厳冬の魔蟲

 現在のシマエナガの状態は、ぼくの持つカンテラ『原初の光ルクス・オリジニス』の中に自分の領域を引っ越ししたような感じらしい。


 ぼくの器の関係で外に出るための通路が狭いから、一度に出せる力のリソースは大きく減る。


 その代わりカンテラが破壊されない限り不滅で、このカンテラを壊せるのは世界でぼくだけだそうだ。


「キュピピ!」


 意思疎通がわかりやすくなったからか、今までになくやる気が伝わってくる。


 雪の精霊の力の本質は『雪』。上空で氷結した水蒸気が落下してくる現象とかの物質的な意味合いじゃなくて、概念的な意味での『雪』だ。


 自らを『雪』と認識できる物質に置換し、自己の領域内に存在する同物質を操作することが出来る。


 永久氷穴を中心に数百キロメートルに渡って広がる雪原地帯、そこに積もる雪の全てがこの子の武器でありライフストック。


 普通の人間がどうこう出来る相手じゃない。


 弱体化といっても雪原の外に出れば一度に持ち出せる雪の最大値がぼく依存になってしまうってだけで、少なくとも永久氷穴の範囲内にいる間は別に変化はないらしい。


「……というかもしかして攻略しちゃった扱いになるの、これ?」


 残像を残す速度でウィービングしているシマエナガに聞いてみる。8の字を描いていた動きを止めて、首を傾げた。


「キュピ」


 自分がいなくなると普通の地形になるか、とは言え一度ここまで変化した気候がそうやすやすと元通りになるとは思えない。推測だけど、時間をかけてゆっくり普通の平原に戻っていくんじゃなかろうか。


