ジャイアントキリング

 シマエナガの背中にしがみついて氷河を駆ける。


 アイスワームは完全にターゲットをぼくたちに絞ったみたいで、巨体をうねらせて追いかけてきた。


 削った氷を胴体についた節足で弾き飛ばしてくる攻撃を、シマエナガは氷の上をスケートみたいに滑りながらすいすいと回避していく。


 何で地面を滑っているのかといえば、羽毛にしがみついているだけなので高速飛行は振り落とされかねない。


 細い鳥の足で器用に氷の上を滑り、時折ジャンプしては追ってくるアイスワームに削り出した氷の槍を射出する。


「厄介な」


 着実にダメージは積み重なっているけれど、相手は致命的な被弾だけは巧く避けている。


 今まではシマエナガ相手だと適当にちょっかいをかけて逃げ出してたみたいだけど、今回は妙に狙ってきている。


「……弱ってると見られてる?」

「キュピ」


 カンテラに核を移したのが原因か、今のシマエナガは非常に弱っているように見えるらしい。そういえば合流した時にリモナが怪訝そうな顔をしていたような気がしなくもない。


 この子が外に一度に運び出せる力が少なくなっただけで、既にここに存在している雪を操る分には影響はない。


 だとすれば、巨大アイスワームを倒す千載一遇の機会なのではないだろうか。


 ぼくたちがヘイトを稼いでいるから、フリーになった冒険者4人は攻撃に集中している。アイスワームも人間より弱っている永久氷穴の主を倒すチャンスだと考えているみたいだ。


 巨体が動く度に冷やされた冷気がかきまわされて、たびたび吹き飛ばされそうになる。


「キュピ! キュピピ!」


 作る端から槍を操って投げていく。アイスワームはわずかに身体をそらし、飛んでくる槍を避ける。


 氷の礫を避けながら、大きく弧を描くように地下氷河の上を駆けていく。


「ちょっと仕込みする」

「キュピ」


 一旦氷を砥ぐのを止めて壁や氷河に細工をはじめる。


 作り上げるのは銛、カエシもしっかりつけて柄頭には分厚く作った鎖。避けられるのなら避けられなくしてしまえばいい。


 ただ使うタイミングは考えなきゃ、一度失敗したら流石にあちらも逃げるだろう。


 あとはどうするか、ここで銃を使うのはなぁ。温度変化の方向性を極低温に向けられる環境的に威力が減衰しそうな気がする。


 不安はあるけど、"新しい力"を試してみよう。


「虚空(そら)の果てより集いたゆたう、終わらぬ幻想(ゆめ)の一欠けよ。始まりの言葉と願いを束ね、今ここに器となれ無垢なる混沌……偽典・八尺瓊勾玉やさかにのまがたま


