のじゃ狐の失敗

「いらない!」

「おとといきやがれにゃ」


 狐人ルナールの女の子の大上段からの一撃を、スフィとノーチェがほぼ同時に切って捨てた。


 しかし相手も大したもので、腰に手を当ててさらにふんぞり返ってみせた。そろそろ後ろに倒れそうだ。


「なに遠慮するでない、獣人のよしみじゃと言うておろう。恵んでやると言うておるのじゃ」


 一見すれば尊大に振る舞ってるように見える。でもぼくの耳にはなんか声がちょっと震えてるように聞こえる、というかスパッと言い返された時に小さく「ふぇ」ってうめいたの聞こえちゃったし。


「おっちゃん、この魚うまいにゃ」

「スフィこの真っ赤なの好き!」

「お、おう、そうか……」


 同い年くらいの女の子に対するにべもない態度におっちゃんが困惑してる。


 少し前の貴族絡みでまだささくれ立ってるんだよね、ふたりとも。フィリアは何となく諦めてるというか落ち着いてるんだけど。


 未踏破領域の探検も本人たち的には尻切れトンボというか、よくわかんないうちに終わった訳だし。


 あそこはぼくたちには早すぎた、シラタマの助力がなければ確実に全滅してた訳だし。結果的に犠牲がでなくて済んで良かったけど……不満が残るのは仕方ない。


 口に出さないだけ、十分すぎるくらい大人だ。


「無視するでない!」

「うるせぇにゃ!」


 狐人の女の子が地団駄を踏んで近づいてきて、割とスレスレだったノーチェがキレた。


「さっきから何にゃお前! せっかくの飯がまずくなるにゃ!」

「何だはこっちの台詞じゃ! ワシが直々に声をかけてやっておるのに無視しおってこのガキめ!」

「お前いくつにゃ! ガキにガキって言われたくないにゃ!」

「今年でやっつじゃ!」

「タメじゃねーか! 偉そうにすんにゃ!」

「ワシは偉いのじゃ!」


 メンチを切り合うふたり。なんか古風な物言いしてるから見た目の割に年齢高いのかと思ったら普通に同じ年頃だった。


 木を削った串で巻き貝のつぼ焼きを食べながらにらみ合いを見守る。


「格好からしてラオフェンの巫女さんかねぇ」

「ラオフェン?」

「あぁ、シーラングの南にある大きな街だよ。主に獣人が暮らしててねぇ、あの子みたいな格好をしてるのがたまにこっちにも来るんだよ」

「ふぅん……」


 名前の響きといい格好といい独自文化があるってことは歴史があるんだろうけど、聞いたことのない街だ。


 獣人主体の街や国といえば、アルヴェリア西部にいくつかある獣人自治区と、大陸東南部にある大森林くらいしか知らなかった。


 世界はまだまだ広いなぁ。


「アリス、このお魚おいしいよ」


 隣で黙々と食べていたスフィが、湯気の立つオレンジと白のマーブル模様の切り身をフォークに刺して突き出してくる。


 素直に口を開けて切り身を受け入れる。一口噛むと、鮭に似た濃厚な脂の香りと味が口中に広がった。噛む度に程よく火の通ったジューシーな魚肉がほろりと崩れていく。


 バター系の調味料と合いそうだ、シチューとかでも美味しそう。


「……うん、こっちの貝もおいしい」

「あーん」


 サザエに近い、歯応えのある巻き貝の切り身を串に刺してスフィに差し出す。


 あーんと開いた小さな口に切り身を入れると、ガチリと鋭い牙が閉じた。木の串は噛みちぎられることなく、切り身だけを置いてするりと抜けた。


「んぐ……んー、おもしろい!」

「うん」


 陸の食べ物にはあまり無い、独特な貝の食感はスフィもお気に召したようだ。コリコリと音をさせながら奥歯で噛み砕いている。


「……ふたりとも、ほんとにいいの?」

「?」


 ぼく目線では久しぶり、スフィには初めての海の幸。潮風に吹かれながら存分に堪能していると、我慢しきれなくなった様子のフィリアが声をかけてきた。


 どうしたのかと後ろを向くと、うちのリーダーと乱入者の狐っ娘のバトルが激化していた。


「ワシはとある国のえらーい巫女なのじゃ! 謝るなら今のうちじゃぞ!」

「に゛ゃ゛ぁ゛ん!? 権力持ち出さないと威張りもできにぇーのかおめぇはよぉ!」

「ふん、凄んでも無駄なのじゃ!」


 というかノーチェがチンピラ化していた。大上段からの振り下ろしで親切を無碍にされたばっかりだからね。


 同じ年齢といえど、ひとり路地裏で生きてきたノーチェはこの年齢で結構迫力がある。


 あっちは……ちょっと涙目で完全に腰が引けてる、虚勢を張ってるのが丸わかりだ。その状態でなお尊大に振る舞うあたり根性はあるのかもしれない。


 それにしても、着ている服は上等なのにお供もなしで単独行動。金を出すと言うときに落ち着いてる音をしてるので懐には余裕がある。


 店の人間にではなく、近くに居る客でもなく、わざわざわかりやすく獣人かつ年齢の近そうなぼくたちに声をかける。


「……うーん、いっしょに食べる?」

「あぁん!?」


 何となく相手の意図を推測しながら声をかけると、狐っ娘の表情が一瞬だけ明るくなって、ノーチェの矛先がこっちに向いた。


「なんでこんな奴に恵んでもらわなきゃいけないにゃ!」

「奢られるいわれはないけど、一緒に食べるくらいはいいんじゃない?」

「ぐぬぅ……」


 ガン付けられるけど、ノーチェがこの程度のことで暴力振るったりしないってわかってるせいで全く威圧感を感じない。


 ……スフィは姉妹の気安さもあって結構容赦なく実力行使してくるんだよね。暴力って程ではないけど、組み伏せるくらいは普通にやる。


 そういう意味ではノーチェのほうが甘いのかもしれない。


 ぼくが口を挟んで少し冷静になったのか、考えこんだノーチェの背後で狐っ娘が口を開いた。


「ふ、ふん! まぁどうしてもと言うなら同席してやらんでもないのじゃ!」


 あ、ダメだこれ。


「おっちゃん、残り包んでくれにゃ!」


 ぷちっという音が聞こえた気がした。流れを見守っていた店主のおじさんが肩をすくめて、焼けた魚介類を大きな団扇みたいな葉っぱに包んでくれた。


 何か言おうとしていた狐っ娘はノーチェにギロリと睨まれて動きが止まった。


「おっちゃん、また来るにゃ!」

「ごちそーさま!」

「ありがとうございました」

「ありがとう」

「あいよ」


 口々にお礼を言って席を立つ。ズンズン先を歩くノーチェを追いかけて、スフィに背負われて移動する。


 何気なく背後を振り返ると、なんともしょんぼりしてる狐っ娘の背中が見えた。


「またやったのじゃ……」


 ぼくの良すぎる耳が、うなだれる狐っ娘の涙混じりのつぶやきを拾った。


 なんか事情があるっぽいし、次に会うことがあればもうちょっと楽しい話が出来るといいんだけど。


 居丈高な人間に嫌な目に合わされたばかりだからスフィもなんか機嫌悪いし、ちょっとクールダウンが必要だ。


 そんなことをつらつら考えつつスフィの背で揺られ、やがて海の匂いが強くなった頃。


 魔獣を連れた人たちが出入りする白い建物が見えた。

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