 そうであってほしい。


 素知らぬ顔で過ごせばなんとかなるかな。


 最悪外の怪獣が主ってことにして、あの人達に押し付けてしまうか。


 なんて邪悪な事を一瞬考えながら、戦い方を考える。


 流石にあいつらに冷気は効かないだろうし、氷を使った物理攻撃に寄るかな。


 魔術による、魔力だけで編まれた氷じゃないのなら錬金術が通るのではなかろうか。


「ちょっと氷だして」

「キュピ」


 ぽいっと投げられるバスケットボール大の氷の塊。


「『錬成フォージング』」


 ……奇妙な感触だけど、思ったより遥かにスムーズに干渉できる。剣の形になった氷塊が地面にぶつかって甲高い音を立てた。


「ふむ」

「……」


 近づいたシマエナガがカツカツとクチバシで氷の剣を突いている。それから何か考えた様子でぼくを見て、自分の周囲に同じサイズの氷塊を4つ浮かばせた。


「キュピ」

「……『錬成フォージング』、『研磨ポリシング』」


 空中に留まる氷塊の形を槍に、穂先は可能な限り研ぎ澄ませる。


 バサッと翼が振られて、風切り音を立てて飛んでいった氷の槍が雪の剥げた岩盤に深く突き刺さった。


 カンテラの中に居住地があるからか、この子のつくる氷は干渉しやすい。


「……いけそう」

「キュピ!」


 ただ背中に掴まっているだけなんて無様は晒さずに済みそうだ。



「準備はできたか?」

「おう、悪かったな、手間取らせちまった」


 休憩と打ち合わせを終えて戻ると、『鋼鉄の刃』の面々の中でも話がついていたようだ。


 他の面々もまだ怯えてるけど、少しは冷静になったのかこっちを過剰に恐れる様子はない。


「我らは支援に回ろう、お前たちは好きに動け」

「ありがてぇ」


 即席の連携以上に危ないものはないっていうのはたいちょーから教えて貰った基本だ。


 指揮系統の違う複数チームで動くなら、下手に連携なんて考えないほうがいい。


 雪の精霊神効果でこちらの強さも疑ってないから、有り難いことに余計な詮索も口出しもされていない。


 スフィたちが起きる前に障害を排除する。そろそろ装備品で体調をごまかせなくなってきた、なんとかここで決着をつけたい。


「では行くぞ」

「おう! 行くぞお前ら!」


 吹雪の中に、飛び込んできた穴が見える。鋼鉄の斧の面々は赤い靄をまとい、装備品を手に緊張した面持ちで見上げていた。


 ぼくはシマエナガに乗せてもらってるけど、この人たち飛ぶ手段あるのかな。


「汝の名は吹きすさぶ風、背中を押す物、春風の御子、縁と結びし約定に従い、我が元へきたれ盟友! 『シルフィード』!」


 召喚魔術、リモナの詠唱に従って雪の中で風が渦巻く。半透明な緑色の……なんだろう、妖精っぽいよくわからないものが出てきた。


「シルフ、上まで運んでくれる?」


 リモナの言葉に頷いた妖精っぽいものが、彼女に向かって頷いたかと思うとぼくの方を見た。


 ……微妙な時間が流れたあと、ふよふよと近づいてきた妖精っぽいものが指示を無視して、ぼくの周囲を回りはじめた。


「ヂュリリ!」

「――――」


 シマエナガが羽毛を逆立てて警戒音を出すなり、妖精っぽいものがリーンと風に吹かれた風鈴みたいな音を立てて距離を取った。


 ええっと……。


「よ、よろしく?」


 妖精っぽいものにだけ聞こえるような声の大きさで一言告げると、妖精っぽいものは何となく満足した様子で契約者のところへと戻っていった。


 何だったんだ。


 唖然としているリモナのところに戻っていった妖精っぽいものが上昇気流を巻き起こした。人が浮かびあがるレベルの風に、地面の雪も一緒に巻き上げられる。


 契約者の魔力で編まれたスペックの低い幻体なのにすごい力だ。


「ぼくたちも」

「キュピ」


 こっちもシマエナガが羽根を広げるだけで、まるい身体がふわりと浮かんでいく。


 あっというまに吹雪を乗り越え、見覚えがある氷河へと飛び出した。どうやら出る時は特に妨害みたいなものはないらしい。


 そういえば本体がカンテラに移ったのに吹雪が止んでないけど……もしかして別枠?


 いや、今はいいや、後で考えよう。


「闇を照らす光よ……」


 鋼鉄の刃の魔術師が詠唱を終えると、光の玉が出現して周囲を照らした。徐々に気温が冷えていくのを感じる。


 フードで完全に覆ってるから聞き取りにくい。


 大きな物が動くような振動が近づいてくる。


 やっぱり完全に目をつけられてた、何も考えずスフィたちと脱出しようとしてたらはち合わせするところだった。


「来るぞ! リモナ!」

「お願いシルフ!」


 風の膜が広がり、気温が一気に緩和される。なるほど、火以外でもやりようはあるのか。


 この世界の人や場所、物には属性って概念がある。大まかに火風水土の四大元素って呼ばれているものと、光と闇。厳密には派生属性とか色々名前はあるけど、代表的なのがこの6つ。


 色々理屈はあるけど、要するに相性によって効果が出やすくなったり出にくくなったりすると考えればいい。


 永久氷穴はどうにも火の属性が濃すぎるみたいで、力の方向性が低温に引っ張られてしまうみたいだった。空間そのものに作用しているから、最深部では極端に火の力が弱まるように感じてしまう。


 氷属性は火の派生属性だ、同じ温度変化だから。


「おいでなすったぜ」


 暗闇から姿を表したのは、身体中に傷を作った超巨大アイスワーム。顔だけでちょっとした家くらいはありそうだ。


「ギリリリリリ」


 牙をガチガチ鳴らし、擦り合わせた。


「威嚇音だ! 雑魚に気をつけろ! ブラージュ!」

「弛まず昂ぶる戦神の火よ……」


 合図もなく戦闘が始まった。さすがはBランクパーティ、全員強い。


 ガイストは巨大な斧を軽々と振り回し、噛みつこうとするアイスワームの顔を叩いて打ち返している。脳筋っぽかったけど、正面から打ち合うことを避けてうまく破壊力をいなしている。


