贈る名前
スフィが目覚めて3人揃ったところで、ぼくはこれまでの流れを説明した。
体調も何とかマスク無しで起きていられる程度になったので、今は素顔だ。
ここの雪は普通の雪ではなく、眠ってしまうと死者と邂逅して夢の中に閉じ込められるらしいこと。夢の中でおじいちゃんから聞いた限りだと、別れを済ませることが出来れば夢が覚めること。
妙に納得した様子を見せてくれて、話を続けた。
雪の中で倒れ込んだ3人をかまくらと温度操作で必死に守り、前世の友人に協力してもらって404アパートの中になんとか運び込んだこと。
正確に数えてないけど、穴に飛び込んでからたぶん10日は経っている。
それからモンスターを引き連れてきた冒険者と共闘して巨大アイスワームを討伐したところまで話して、ふぅと息を吐いた。
「こんなところ」
「アリスまた無茶してる!」
「ずるいにゃ!」
「……前世ってほんとうだったの?」
最後まで聞いてくれたとこまではよかった。
話し終わった直後に涙目のスフィに抱きつかれ、大バトルに乗りそこねたノーチェに拗ねられ、フィリアは前にしたぼくの知識の話を信じてなかったことを吐露する。
「なんでひとりでそんなことしたの!?」
「勝算があったのと、帰り道の安全を確保しておきたかった」
戦ってみてわかったけど、この判断は正解だったと思う。シマエナガがアイスワームに負けることはないだろうけど、じゃあ秒殺出来るかって言うとそうでもない。
ぼくたちだけじゃダメージを与えて追い払うのが精一杯だった。こっちのペアには逃げる時間も与えず押し切る火力なんてなかったし。
同時に冒険者チームだけでも無理だった、周囲の気温を下げる力を持ち、硬質氷の表皮を持つアイスワームを相手にするには力不足。
炎の魔術も思いっきり減衰されまくってたし、まともにやりあっていたらあっという間に全滅だ。
即席チームアップの判断は正解だったと自負してる。
「でも……!」
「ごめん……」
心配させてしまったのは悪かったけど、守りもないスフィたちだとあの状況に対処できない。待ち伏せしていたところから執念深いのは決定的で、あんなのに付け狙われる可能性を放置しておくことは出来なかった。
「……うー!」
苦しいくらい抱きしめてくるスフィの背中をぽふぽふと叩く。
怒られてるのに変かもしれないけど、何故かすごく安心してる自分が居た。
■
「そういえば、おともだちって?」
ひとしきり会話をしたあと、スフィが首を傾げた。シマエナガは暑さを嫌がって室内には入ってこないので、荷物を持って穴の中で待機している。
「紹介する」
ふらつきながら立ち上がって、防寒具を身につけるとみんなを連れて玄関をくぐる。
……あれ、いない?
