凍てつく翼は空を夢見る
その小鳥は、この世界に生まれ落ちた時からひとりだった。
"世界"から「お前は違う」「ここはお前の居場所じゃない」そう告げられているような違和感。
多かれ少なかれ抱く感覚は、かつての地球でアンノウンと呼ばれていた存在にとって共通のものだった。
日本と呼ばれる島国の北の果て、北海道の雪から誕生した新しいアンノウン。そんな小鳥もまた、孤独と拒絶を抱えてこの世界に生まれた。
同じ見た目の同族と並んで、自分がそれらと違うことがわかった。時折自分を見てくる巨大な2本足の生き物とも違う。
自分は何なのかも掴めないまま生きてきた小鳥は群れに馴染むことが出来ず、いつも孤独だった。
やがてただ世界に存在できることを当たり前のように享受する他の生き物に憎しみを抱きながら、小鳥はひとり旅をした。もしかしたら同族と出会えるかもしれない旅の中で、人間たちから異常な存在と呼ばれるものたちとも出会った。
同じ孤独を抱え、世界から拒絶されているものたち。だけど相容れなかった、争いの果てに殺し合いもした。宙ぶらりんな存在同士、並んだところで歪みが大きくなるだけ。小鳥はとうとう諦めた。
そんな旅の果てに、異常な存在を回収する機関に捕まった。
連れていかれた施設にいたのは、相容れない異常な存在たちと……小鳥にとって最も嫌いな人間ばかり。自分たちこそが正常であると位置づけ、力を持つ存在を
正常な世界の管理者を気取る人間相手に、小鳥は怒りと憎しみを募らせていった。
目につく人間を攻撃し、閉じ込められたことを嘆く。
そんな日々の中、いつものように隙をついて研究者の頭髪を氷漬けにし、部屋を飛び出す逃走劇の途中。諦めたような表情を浮かべる少年と出会った。
何もかもを敵視していた小鳥はその子を初めて見た瞬間、自分の中で何かがカチリと嵌る音を聞いた。
研究者からは特異性と呼ばれている己の在り方や特性が変化した訳じゃない。感情や環境が一変したわけでもない。ただ何か決定的なものがひとつだけ変わった。
後にその変化を、人間の言葉を操る他のアンノウンはこう表現する。
『世界に受け容れて貰えた気がした』
それから小鳥の定位置は、いつだって少年の傍になった。
■
少年は友を失ったばかりで、アンノウンという存在に一線を引いていた。無意識に、アンノウンと友になれば同じように消えてしまうのではないかと怯えていた。
悲しくもあったが、小鳥は少年の気持ちを受け入れた。同じ姿形のものに同族意識を抱き、交流を求める気持ちはわかったからだ。
今までの苛立ちが嘘のように、驚くほどに心の穏やかな日々を過ごせていたのも理由のひとつ。
時に一緒に遊び、時におやつを盗み出し、時にいたずらを仕掛けた。
年嵩の嫌な研究者の残り少ない毛を毟る時はたまに止められて不満に思ったりはしたが、概ね小鳥は幸せだった。
慣れない毛繕いをして痛い思いをさせてしまい、悔しくて適当な人間で練習もして、気付くと上手く出来るようになっていた。
小さなブラシで羽を整えてもらうのが好きだった。肩に乗るのも、菓子パンを分け合って食べるのも。
少年を通して交流を持てるアンノウンも増えた。
唯一不満があったのが自由がないこと。何にも縛られることなく空を飛ぶことは出来なくなった。
今の落ち着いた心で少年と青空を飛べたなら、どれだけ楽しいだろう。
だけど今の力では少年を連れ出すことも、施設を破壊して守ることも出来ない。
力のない小鳥は、小さな夢を抱いて穏やかな日々を過ごす。
穏やかな時間が流れ――運命の日が訪れた。
■
突如として襲撃してきた人間の魔術師と古き神の眷属。
当時第0セクターに収容されて居た意思持つアンノウンたちは、己の感情と目的に従って動き始める。
