雪中にて眠る

 焼け焦げたアイスワームの首が落ちる。


 標的が完全に沈黙したのを確認し、歓声をあげるガイストたち鋼鉄の刃。彼等を尻目にぼくたちはエンドポータルを越えて地下雪原へと戻った。


 必要以上に彼等と関わるつもりはなかった。倒すのに成功すればすぐに距離を取ることは相談して決めていたことだ。


 リモナが上手くこちらの意図を汲んでくれることを祈る。


「きっつ……」


 何故か吹雪が止まっている雪原の空を飛ぶ。体調不良と高熱でかいた汗が冷やされて、一気に体温が奪われる。


 シマエナガにしがみついて意識を失うのを耐えているうちに、シマエナガは404アパートの扉が置いてある穴を通り過ぎてしまった。


「……?」


 不思議に思いつつも、今は運ばれるしかない。


 ペストマスクのおかげか意識が落ちるのは防げているけど、そろそろ限界が近いんだけど……。


「キュピ」


 囀りに顔をあげると、雪原の向こう側に見覚えのある建物が見える。


「……え」


 近づくにつれてハッキリ見えてくる、四方に鋭利な切断面が見えるその建造物は、第0セクターに多数存在していたアンノウン保管庫のひとつだった。


 2番保管庫、比較的影響力の強い物品が保管されていた区画。


 この子達をはじめとした小動物型のアンノウンが保管されていた場所でもある。


 壁の一部が大きく切り取られていて、シマエナガはぼくを乗せたまま建物の中へ直に降りた。


 つるりとした床の上に翼をはためかせながら着陸した瞬間、再び猛烈な吹雪がはじまった。この雪自体がこの建物を守るために降っているのかな。


 開いた天井から猛吹雪を眺めていると、シマエナガがぴょんぴょんと短く跳ねるように歩き始める。思ったより揺れて辛い。


 扉は……枠ごと鋭利なもので切り裂かれている。この冷凍庫みたいな環境だと、どのくらい時間が経っているのか全く読み取れない。


 内部は訪れていた時の記憶に近い、だけどあちこちに銃撃痕や爪で引っ掻いたような形跡が見られる。


 何か激しい戦いでもあったみたいだ。


「キュピ」


 耐えていた揺れが不意に止まる。ごそごそという音を耳にして下を覗き込むと、机の立ち並ぶ部屋の真ん中で、シマエナガがクチバシで大きなリュックをつまみ上げていた。


 冒険者が使う皮のものとは違う厚手の布製。日本の現代的なデザインっぽい。


「それ、取りにきたの?」


 シマエナガは頷いて奥を見た。その視線をたどると骨があった。長いクチバシを持った頭蓋骨と、その下に積まれた小さく軽そうな骨の山。


 無意識にマスクに触れる。骨から種族の判別なんて出来ないけど、シマエナガの行動を思えばわかる。


「そっか……ドクターは」

「キュピ」


 返ってくる鳴き声は穏やかなもの。他に収容されていた子たちの姿がないのは、ここから離れた後なんだろう。


 何があったのかまではわからないけど、この子がここに留まっていた理由は何となくわかった。


 静かに目を閉じて黙祷する。動物のアンノウンの中では珍しく会話がなりたったから、ドクターは時々話相手になってくれていた。体調を崩すと血を抜く手術を勧めてきたのには困ったけど、無理強いすることはなかった。


 研究材料の保持のためではなく、医者として心からぼくのことを心配してくれていた。


 ……どうか安らかに眠ってほしい。


 程なくして目を開けると、シマエナガはリュックを咥えたまま来た道を戻り始めた。


 入ってきた部屋に向かい、そのまま吹雪の空に飛び立つ。羽毛を握る手に、少しだけ力が入ってしまった。


 何となく背後を向くと、雪に煙る保管庫を大量の雪崩が覆い隠すのが見えた。


 また暫くの空の旅を経て、ようやく扉へと辿り着いた。



「――きゃあああああ!?」

「……?」


 聞こえた悲鳴に身体を起こす。あの状況で倒れたにしては体調が良い。


 いつもなら重いインフルエンザを彷彿とさせるけど、今は重い風邪くらいにはなっている。


「だ、だ、だれ!?」

「……おはよう」


 寝ぼけとだるさで頭が回らない。たしか戻ってくる時に部屋まで運んでもらって、横になったところで力尽きたんだっけ。


 起床するなりパニック状態のフィリアに、ようやく自分がマスクを付けたままであることに気付く。フードを外して仮面を外して姿を見せる。


「ぼ……ぐお」

「あ、アリスちゃん!?」


 マスクを外した途端、そのまま後ろにぶっ倒れた。やばい身体が動かない、吐きそう。


 体調が良いのはマスクによる体力回復か疲労緩和の効果のおかげだったらしい。顔を隠すだけじゃなくてかなり便利なものだった。


 正体隠しのための精霊の友の姿に使ったのは失敗だったか……!


「だいじょうぶ? 何その格好!? 何があったの!?」

「むり」


 慌てて助け起こしてくれたけど、生憎と体調的に限界を超えていた。矢継ぎ早の質問にも答えられない。


「マスク、つけ」

「え、こ、これ? はい!」


 おろおろしながらも、フィリアはぼくの手からマスクを奪って顔にかぽっとつけてくれた。


 ……ほんとに何とか動けるようになった。


「ありがとう、何とか動ける」

「そ、そのマスクなんなの……」

「えーっと、アーティファクト的な」


 旧友の遺品みたいなものだけど、今の所それ以外の説明が出来ない。


「な、何があったの?」

「それは、みんなが起きたら」


 色々ありすぎて何回も説明するのは大変なので、全員起きてからにしてほしい。


「というわけで……」

「アリスちゃん? ちょっと!?」


 おやすみなさいと小さくつぶやいて倒れ込む。あぁ、こっちは暖かい。


 雪原側から流れ込む冷気が丁度いいエアコンになっている。


 目覚めたフィリアが家事を手伝ってくれて、おかげでそれから数日はぐっすり眠って起きてを繰り返すことが出来た。


 大分体調が回復した頃にノーチェが、少し遅れてスフィも無事に目覚めた。


 全員が起きたのは、アイスワーム討伐から7日ほどが経った日のことだった。

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