常夏の街

「おぉー!」


 パナディアの街の最初の印象は「綺麗」だった。景観というか、道が。


 砂を敷き詰められた道には馬糞はおろかゴミひとつない。馬車の通る道は別に分けられているようで、門を抜けるなり大通りを外れて奥の方へ向かう馬車の姿が見える。


 建物は石を積み上げたような作りで、全体的に砂色。建物にかけられているのはカラフルなデザインが施された布、海から吹く強い風にはためいている。


 大通りを彩るようにヤシみたいな背の高い木が立ち並び、花壇に植えられてる花々は彩り鮮やか。


 写真だけしか知らないけど、全体的に南国って感じだ。木の枝に止まるオウムみたいな鳥の羽根も派手な色彩を持っている。


 温暖な地域の動植物ってなんで色鮮やかなんだろうね。


「へんなにおいにゃ!」

「くしゃい」

「……? あぁ、海の匂い」


 収容されてはいたけど、アンノウンの回収に協力するという名目で外出した事は結構ある。その時に海に行ったこともあって、その時の匂いと似ている。


 鼻を抑えるスフィとノーチェ、対してフィリアは平気そうにしている。海を見たことあるんだろうか。


「フィリアは平気?」

「うん、前にいちど見たことあるから」


 ってことはやばいのはスフィたちか。鼻が良いと船酔いが地獄になりそうだ。


「宿を探そう、それから錬金術師ギルドと冒険者ギルドとげほっ、ぜぇ、テイマーギルド……」

「行く場所多すぎにゃいか」


 そうは言っても必要な場所ばかりだしなぁ。


 急ぎなのはテイマーか。ひとまず宿を見付けないことにはどうしようもない。


「まぁ宿探しは賛成にゃ、というわけで行くにゃ、やろうども!」

「おー」


 結局異論はなかったみたいで、ノーチェの号令で宿探しがはじまった。



「うちはダメだよ、半獣は他の客が嫌がるからねぇ、別をあたっとくれ」

「…………」


 表通りに近い宿屋の最後の一軒。願いも虚しく恰幅の良い女将さんにけんもほろろに断られ、肩を落として外に出る。


「なんでにゃ!!」

「根深いねー」


 断ってくる相手から悪意や敵意はそんなに感じないのが根深い。


 因みに12軒当たって半分が獣人お断り、4軒が満室、2軒からは冷やかしだと思われて門前払い。


 まぁ獣人お断りも金を持ってなさそうだから体よく断られた感じだろうけど。


「でもどうするの?」

「裏通りを探すにゃ?」

「安宿は避けたい」

「だよにゃあ……」


 スフィの背中からそう言うと、ノーチェとフィリアには頷かれた。


「なんで?」

「やっすい所は危ないにゃ」

「寝てる間に人攫いに売られちゃうこともあるって、お母さ……んが」


 そういうことだ。荷物を盗まれるくらいならマシな方、食事や飲み水に薬を混ぜられて、ぐーすか寝てる間に袋詰されて出荷されることだってあるだろう。


 危険に関することはぼくたちもおじいちゃんから教わっている。


「あ、そっか……」


 スフィも聞いてたはずだけど、ど忘れしていたらしい。


「お薬とか混ぜられちゃうかもだっけ」

「うん」


 人から貰った食事も簡単に口にしちゃいけないっていうのがおじいちゃんの教えだ。


「薬にゃ?」

「そう、えっとね、身体が動かなくなるのとか、眠くなるのとか」

「あとは意識を朦朧とさせるのとか」


 スフィが言うのは捕獲用、自白用とかの薬もある。基本的な薬は味や匂いも確かめてるからわかる。


 表に流通している薬を使うならそこまで警戒しなくても色や味で一発でわかるんだけどね。錬金術ギルドの規約だと、一般販売する危険薬剤には発色の強い警戒色や強い味を付けることが義務付けられてる。


