精霊契約

 ぼくの提案に4人は困惑しているようだった。


 視線はシマエナガに向かう、精霊神が味方にいるのに? みたいな表情だった。


 戦力的に充分なんじゃないのかっていう疑問はわからなくもない。


「悪くない話のはずだが」

「それは確かに。しかし何故、私たちに助力を……?」

「我にとってもあれらが帰り道に居座るのは迷惑だからだ、同じ目的にあえて別々に対処する理由もあるまい」

「……そうですか」


 なんとなく肩の力が抜けたみたいだった。反応から見るに、冒険者からすると獲物の取り合いになるって発想があるみたいだ。


 言われてみれば、スフィもノーチェもそのあたり結構拘るタイプだった。


 流石にあのレベルまでいくと手に余るし、普段を見ていると優先順位はちゃんとわかってるので無茶はしないんだけど。


 勿論自分の戦力に余裕があれば自分たちだけでってなるんだろうけど……あぁそっか、この人達からすればぼくたちは「余裕で倒せそうなのに、何故か獲物を半分渡そうとしてくる正体不明の怪人」なのか。


 それは確かに不気味だ。


「我にも事情はあるのでな、無理にとは言わぬが」

「……いえ、お力を貸して頂けるのなら頼もしく思います」


 代表してリモナが喋ってるけど、リーダーはいいのだろうかと視線を向ける。非力な後衛がふたりがかりでガイストの首を締め上げて、厳つい顔が寒さ以外の理由で青くなってた。


