テイマーギルド
岩を削って作られた船着場の手前。出入りを監視するための大門から左手に向かうと、見える景色がすぐに岩場から砂浜へと変わる。
丁度砂浜に繋がる道の真ん前に、白くサラサラした表面の建材で作られたテイマーギルドの建物があった。
大通りから見えたのは建物の一部、職員用の裏口らしい。
外観は庭の広い石造りの洋館。表玄関には潮風にはためく旗、翼に囲まれた狼の顔の模様が描かれている。
これがテイマーギルドのエンブレムみたいだ。
敷地的にはフォーリンゲンの錬金術師ギルドにも引けを取らない。入り口もかなり広くて、玄関脇から牛みたいな魔獣が庭に出入りしているしスペースが必要なのだろう。
「ここ?」
「うん」
初めて見るコバルトブルーの海に、スフィたちの機嫌はかなり回復していた。
スフィに背負って貰いながら扉をくぐると、広いホールには多数の人間と小型魔獣のペアがあった。
……潮風と混ざって独特な獣臭がする。気持ち悪いって程じゃないけど、人によっては辛いかもしれない。
「あ、犬さん、鳥さん」
「魔獣かな」
地球のレッドセッターに似た垂れ耳の大型犬、豪華な羽根のオウム。連れられている魔獣もそれぞれだ。
横目で見ながら空いている受付に向かう。カウンターにいた
「子供が何の用だ?」
「えーっと……アリス?」
「魔獣や召喚獣の登録にきた」
「あぁ、短期登録の代金は大銅貨2枚だが払えるか?」
「うん」
「わかった、ちょっと待ってろ」
ぶっきらぼうだけど敵意みたいなのはない。一度奥に引っ込んでからカードサイズの羊皮紙を持ってきてカウンターの上に置いた。
思ったよりも高いなと思いつつ、財布から大銅貨2枚を取り出しておく。
「読み書きは出来るか?」
「できる」
スフィに肩ぐるましてもらい、カウンターに両腕を乗せて様式を確認する。
テイマーギルドに契約している召喚獣や魔獣の種族、注意点、主の連絡先なんかを尋ねるものだ。
名前は『シラタマ』、種族は『雪の精霊』。細かい部分を抜いて事実だけ抜き出すと契約精霊って扱いになるのかな。
召喚術とか精霊術の知識が殆どないから、めっちゃ特殊な契約してるっぽいってことしかわからないんだけど。
「精霊か」
頭の上に乗っているシラタマと登録証を見比べていた受付の男性がぽつりとつぶやく。
男性はぼくから大銅貨2枚を回収してから、細長い布を渡してきた。
「この布が登録が済んだ証明だ、有効なのは1ヶ月間だけだから気をつけろ」
「うん」
布の端にはテイマーギルドと……たぶんこの街の統括者のエンブレムが刺繍されていた。下には今日の日付が共通語で書かれている。
「飼い主か、離すなら契約獣の方につけておけ」
「うん」
それから軽く注意事項を説明されて、登録は無事に終わった。
注意事項といっても街中で問題をおこせば契約者の責任になるとかの簡単なもので、すぐに済んだ。
「旅人同士なら正当防衛も通るが、地元民……特に商人連中にうかつに触れさせるのはやめておけ」
もちろん誘拐されそうになった時や、一方的に攻撃された時の反撃は正当防衛として処理される。ただ衛兵も裁判所も地元民を優遇する傾向があるらしい。
「お貴族サマは大丈夫なのにゃ?」
ささくれだってるノーチェが皮肉げに言うと、無表情だった男性がはじめて苦笑を浮かべた。
「お貴族様はこの港にはこねぇよ、王都に貴族専用の港がある」
「けっ」
どうやら王都には貴族が許可を出した人間だけが使える専用の港があるようで、貴族関連の取引物や客人はそっちを使うようだ。
パナディア港は一般向けの港なので、貴族がこっちに来ることは滅多に無いとのこと。来たとしても何かしらの事情があってのお忍び。
よっぽど突き抜けたアホでもない限り、わざわざ他人の契約獣を巡って騒動を起こすことはないということだった。
むしろ一般人の中で貴族に次ぐ権力を持っている地元商人のほうが、距離が近いぶん厄介なのだ。
「雪や氷の精霊は希少だ。しかも女子供に人気がありそうな見た目だし、見せびらかすのはやめておけ」
「もうかなり見られちゃってるにゃ」
確かに、内部の視線がぼくの頭上に集中している。注目を受けてシラタマの機嫌もちょっとずつ下降線を描いていた。
「テイマーギルドに出入りする奴らは心配ない。神話に出てくるアーティファクトでもなけりゃ、魔獣や精霊を支配して自由に操るなんて都合の良い魔術はねぇ。テイマーが魔獣や召喚獣に契約を結ぶ方法も、思う通りに動いてもらう方法も、信頼を積み上げる事だけだ。まともなテイマーなら相棒の信頼を放り捨てるような真似はしねぇよ」
「なるほど」
ちょっと熱く語ってくれたのは、以前もテイマーのお姉さんに言われたことだった。
「……お前さん契約獣を持つのははじめてなのか? 随分信頼されてるみてぇだが」
「うん、この子がはじめて」
「チュピ」
言葉はぶっきらぼうだけど、よく見ると視線は優しい。
「奥に使役術や召喚術の資料がある、持ち出しはできねぇが読むのは自由だ、ギルドの正会員になる気はあるか?」
「資料は読む、ギルドは……考えておく」
「そうか、頑張れよ」
一通りのやり取りを終えて受付から距離を取る。
スフィに降ろしてもらい、貰った布をエンブレムが見えるように腕に巻いていると鳥系の魔獣を連れた人たちが様子を伺うように近づいてくるのがわかった。
「……にゃんだ?」
「ノーチェちゃん」
警戒するノーチェをフィリアがなだめている隙に、鳥系の魔獣を肩に乗せた男の人が意を決したように一歩踏み出した。
「な、なあ、その子……もしかして
「……?」
ぼくが首を傾げると、頭の上でシラタマが同じポーズを取った気配がする。
「永久氷穴の雪原地帯にあると言われる幻の氷樹林、そこに住むって言われてる鳥の姿の小精霊だよ! まさか氷樹林に辿り着いたのかい!?」
「…………?」
「チュピ?」
全く知らない情報が出てきて困惑していると、シラタマからも困惑している気配が伝わってきた。
どうやら永久氷穴の主さまもご存知でないらしい。
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