 リモナはシルフにお願いをしながら、自分も精霊術を使って戦っている。たぶん代行魔術で、契約した精霊の術式を借りてるっぽい。武器として使っているのは懐に忍ばせられるサイズの短弓なのに、放たれる矢はアイスワームの表皮や鉄並に硬い氷にも突き刺さっている。


 メイアは短剣を手に、仲間に襲いかかろうとする小型のアイスワームを的確に素早く処理している。戦闘力って意味では他のメンバーに一枚劣るようだけど、充分に強い。


 ブラージュは最初に強力な炎の槍を放つ魔術を使って以降は小技を使って仲間をフォローしつつ、隙を見て効く魔術を探っているようだった。


 4人とも並じゃない、ぼくたちみたいに運で最深部にたどり着いたひよっことは訳が違う。


 それでも、このパーティじゃあのアイスワームには勝てない。


 ブラージュの火の魔術が使われた時に、遠くに食い荒らされた巨大山椒魚の亡骸が横たわっているのが見えた。状況的に下手人はこいつだろう。


 同サイズの怪物を倒した直後だっていうのに、アイスワームに新しい傷は少ない。それだけこいつも強いってことだ。


「ぼくたちもやる?」

「キュピ!」


 ぼんやり見てると意識が落ちそうだし。


「セット」


 羽ばたいて空中に飛び上がったシマエナガが、自分の周囲に氷塊を浮かべる。ぼくは即座にカンテラに火を灯し、その全てを螺旋を描くドリルのような形状に削り出した。


 間髪入れずシマエナガが槍を放つ、もちろん回転もさせながら。打ち合わせのあとでちょっと練習した程度だけど、結構いいコンビネーションだと自画自賛する。


 放たれた氷槍がアイスワームの身体に突き刺さり、巨大な身体から青い体液が流れ出す。


 よし、効いてる。


「このまま……」


 冒険者たちが抑えてくれている間に削ってと思った矢先。アイスワームがこっちを見ながら氷河の一部を削り取ってこちらに投げつけてきた。


 一瞬でせり上がった氷の壁が、敵の氷塊を防いだ。


「ナイスガード」

「キュピッ!」


 身を翻すシマエナガにしがみついて、錬成を使って氷の壁から剣を削り出す。


 ここの氷は全て雪原に降り積もった雪が圧縮されて出来たものらしい。つまりこの子にとっては自分の一部に等しいのだ。


 動かすのも集めるのも一瞬で自由自在。だけど細かな加工は出来ない。精々がつららで、それだと全力でぶつけてもアイスワームは嫌がるだけで大したダメージにならなかったそうだ。


 ……明確な意思疎通が出来るようになってわかったけど、普通に自分の領域に居座る巨大アイスワームを嫌って喧嘩売ってたっぽいんだよねこの子。あいつの牙や角、表皮の一部が砕けていたりするのはこの子がやったらしい。


 冷気は効かない、打撃は耐える、逃げ足も速い、決定打がない。本気で追いかけ回せば倒せるけど、核の問題とは別に最深部を離れられない理由もあって出来なかった。


 全て本鳥から伝えられた内容だ。


 何日もこの周辺で見張ってたしつこさ。目をつけられた以上、逃してくれる相手じゃない。


 だったら勝てるタイミングで、勝てる準備が整ってる時に勝つだけだ……!


 ぼくを守るという不安要素も、冒険者を味方に引き込めたことで緩和された。


 決定打のなさはぼくが氷塊を鋭く削り出せば通用する。冶金錬金術師の指導の賜物だ。


「ぶちかましてやろうぜ」

「ジュルルル!」


 再会した旧友と一緒に強敵と戦うって状況に少しだけワクワクしているあたり、やっぱりぼくにも男の子な部分があるのかもしれない。

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