朝日は今日も水面を照らす

永久氷穴を抜けて

 予期しない事態をいくつも乗り越え、永久氷穴の探索は終わった。


 ノーチェたちからすれば消化不良だろうけど、正直この環境から一刻も早く脱出したい。


 そんなわけでぼくたちは準備が終わり次第、氷穴を出ることになった。


 まずはシマエナガ改めシラタマが集めてきた鞄を全部しまい、倉庫から引っ張り出した食材で英気を養う。


 全員長期間寝ていたので初日はパウチ入りのおかゆとスープ。


 翌日の夜にはパウチに入った炊き込みごはんと同じくパンを主菜に、あとは冷蔵庫の中の持つか怪しい食材をフルに使って豪勢にいった。


 ベーコンを使った肉野菜炒めと、根野菜たっぷりのスープ。味付けには倉庫内で見つけた醤油や砂糖、塩はもちろん見つけた固形のコンソメも使った。


 誰か料理好きからのリクエストでもあったのか、開封しなければ保存の利く調味料が結構あった。貴重だけど、抱え落ちするよりは使ったほうがいい。


 コンソメは使うか大分悩んだけど、色々調べてみたら玉ねぎは含まれていないタイプだったので安心して使用した。


 3人は初めて食べる豊かな味付けに大喜びしてた。シラタマはリンゴに似た果物を上げたら凍らせて食べてた。


 食事は趣味みたいなものなので、外に出たら美味しいものをちょっと欲しい……みたいなリクエストをされたので美味しいものがあったらちゃんと分け合って行きたいと思う。


 お風呂で暖まって汚れを落とし、お腹も満たしてしっかり休み。


 次の日、ぼくたちは生還に向けて出発した。


「アリスちゃん、おんぶは?」

「大丈夫」


 玄関から出て扉をポケットの中にしまっていると、防寒具でしっかり身を守ったフィリアが背中を向けた。


 いつもなら頼らざるをえなかったけど、今回限りはそうでもない。


「シラタマ、乗っていい?」

「キュピ!」


 胸を張って屈んだシラタマによじのぼって背中にしがみつく。乗せてもらっておいて贅沢だけど、ちょっと乗りにくい……シラタマが許可してくれるなら鞍でも作るかな。


「あー、その手があったにゃ」

「任せても大丈夫なの……?」


 感心するノーチェに対して、スフィがちょっと不安そうだ。


「基本的にぼくとシラタマはペアで動くから、もうみんなの足を引っ張らなくてすむ」


 離れられないってわけでもないけど、カンテラの傍が一番力を発揮しやすい。何よりシラタマとペアで動けば、ぼくの機動力とか移動力の問題も一気に解決できる。


「……そっか」

「?」


 すぐにいつもどおりに戻ったけど、一瞬スフィの表情が暗くなったような。


「よし、じゃあ出発するにゃ!」

「おー!」


 気にする暇もなくノーチェの号令がかかり、シラタマが雪を階段のようにして道を作る。


 吹雪で飛ばされないように気をつけながら上空に見える穴をくぐって、再び地下氷河へ。


 温度計は……マイナス20度。シラタマの能力なのか、大分緩和してくれてる。


 八尺瓊勾玉を出すまでもなさそうだ。


「にゃ……」


 絶句している3人の視線を追うと、そこには巨大アイスワームの死体が転がっていた。


 首が落とされた長大な巨体が氷河に寝転がっていて、その向こう側には大山椒魚もそのままだ。


 部分的に剥ぎ取られた痕跡はあるから、一応冒険者たちも素材を持ち帰ったんだろう。流石に巨体丸ごとって訳にはいかなかったようだけど。


「こ、このでかいの倒したにゃ……」

「シラタマと、冒険者たちが強かったからだね」


 ぼくのやったことなんて攻撃が通りやすいようにフォローしたくらい、自慢できることじゃない。


 何やら複雑な視線を向けてくる面々に自分は殆どしがみついていただけとアピールして、先を促す。