破壊を求めるアンノウンは職員も敵側も構わず暴れまわった。
自由を求めるアンノウンは混乱に乗じて逃げ出した。
少年を慕うアンノウンは護衛に連れられてどこかへ向かった少年を追いかけ、或いは襲撃者に立ち向かった。
小鳥もまた混乱に乗じて脱走した。襲い来る人間の魔術師を氷で追い払いながら、目的を同じくするアンノウンたちと共に少年を探す。
協力してくれるアンノウンは多かったが、かつてない激戦の中で状況は混迷を極める。
ペストマスクを付けたペンギンの『プレイグドクター』はひとりでも多くの怪我人を助けるために離れた。
三毛猫は『少年がどうなろうと興味なんてない』と態度で示してどこかへ消えた。何か強大な存在を爪で引き裂いた滅殺痕を見付けて、小鳥はなんだかんだで猫も少年のことを心配しているのだと察して何も言わなかった。
『動き回る
前者は何を考えているのかわからず、後者は出会いの失敗で少年に怯えられていたから近づこうとはしていなかったのだろう。
捕まえようと襲ってくる人間の兵士を避けながら、戦場と化した施設内を飛び回った。
その喧騒は、唐突に終わりを告げる。
突如として施設の地下から黒い渦が発生したのだ。
神秘的な存在に関わった人間も、道具も、土地も、生物も。黒い渦は一切合切の全てを飲み込んで地球から彼等を消し去った。
まるで、はじめからアンノウンなど存在していなかったかのように。
どれだけの時間が経ったのか、小鳥が暗闇から吐き出された先はどこかの地下空洞。
視界に困りつつ何とか洞窟を抜け出し、何もかもが変わり果てた世界を旅した。地上に住み着いた神と争い、神獣と出会い交流を深め、やがて小鳥はこの世界が何であるかを知った。
旅の中で見知った顔もいくつか見付け、それぞれの道を激励しあった。
最初の土地に戻った時、そこが自分の鳥籠……研究者が第2保管庫と呼んでいた箱だった事に気づいたときには内心で呆れたりもした。
鳥籠の中に戻った小鳥を待ち受けていたのは、『プレイグドクター』と呼ばれていたペンギン。
彼はこちらでも旅を続けて、人を救おうとしていたらしい。ドクターはもう寿命を迎えるのだと話を締めて、最後に仮面を小鳥に託した。
生涯認められることのない無念を引き継いできたドクターには、もう無念なんて残っていない。
この世界はアンノウンと呼ばれていた存在を受け容れてくれる。だから思う存分に己の意思を果たしたのだと。
終ぞ誰からも認められることのなかった医師はしかし、満足した様子で逝った。
やがてこの世界に来るだろう愛し子に、力になれるように渡してほしいと託して。
友と呼べる存在の最後を見送った小鳥もまた、自分の夢を目指すことを決める。
縛るものなどない世界で、友を背に乗せることを阻むものはいない。
ならばいつか、共に空を飛ぼうと。
雪精の小鳥は周囲全てを雪で閉ざし眠りにつくことにした。旅の最中に力がついて、そのくらいなら造作もなかった。
先に逝った友の墓と、やがて来る友に渡るべき物を守るため地下の全てを吹雪で閉ざした。
永い時を過ごすことで領域が広がり、洞窟そのものが氷で満ちた。極寒の洞窟に挑む命知らずが幾人も散り……その洞窟は恐るべき雪の精霊が支配する未踏破領域、『永久氷穴』と名付けられることになる。
洞窟だけだった雪は大地を少しずつ染めあげ、気の遠くなるような時を経て広大な雪原へと変わっていく。
待つだけの価値はあった。小鳥にとって、友は何にも代え難い宝なのだから。
深い雪の底で、いつか来る出会いを願い。
凍てつく翼は
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