 カンテラから溢れ出した影がうずまき、真円の球体を作りあげる。球体からぽこぽこと泡立つように小さな玉が、糸で繋がったように浮かびあがる。


 形状は前に見た分子構造図に似ている。


 やっぱりこれ勾玉じゃないよね。いいんだけど。


 剣と違って浮遊していて、ぼくの思う通りに動いてくれる。剣よりはよっぽど使いやすかった。


 でもカンテラと同時に操るのは難しいので、今はこちらに集中する。


 雪の精霊神の核を取り込んだことで、こうやって作れる神器が進化……というか力が拡張された。


 偽八尺瓊勾玉には支援や補助に属する能力が割り振られたみたいで、呼び出している間は冷気を操る事ができる。


 とはいえ0からマイナス20程度の間だし、ここでは攻撃には使えない。


 その代わり……。


「動きを止める、合図したら熱を使って全力でたたけ!」

「――おう!」


 ありったけの声量で叫ぶと、僅かな間をおいて野太い叫びが返ってきた。


 偽八尺瓊勾玉を使って奴が行っている温度操作も、領域内で発生している強烈な下方への温度補正も相殺する。


 ……さすがはひとつの国で王権レガリアとして扱われている神々の工芸品アーティファクト、影だけ呼び出した偽物でも凄まじい。


 強力なはずの怪獣の能力や、太古から存在する精霊神の領域による影響すら上書きしてしまった。


 ただ消耗が激しい、目に見えて玉が縮んでいく。時間的な猶予はあんまりなさそうだ。


「げほっ、挑発してキルポイントへ釣りだそう……ごめん、ちょっとだけ我慢して」

「ジュルルル!」


 シマエナガはまるで弱っているように、氷の礫をアイスワームの顔にめがけて投げつける。こころなしか速度も遅い。


 温度が上がって少しつらそうなのが申し訳ない。


「ギリリリリリ!」


 チャンスと思ったのか、アイスワームが牙を擦り合わせて速度をあげた。


 羽根をはためかせ、シマエナガは姿勢を低くして氷河を滑っていく。加速にも姿勢制御にも、羽根を器用を使っている。


 振り落とされないように必死にしがみつく。


「こっちはいけるぞ!」

「巡る星の血潮よ、猛る戦神の槌よ、我が手の内にて……」

「吹きすさぶ風、背中を押す物、春風の御子、汝が名はシルフィード。我は弱きもの、我は願うもの、我は誓うもの……」


 斧に真紅の光をまとわせたガイストと、詠唱しているブラージュとリモナの姿が見える。斥候役のメイアは準備をする3人を守っていた。


 詠唱からして第6階梯の理魔術、かなり強力な火の魔術だったはず。温度の変化も察したのか、意図はしっかり汲んでくれてる。


「やって!」

「キュピ!」


 3人の攻撃の射程内に飛び込んだところで声をあげる。シマエナガはぼくの作りためた銛を操って、アイスワームの横っ腹に突き刺した。


 続々と打ち込まれる銛は合計40本余り、氷河から伸びる分厚い氷鎖は鋼鉄並の強度がある。


「ギリャアアアアアア!!」


 青い体液を撒き散らして、動きを強制的に止められたアイスワームが咆哮をあげる。


 衝撃で結構な本数の鎖が千切れ飛び、銛が折れる。氷河が割れて、微細な氷の破片がキラキラと舞い散る。


 銛も鎖もぼくの胴より太く作ったんだけどな、とんでもないパワーだ。


 でも、動きは止まった。


「裁きの豪炎を振るえ! 『戦神の炎槌バルガンフレイム』!」

「我願うは渦巻く暴風! 『風精の竜巻トルネード』!」


 放たれる炎の玉。続いてリモナとペアを組む妖精っぽいものが巻き起こした風が煽り、炎の竜巻を作り出してアイスワームを飲み込んでいく。


「ジュリリ……」


 ここまで熱波が押し寄せて、シマエナガが不機嫌そうに囀る。


「ごめん、盾作って」


 申し訳なく思いつつ分厚い氷の盾を作ってもらい、ダメ押しにカンテラで周囲に充満する氷の破片に『錬成フォージング』を使う。


 構造を少しずらせば氷の粒は水に、水は酸素と水素に。大気の流れは炎の渦に向かっている、周囲の氷をどんどんそのふたつに分解していけば勝手に中心に吸い込まれていく。


 酸素を取り込んだ炎は勢いを強め、熱量を激しく増す。そうしている間にもどんどん水から分解された水素と酸素が集まっていって……やがて集積された水素が発火点を超える。


「ギャリャアアアアアア!」


 一気に燃え上がった炎、燃焼というよりもうただの爆発だ。フードをしていなければ鼓膜がやぶれていたかもしれない。


「うおおおおお!?」

「きゃあああああ!」

「うひゃあ」


 ガイストたちの悲鳴が聞こえる。精霊がいるなら守るだろうと思ってたけど、あちらもうまく風の盾で熱と風圧を逃しているようだ。


 こっちの方も、シマエナガが熱くて嫌そうにしている以外の被害はない。……あとでちゃんと労おうと思う、この子の好物の果物のシャーベットやアイスなんかを用意して。


 耳をつんざくアイスワームの絶叫。長い胴体がやたらめったらに暴れて、洞窟内を破壊する。しかし頭部を高熱であぶられるのはかなり効いているみたいで、しばらくすると徐々に動きが鈍っていく。


「む、無茶苦茶しすぎだろお前ら!」

「予想外です! あの精霊の友とやらが何かやったのでは!?」

「み、耳が……」


 打ち合わせなしでこれはちょっとやりすぎたかな……。まぁ、最初にぼくたちを怪獣大戦争に巻き込んだのはこの人達だし、無事なら問題なしってことで。


 スフィたちが一緒ならこんな無茶できなかったなぁ。


「ぼさっとしてないでトドメをさせ下郎、譲ってやる」


 尊大な態度を取り繕いつつ叫んで、氷越しにアイスワームの様子を伺う。


「げほっ、ごほっ」

「キュピ……」

「けほっ、大丈夫」


 いい加減こっちも限界が近い、叫ぶだけで咳き込んだ。


「畜生! やってやるよ! うおおおおおお!」


 炎と爆発でボロボロになった巨大アイスワームにガイストが走り出す。人間とは思えない跳躍力で大きく飛び上がり、中空にあるアイスワームの首に肉薄した。


 既に拘束も全部破壊されているけど、熱と衝撃で朦朧としているのか敵の反応はない。


 振りかぶられた斧が、眩い赤光を放つのが見えた。


「シルフ! ガイストをお願い!」

「火よ、畏れず進む友に祝福の刃を授けよ! 『豪傑の一撃レイジングパワー』」

「くらえやあああああああああ!!」


 シルフの風がガイストの背を押し、ブラージュの魔術が斧に炎をまとわりつかせる。


「『轟天破砕ごうてんはさい』!」


 全身全霊で振られる斧が炎をまといながら、アイスワームの首を両断する。


 熱を受けると強度が弱まるのか、ひどくあっさりと巨大な頭部が落ちて氷河を砕いた。


 幸い水の中に沈むことはなかったけど、少しの間をおいて胴体の方も力なく横たわっていく。


 暴れていたのが嘘みたいに、静かになった。


 強そうな見た目だったけど意外とあっさりした勝利となった。戦える冒険者がいなければ危なかった……かな。

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