自動的に幻体を編んでいる状態らしいシラタマも力を大幅に制限されてしまっている。
しかも精霊の気配とか全くわからないし、シラタマと普通の小鳥の区別がつかない。もちろん外観とかの微細な違いはわかる、精霊か魔獣かわからないって意味で。
「眼福だけど……地元の商人に見られちゃダメよ? あの人たち精霊との契約ってものを全然理解してないから」
返事に困っていると、燕のような小鳥を肩に乗せた女性が心配そうな表情を口を開いた。
「そうなの?」
「えぇ、
「うわぁ……気をつける」
力関係というか、危険性をわかってない権力者がいるようだ。
精霊に詳しくないぼくが知ってる範囲では、精霊とは実体を得た自然現象のことだと言われている。力の大小はそれぞれだけど、『怒らせて村ひとつ、集落ひとつ無くなった』という逸話には事欠かない。
「……にゃんでそういう奴らって強いやつに喧嘩売るにゃ?」
「シラタマちゃん強いもんね」
ノーチェとスフィも、永久氷穴でのシラタマの戦闘を見ている。
フルスペックでないとは言え雪玉転がしてアイスゴーレムをまとめて薙ぎ払ったり、大量の氷柱で粉砕したり、雪原の道中で雪崩を起こしてみんなと遊んだりしてた。
スフィたちにはシラタマがどの程度の精霊かなんて知らないだろうし、そんな力の持ち主に喧嘩売るような真似、普通に考えたら正気じゃないって思うよね。
「おねえさんの鳥さんも精霊さんだよね、どんなことできるの?」
「えぇ、そよ風の小精霊よ。名前はハイン」
「ピヨヨピピピ」
「チュピ」
「ピッ!」
お姉さんの肩に止まっていた燕のような精霊が、紹介されるなり挨拶するように鳴いた。
「しょーせいれい?」
「精霊の力の強さによって呼び方が分けられてるの、大体は人間が勝手にそう呼んでるだけなんだけど。形を持てない微精霊、実体を作れる小精霊、精霊、大精霊、精霊たちを束ねる精霊王、大きな自然現象の化身である精霊神……神獣様から託されて、世界の自然を守っているって言われているわ」
「へぇー」
どんな形であれ精霊であるシラタマと一緒に行動するなら、今後はこういった勉強も不可避だろう。少し居心地悪かったけど、本職の人たちの話が聞けてよかったと思う。
……というか、危うく流しかけたけどもしかして。
「スフィ、精霊の気配ってわかる?」
「んゅ? えっと、シラタマちゃん、精霊さんと……魔獣さん? うん、わかるよ。えっとねー」
暫く周囲の人たちの傍にいる魔獣を見回したあと、スフィは頷いてひとつずつ魔獣と精霊を当てていく。
なお、ぼくには全く区別がつかない。
どうやらスフィには武術や魔術だけじゃなく精霊術士の才能もあるようだ。我が姉ながら末恐ろしい。
「あれって精霊さんだったんだね」
「ん?」
ひとしきり当てたあと、スフィが何かを納得するように頷いている。
「ほら、山でアリスがお歌うたうと、動物さんがたくさん集まってきたでしょ?」
「うん」
「その中にね、たまに精霊さんとそっくりの子が混じってたよ。変わった動物さんだって思ってたけど、精霊さんだったんだね」
「へぇー」
ちなみにぼくが歌うと何故か動物が集まってくる。当時は何となく嫌で外で歌うのはやめたんだけど、今は「なんたらプリンセス」みたいな絵面になるのが嫌だったからだとハッキリわかる。
別に上手くもないんだけどなぁ。
「な、なんか凄いね」
「そこまで凄まじいのは初めて聞いたわ……精霊って基本的に人間を嫌うのに」
少し昔を懐かしむ会話をしていると、何故か精霊術士らしき人たちにドン引きされてしまった。
才能ある人間でも、通常は近づくことを許してもらう段階までいくのすら一苦労なのだそうだ。
浮き彫りになる自分のよくわからない性質に首をひねることになりつつ、有益な情報交換はその後も続き……平穏なままで幕を閉じたのだった。
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