 やばいのは裏で流通する類のやつだ、こっちは割と無味無臭なのが多くて人間が引っかかっているらしい。


 まぁ人間には無味無臭でも、獣人の嗅覚と知覚なら判別出来る物も多いんだけど。


「これはまた錬金術ギルドの寮を間借りかな」

「またかにゃ……」


 がっくり肩を落としたノーチェを、スフィの背中から慰める。


 節約にもなるし安全だし、いいと思うんだけどね。


 観光地の側面もあるから良い宿についてくる自慢の魚料理を食べられないのが残念だった。



 そんなわけでまず錬金術師ギルドに乗り込み、怪訝そうな顔をする受付嬢にギルド証を示して責任者を呼んでもらって話をつけた。


 手紙の効力は抜群で、問答することもなく寮の一室を間借りする許可も降りた。


 支部長は顔も態度も平均的って感じの人で、なんか終始腰が低かった。


「なんか影の薄いおっさんだったにゃ」

「それ悪口だよ」


 続く冒険者ギルドで短期滞在登録をして、街をぶらつきながらテイマーギルドを目指す。


 表通りをずっと行った、海沿いにある建物だそうだ。結局行きそこねてたフォーリンゲンの支部より大きいらしい。


「チュピ」

「あ、網焼き」


 海の匂いが近づいた頃、昼を過ぎて閑散としている市場通りの先に魚介類の網焼きを売っている店があった。


 幌の下並べられた椅子にはちらほらと客の影、炭で炙られる塩と魚の油の匂いがここまで漂ってくる。


 くきゅーという音がすぐ下から聞こえてきた。


「……」

「ぼくおなかすいた、ちょっとあそこで食べよう」

「そうだにゃ、朝から食ってにゃいし」


 咄嗟にお腹を抑えるスフィに変わって言うと、ノーチェが同意して寄り道が決まった。


「……値段は読めるか」

「えーっと……読めるにゃ」


 4人揃って屋台のところまでいくと、いかにも寡黙そうな髭面のおじさんが親指で値段表を示す。


 ちょっと癖があるけど普通に共通語だ。


 ただ名前から食材の想像がつかない。すぐ近くにある生簀を見るに魚や貝類なんかもあるっぽいけど、どれもやたらカラフルで知ってるものがない。


「魚食ったことないにゃ」

「……そうか」


 このおじさんは髪色に特に偏見はないようで、ノーチェとも普通に受け答えしている。西大陸の玄関のひとつになっている港町だけあって旅人も多いし、珍しい髪色も慣れているのだろう。