 剥ぎ取りは……場所も相まって手に余る。手持ちの工具が通るとは思わないし、また巨大生物の襲撃を受けたらまずい。


 安全第一でいこう。


 上り坂まで辿り着いて上を目指す。


 広い道に出てからは、シラタマの案内でズンズンと道を進んでいった。大体の魔獣は出てきた瞬間に氷柱のマシンガンで一掃された。


「…………」

「…………」


 剣を構えたまま微妙な視線を向けてくるノーチェとスフィから目をそらしながら先へ進む。こういう氷雪地帯だとカンテラの中に引っ越しした事による弱体化の影響はないのだ。


 そんな訳で半日ほど洞窟を行き、ぼくたちはようやく地下を脱出することが出来た。


「うおー! 外にゃー!」

「景色に変わりがない」


 雪原を覆う吹雪の中でノーチェが両腕を振り上げている。残念ながら寒さがマシになったくらいしか違いがわからない。


 この半月近く雪しか見てないんだけど。少し前まで平気だったのに急激に気が滅入ってくる。


「今どのへん?」

「わかんない、吹雪だし」


 たどってきた道はわかるけど、現在地の座標がわかるわけじゃない。端から入って結構歩いたけど、真ん中あたり?


「シラタマ、わかる?」

「キュピ?」


 わかんないらしい、首を傾げられた。


 太陽も星も見えないし方角がわからない。これは困った。


「ピピッ」


 突然シラタマが羽ばたきながらこちらへに視線を向ける、何事かと視線を向けたぼくと目が合うと同時に軽く頷いてから、雪の上を蹴って一気に空へと飛び立った。


 びっくりして目を閉じてしがみついている間にもぐんぐん高度を上げていく。雪と風が頬にあたって少し痛い。


 やがて分厚い雪雲の中まで入って……雲の上へまで突き抜けた。


「……わ」


 雲の上から見えるのは風に波打つ雲の海。それから遥か先には地平線と、雲すら貫く巨大な山脈。


 風圧に落とされないように両手両足でしっかりシラタマに抱きつきながら視線を巡らせる。


「……あ、海」


 向かって右手の方に、海が見えた。この距離から見えるってことはかなり近いってことだ。


 咄嗟に指で方向を測って記憶する。


「キュピ?」

「大丈夫、ありがとう」


 ちょっと不安定で怖いな、慎重に背中をぽふぽふ叩くと、シラタマは上昇気流から外れて翼を広げたままゆっくり下降していった。


 雲の下に戻ると、スフィたちが手を降っているのが見える。


「アリス! だいじょうぶ!?」

「ずるいにゃ!」


 なんかデジャビュな言葉が聞こえた。


「ただいま」

「急に飛んでくんだもん、びっくりした」


 心配した様子のスフィにぼくも困った顔を向けるしか出来なかった。


 ぼくだって突然飛ばれてびっくりした。


「取り敢えず、空から見て方向はわかった、あっちが海」


 記憶から方角を考えてカンテラの影で矢印を描く。雪原さえ出ればいくらでも補正が利く。


「後であたしも乗せるにゃ」

「ジュリリッ」

「あぁん!?」


 せがむノーチェからぷいっと顔をそむけるシラタマは、どうやらぼく以外を乗せるつもりはないらしい。


 本気の緊急時なら多少折れてくれるかもしれないけど、普段は飛ぶことを計算に入れない方がよさそうだ。


 友達が嫌がってることを無理強いしたくはないし。


「とにかく、早めに雪原を抜けちゃおう」

「あたしも寒いのは嫌にゃ」


 そのあたりの意見は一致してる。


 雪原に穴を掘っての雪中泊を繰り返しながら、雪原を抜けるまでに半月近くかかった。


 ハイペースで抜けられたのは、シラタマのおかげで出てくる魔獣が脅威にならなかったのが大きい。


 南部街道に辿り着いた頃、フォーリンゲンを旅立ってからもう2ヶ月近い時間が過ぎていた。

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