「なんにゃ、この鞄の山」
最初に起きたフィリアも、次に起きたノーチェも寝ていた時間が長すぎて体調が悪かった。それを整えるためにずっと室内で休んでいた。
廊下側から軽く玄関の外を覗いたことはある様子だけど、しっかり確認したわけじゃないようだ。
扉脇に積まれた皮製鞄の山と、その前にどんっと置かれたでかいリュックサックを見てノーチェが驚きの声をあげる。
「鞄? わ、ほんとだ、たくさん」
「いっぱいだ」
穴の中を見ても、シマエナガの姿はどこにもない。暇な時は自由に吹雪の中を飛び回っているのは知ってたけど、少しタイミング悪かったかな。
「っていうかにゃんだこの穴」
「え? あれ、穴だ!」
周りの雪の壁をかまくらだと思いこんでいたのか、ぼくの視線を追いかけてみんなが上を向く。四角にくり抜かれた天井から吹雪の空が見えるのに気付いたようだ。
そう、シマエナガが作った穴です。自力脱出は困難なんだよね。
「ん」
ばさばさと羽ばたく音が聞こえてきた、散歩から戻ってきたシマエナガが音もなく穴の中心に着地した。
「キュピ?」
「おかえり……みんな、この子がぼくのともだち」
なにかあった? と首をかしげるシマエナガをさして振り返ると、3人が目を真ん丸に見開いていた。
「ばかでかい鳥にゃ!」
「まんまるふわふわの鳥さん?」
「か、かわいい……」
反応は三者三様。ひとまずネガティブな反応はなくて安心する。
「この子たちは、友達で仲間。黒い髪の毛の子がノーチェ、うちのパーティのリーダー」
「お、おう、あたしがリーダーにゃ。アリスのダチならまぁ歓迎してやるにゃ」
「ヂュリッ」
ばふっと雪がノーチェの顔にかけられた。犯人のシマエナガはぷいっと顔を横にそむけている。
……人間嫌いは相変わらずかな。
「何するにゃ!」
「ピピッ」
雪を払い落とすなり顔を突き合わせてにらみ合う。
なんか、機関に収容されていた頃に三毛猫とじゃれるように喧嘩していた姿を思い出す。
「それからチェリーブロンドの髪がフィリアで、ぼくとそっくりなのがスフィ」
「えっと、よろしく……?」
「スフィだよ、よろしくね!」
「キュピ」
こっちには胸を膨らませてうむと頷くだけだった。ノーチェはあしらってはいるけど、じゃれあっているようなものだ。
何とか仲良くやれそうでよかった。
「それで、こいつ名前なんて言うにゃ?」
「ヂュリリ」
そういえば、ぼくは未だにシマエナガの名前を知らない。
「……名前」
「キュピ」
首を傾げられた。前世では番号だったり通称だったり種族名だったり、お互いに名前で呼ぶ習慣がなかった。
迂闊に名前を呼んだり、正式名称を知覚するだけでやばい効力を発揮する代物もあるようでそのあたりは徹底されていた。
前世では交流範囲が狭かったから不便に感じたことはなかったけど……。
「名前、どうする?」
「キュピ」
ぼくに"つけてほしい"って反応だ。とはいえ、うーん。
名前を呼びあう習慣がなかったし、ぼくにネーミングセンスはない。
「あたしが付けてやろうか? ぶふっ!?」
「ヂュリリ!」
「にゃんだてめー!」
雪をかけられたノーチェの反撃猫パンチを、シマエナガは華麗なスウェーで回避する。
「名前ってどうやってつけるの?」
「わかんない」
スフィの返事はこれだ。それはそうだよね、だって誰かに名前をつけたことなんて無いし。
「えっとね、昔の人の名前とか、石とか花とか、思い入れのある物からとったりとかするんじゃないかな?」
ふたりで悩んでいると、ぼくたちの中で最も一般教養があるフィリアが良いアドバイスをくれた。
石……はなんかイメージが違う。
花もちょっと違うな。まんまるで白い、雪と冬……大福餅?
モチもダイフクもちょっと響きがよくない気がする。
イメージが合ってて、ぼくの思い入れがあるもので響きが良いものか。
「白玉(しらたま)……」
白玉団子、人生ではじめてたべたお菓子の名前。白くて丸くてもちもちで、ひんやりしている。
「キュピ!」
殆ど思いつきからきた名前だけど、思い入れが伝わったのか本鳥は気に入ってくれたみたいだ。ぴょんと近づいてきて頬ずりをしてくれた。
「シラタマ……ってなに?」
「お菓子、白くて丸い」
「へー」
こっちには存在してないから知らなくて当然だ、もち米が手に入ったら作ってみよう。
「食いもんの名前でいいにゃ……?」
雪を払いながらしてくるノーチェのツッコミに耳を閉じる。そのへんはほら、本鳥が受け入れてくれてるから……。
一通りのやりとりの後、ふっと忘れていたことを思い出した。
シマエナガ……改めて『シラタマ』と向き合う。
「ぼくはアリス、これからもよろしくね、シラタマ」
「キュピ!」
今の名前を告げて、ようやくぼくたちの新しい友達関係がはじまった気がした。
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