「アリスわかる?」

「ぜんぜん」


 流石に立ち止まっている間は平気だからと背中から降りてスフィとこそこそ相談やりとりする。


 こういう時はあれかな。


「わかんないから、最初はこれで適当に、できる?」

「……ふむ」


 財布から大銅貨2枚ほど出して見せると、おじさんは顎に手を当てて考える素振りをした。


 メニュー表を見た感じ、一番高いのが1品で大銅貨1枚。ほかの値付けは銅貨1~3枚ってところだ。大銅貨2枚あればそこそこ食べられるだろう。


「わかった、座っち待ってろ」

「うん」


 銅貨を受け取ったおじさんはそれをケースにしまうと、生簀から適当に魚と貝を取り出して捌き始めた。


 一応魚の捌き方は知ってるけど、流石に慣れてるからか手際は見事の一言だった。あっという間に頭が落ち、内臓を取られた魚が切り身にされていく。


 空いている網に陣取ると、おじさんが魚の切り身と貝……それから何となく海老に似た海洋生物を皿に乗せてやってきた。


 見た目は海老と蟹の合成生物……ロブスターともちょっと違う。説明しにくい。


「あちいから気ぃつけい」

「おうにゃ!」


 少し訛りのある口調で石のバケツに入った、熱せられた木炭を網の下に置いていく。


「焼き方わかるか?」

「焼き加減がわからない」

「教えちゃる」


 分厚い手のひらをかざして熱を確かめた後、おじさんが魚と貝、甲殻類の焼き方と食べ方を教えてくれた。


 子供4人で大銅貨2枚しか出してない、決して優良な客ではないと思うんだけどやたら親切だ。悪意のあるような音は全くしてない。


 少し警戒していると、隣に座って木のカップでお酒を飲んでいた別のおじさんが耳打ちしてきた。


「ビルさん、お孫さんがお嬢ちゃんたちくらいの女の子なんだけど、錬金術師やってるお父さんと一緒にフォーリンゲンに住んでるんだよ」

「……余計なこと言うな」

「え、なんて名前の人?」


 どうやらお孫さんと同じくらいの年齢と性別のぼくたちを見て、心配ついでに便宜を図ってくれたらしい。警戒レベルを1段階下げる。


「ジョルジュっていうんだけどね」

「……勉強だけが取り柄の、頭でっかちな野郎だ」

「まじで」

「んゅ、ジョルジュさんって……?」


 さっきから焼けていく魚に夢中だったスフィが聞き覚えのある名前に顔を上げる。


「薬学部の部長さん」

「あぁー!」


 すっかり忘れていたようだ、まぁフォーリンゲン出てから3ヶ月近いし無理もないんだけど。思えば遠くに来たものだ。


「なんだ、お嬢ちゃんたち知ってんのかい?」

「おじいちゃんが錬金術師で、その関係でお世話に」

「へぇー! そりゃすごい、立派なもんだ」

「フン、ガキに絡む酔っ払いなんざ無視せぇ、ほら焼けたぞ」


 日焼けしていていかにも漁師って感じだけど、おじさんの年齢は結構高いみたいだ。


「おぉー!」

「わぁ」

「もう食べていい!?」

「おう、たんと食え」


 誤魔化すようにおじさんが、ぼくたちの前に置かれた団扇みたいな葉っぱの上に焼けた魚を置く。


 炭火でじっくり焼かれた魚からは、ふつふつと汁が泡立ち湯気を立てている。味付けは別の樽にすくった綺麗な海水で洗っただけ。


 それでも熱で蒸発したことで塩の結晶が身についていて食欲を誘う。


「食べるにゃ!」

「いただきまーす!」

「いただきます」

「……変わった作法だな」


 旅の間にぼくが癖でやっているのが伝染してしまって、「いただきます」が食前の基本になっていた。これはこれで目立つかなぁと思ったけど……まぁいいか。


 木のフォークで身を崩して、まずは黄色い身の魚を口に含む。


 ……あ、美味しい。味付けはシンプルだけど、そのぶん新鮮な魚の旨味が引き立っている。身の色が黄色いから少し疑ってたけど味は白身魚に近い。


「うま! 魚うまっ!」

「……美味しい」

「もぐっ、んぐっ」

「いい食いっぷりだ」


 魚初体験のスフィとノーチェ、ふたりとも美味しそうに食べてるのを微笑ましく見ながらぼくも自分の分を食べすすめる。


 色が変わってるのは少しだけで、ほかは普通に白身魚が多い。味は……ちょっと該当する日本の魚が思いつかない。


 個人的にはこの丸い魚が気に入った、ちょっと淡白だけど焼いた身がもっちりしている。


 シラタマは黄色い身が気に入ったみたいで、火から離れたぼくの膝の上でほぐし身を突っついている。


 魚を堪能し、さぁ次はサザエに似た貝だと手を伸ばそうとして。


「なんじゃおぬしら、しけとるのぉ」


 背後から声がした。振り返るとそこには和服に似た衣服を身に着けた女の子が居た。


 背丈はノーチェとさほど変わらない、ツリ目がちの琥珀色の目。髪の毛は金色で肩の辺りで切りそろえている。


 特徴的なのは頭の上から伸びる三角の耳と、背後からすらりと伸びる太い尻尾。


 狐人ルナール……?


「ふふん、身なりもみすぼらしいの。まぁなんじゃ、同じ獣人のよしみじゃ、わしが特別に飯を恵んでやらんでもないぞ?」


 突如として現れた狐人らしき女の子が、薄い胸をふんぞり返らせてそう言い放った。

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