パナディア港
雪原地帯を抜けると同時に、太陽の熱気が肌を焼いた。
「あっつぅ!」
ノーチェが半分キレながら防寒具を脱ぎ捨てる。スフィたちもげんなりした様子で耳を伏せながら着替えを要求し、ぼくたちは近くの岩陰で着替えを済ませることになった。
「ついさっきまで寒かったのにこれは暑すぎにゃ!」
「これはこれで異常気象……」
強制的に降雪地帯になっている雪原から抜けた、とは別ベクトルの気温の変化だ。
穏やかに暖かな草原地帯と比較しても明らかに暑い、殆ど真夏だ。腰につけっぱなしだった気温計を見たら……38度ってなんだよ、ぼくの平熱か。
空気が乾いているのだけがある意味救いだ。雪原地帯を通り抜けてわかったのだけど、ぼくとスフィの毛並は寒冷地仕様のようで寒さに強い。
いくら防寒具があるとはいえ、あの氷穴でスフィがあまり寒がらず、ぼくも普通に動けていたのが理由だ。反面こういった暑さには弱い、ふわふわもふもふの毛並は体温の流出を妨げるのだ。
「アリス、しらたまちゃん、大丈夫?」
「…………あづい」
「キュビィ……」
岩陰でシラタマと一緒にぐったりとへたり込んでいる。
さすがは精霊神というべきか、雪の精霊なのにこの暑さも「だるい」だけで済んでいるようだ。ちょっと心配したけど、やる気が出ないだけでダメージにもなってないらしい。
というかぼくのほうがやられてる始末。寒さに強いけど暑さに弱いコンビが爆誕してしまった。
「スフィは平気なの?」
「うん、暑いけどなんかげんき!」
はやくも汗をかきながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねてみせる。
「ふたりは」
「あついけど、なれたら問題ないにゃ」
「私も、平気かな」
ノーチェとフィリアも暑さには耐性があるようで、だるそうにしながらも分厚い防寒具を外して軽くなった身体を動かして慣らしている。
「あとで日よけになるもの買おう」
「ジュルル」
休憩がてら装備の換装が済んだところで、日干しになる前に出発することに。
ある意味雪原より厳しい旅路は7日ほどで終わった。
■
丘の向こうに海が見えるようになった頃、街道を行き来する馬車の数が目に見えて増えた。徒歩で歩く旅人の数も。
同時に、ぼくたち……正確にはぼくに視線が集まるようになった。
「ちょっと目立ちすぎたかな」
珍しい魔獣に乗っかっているくらいに見えてるんだろうけど、主に見てくるのはガラの悪そうな男、若い女性、馬車に乗ってるぼくたちと同年代の子供。
後者ふたつは「うそ、かわいい……」とか「あの子わたしも欲しい」みたいな反応だからそこまで心配いらなさそうだけど、ガラの悪そうな男が遠くからつかず離れず追ってきてるのが厄介だ。
まぁここまで人通りが多いと手出しは出来ないだろうけど。
「どうするの? しらたまちゃん大きいし隠れるの無理だよ?」
「キュピ」
心配そうなスフィにどうしたものかと困っていると、シラタマが物陰に移動してからぼくに降りるようにと促した。
ひんやりする羽毛から滑り降りると、シラタマは突然青い炎に包まれて消える。
そういえば出入り自由なのか。そう思ってたら、今度は手の平より少し大きいくらいの雪玉が空中に現れ、その中から小さくなったシラタマが姿を現した。
「……シラタマ、もしかしてサイズ可変?」
「チュピ」
「変更は自由?」
「ジュルリリ」
最初のは肯定、次は否定。
「手乗りサイズと、あの大きい2パターンなら変えられる?」
「チュピ」
なるほど。理屈はわからないけど、外に出る時は小サイズと大サイズを使い分けられるらしい。
目立たないし外に出たままついて歩ける手乗りモードと、ぼくを乗せて飛んだり走ったり出来るけどめちゃくちゃ目立つでっかいモード。
悩ましい選択だ。
「とりあえず、今はそのサイズでおねがいしていい?」
「チュピ」
「じゃあスフィがおんぶするね」
「うん」
シラタマを頭に乗せて、スフィに背負ってもらう。結局いつもどおりになってしまった。
まぁ一番移動に困る旅路でシラタマに乗せて貰えるだけでも十分ありがたいんだけど。
「そんじゃついでにあいつら撒いちまうにゃ」
流石というべきか、ノーチェたちも追跡者にはしっかり気付いていたようだ。話が早くて助かる。
準備が終わったところで適当な物陰から飛び出して、馬車の影に隠れるようにしながら歩き出す。
ガラの悪い男たちは大して腕が立つわけでもないようで、あっという間にぼくたちを見失ったようだ。でかいシラタマという目印を失ったところで一気に動いたのが功を奏したのだと思う。
足取り軽く道を抜け、やがてパナディアの城壁が見えてくる。砂色の壁に独特の紋様が刻み込まれている。
上の方に見える巨大な装置は結界魔道具だろうか。
ぼんやりと、近づいてくる城壁の様式を眺めていた。
「アリス、お金出して」
「うん」
スフィに声をかけられてハッとする。そうだった、メインの財布はぼくが預かってるんだ。今後のことも考えて、いくらか取り分けた小さい財布をスフィに渡す。
手持ちは多少余裕があるけど、稼がなきゃいけないなぁ。
「ようこそパナディアへ、君たちだけかい?」
「うん、そうだよ!」
「そうか、身分証は……うん、冒険者だな。君たち4人は一緒のパーティかな? 入門税はひとり銅貨3枚だが払えるか?」
人の出入りが激しいからか、随分と安い。
……いや、徒歩だからか。馬車を使ってる人たちはもうちょっと高めの値段を言われてる。
「ええっと、全員で……」
「はい、銅貨12枚」
「お、おお………………確かに」
一瞬面食らった様子でフリーズした門番のおじさんが、たっぷり数十秒かけて確認した後頷いた。
「街で問題を起こしたらダメだぞ、衛兵が君たちを捕まえに行かなきゃいけないからな」
「はーい」
「わかってるにゃ」
「よし、それじゃあ……ようこそ、パナディアへ!」
今回は特に問題も起こらず、スムーズに街に入ることが出来た。
「あ、待った!」
「!?」
通り過ぎたところで門番に声をかけられてびくりと身体が固まる。別にやましいことがあるわけじゃないけど、何となく反応してしまう。
「その頭の子はもしかして魔獣かな?」
「……そんな感じ」
振り返ると、門番が困ったようにシラタマを見ていた。まさか魔獣は入れられないとか言われないよね、冒険者の中には
「召喚獣や使役している魔獣を街中で歩かせるにはテイマーギルドの管理証が必要なんだ。知らなかったのか?」
「旅の途中で出会って……」
「確かにこの辺では見たこと無い魔獣だが……。とにかく、後でいいからテイマーギルドに行ってちゃんと管理証を貰っておくように、それでこっちにも伝わるから。わかったな?」
「うん」
そのシステムは盲点だったけど、言われてみれば納得できる。確かに区別のつかない魔獣を自由に歩かせるわけにもいかない。
今度からアンノウンの仲間が増えたときのため、覚えておこう。
「よし、それじゃあくれぐれも問題を起こさないように」
「は、はーい」
「びっくりしたにゃ」
気を取り直して、ぼくたちは今度こそパナディアへと足を踏み入れたのだった。
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