 不幸な事故が起こる前に早めに切り上げた方が良さそうだ。


「準備が終わればまた来る」

「は、はい」


 錬成を使い、かまくらをもう少し大きくして固める。魔力的には変わらないけど、装備によって体調不良が大分マシになってるおかげで術も使いやすい。


 シマエナガの羽毛を支えに立ち上がって、軽く身体を揺すって雪を落とした。


「貴様らも準備を済ませておけ」

「わかりました」


 主に仲間との話し合いと意見のすり合わせを。未踏破領域に積極的に来るような冒険者なら物資の融通は必要ないだろう。


 ぼくひとりならまだしも、スフィたちを飢えさせないためのものだ。気軽に放出するつもりはない。


 事故が発生する前にシマエナガの背中によじのぼって、見上げるリモナたちを置いて吹雪の空へと飛び立った。


 はぁ、疲れた。



 シマエナガはぼくを乗せて吹雪の空を飛んでいた。そこまで寒くはないけど、吹雪の空を飛ぶのは何だかちょっと不思議な感覚があった。


 しばらく飛んで、何故か扉から結構離れた位置に着地した。


 あたり一面何もない雪原、吹雪の中では数メートル先まで真っ白だ。


「外にいるでっかくて長いのとトカゲみたいなの、倒せる?」


 静かになったので、気になってたことを当人……当鳥に聞いてみると微妙な反応が返ってきた。


「ジュルルル……」


 この子は自信があるなら胸を張る性格だ。かといって見栄っ張りじゃないから、出来ないことは素直に出来ないと返す。


 何とも煮え切らない感じで首をかしげるのは……。


「倒すのは問題ない?」

「ピピ」


 そこは躊躇なく頷く。


「……んー、ぼくが足手まとい?」

「ジュルリ」


 違うらしい。


「ふむ、じゃあ……」


 質疑応答を繰り返して、なんとなく言いたいことを掴めた。


「……そもそもここから出られない?」

「キュピ」


 普通に頷かれた。どういう理由かはわからないけど、この子は地下雪原から出ることは出来ないらしい。


 何故か、胸がぎゅっと締め付けられた。


 サクサクと雪を踏む音をさせて、シマエナガが近づいてくる。


 じっと見つめてくるつぶらな瞳から、強い意思を感じた。


「キュピ」


 一声あげると、ふかふかの白い羽毛の中から輝く雪の結晶が浮かび出た。


 目の前にふわりと飛んでくる結晶は、見たことがないほど綺麗な青い光を放っていた。


「これは?」

「ジュルル」


 手を伸ばして結晶に触れる。手袋越しでも氷みたいに冷たいけど、暖かいとも感じる。何かが聞こえたような気がした。


 ……警戒心を捨てて、聞き取ろうと耳と心を傾ける。


 すると音でも言葉でもなく、感覚として気持ちが伝わってきた。


 これは核。この子の魂みたいなもの。


 同じ形をした鳥への人への憧憬が集まって、雪から生まれた妖精。同じ姿かたちをしながら、人とも鳥とも相容れない異形の存在。


 地球でぼくと出会えたことで、ようやく仲間が出来たと思った。"あの日"こっちの世界に放り出され、ぼくもいつか訪れると信じてこの地下氷穴で待ち続けることを決めた。


 ようやく出会えて、ぼくの気持ちを確認出来て嬉しかったこと。


 これからも、ずっと一緒に居たいこと。


 気付けばぼくは、雪の中に膝をついていた。


「ごめん」


 口をついて出たのは謝罪の言葉。それ以外に思いつかなかった。


「ごめん、ずっとともだちだと思ってたのに、ちゃんと受け止められてなかった。仲良くなって、また、クロみたいに居なくなったらって」


 クロは人間じゃなかったけど、物心ついた時からひとりぼっちのぼくにとって、いつも傍に居てくれたかけがえのない友達だった。


 なのに、パンドラ機関に保護されて落ち着いて、ようやく友達という存在を認識し始めた頃にいなくなってしまった。ある日突然、跡形もなく消え去るように。


 それからぼくに好意を示してくれる他の子たちとクロが根っこは同じ存在だって気付いて。怖くなった。


 友達になると、また消えてしまうんじゃないかって。


 スフィたちは人間だ。だから心配はなかった。別れることはあるかもしれない、離れることもあるかもしれない。


 でも突然消え去ってしまうことはない。無意識でそんな風に分けて考えていたように思う。


 当時のぼくに、一線を超える勇気はなかった。"あちら側"になる覚悟も、人間として受け入れる勇気もなかったから。


 屈んだシマエナガの顔が眼前に迫っていた、ふわふわの羽毛が頬をなでた。


 結晶は『謝ることなんて何もない』と伝えてきた。全力でぼくに好意を示してくれているのが、何だかくすぐったかった。


 どうすればいいのか、どう答えれば正解なのか。人付き合いが下手っぴなぼくにはわからないままだ。


 だけど自分の心を省みれば、伝えたい言葉は最初からここにあった。


「今度は、ちゃんと言う」


 どうせ気の利いたことなんて言えないし、出来ないんだ。だったらまっすぐ行くしか無い。


「ぼくと、ともだちになって」

「キュピ」


 この子のわかりきっていた答えに安堵しながら、まるいふわふわの友達をぎゅっと抱きしめる。

 

 ――それに呼応するように、ぼくの意思を無視してカンテラが服の中から外へと飛び出た。


「あ」


 唖然としている間に、雪の結晶がカンテラの火の中に吸い込まれてしまった。


 凄まじい炎があがり、周囲の雪全てを焼き払っていく。


「な、まっ!」


 手の中で、優しい表情をしたままシマエナガが炎の中に消える。


 呆然とすることしか出来ないぼくを置き去りにして、青白い炎が全てを飲み込んだ。


 いつの間にか吹雪も止んで、あたりの雪が完全に消え洞窟の岩肌が覗いている。


 目の前にふわりと落ちてきたカンテラに、雪や氷のような意匠が混ざっていた。取り込んだ、飲み込んだ? 魔石みたいに?


 思考も感情も追いつかない。


 震える手でカンテラに手を伸ばす。再び炎が上がって、影だけじゃなく大量の雪まで噴き出した。


 雪は渦を巻きながら次第にひとつの丸い塊を形作っていき……ぼくの背丈よりずっと大きくなると、中から先程と様子の変わらないシマエナガが雪を吹き飛ばしながら羽根を広げて登場した。


「キュピ?」


 どうしたの? と首をかしげるシマエナガからは、さっきよりもハッキリと何を考えているか伝わってくる。


 ご親切にも、同時に出た影が文字を作っていた。ハリガネマンが魔石を放り込んだ時にちょっとした細工をしたという前置きの後に、雪の結晶を取り込んでカンテラの中にシマエナガのための領域が作られたこと。


 これが儀式的な意味で精霊との特殊な契約であること。シマエナガは使える力を大きく制限されるけど、同時にぼくと一緒に自由に動けるようになったこと。


 それから、本鳥が望んでやったことだから誤解しないであげてねというフォロー。


 最後に精神干渉が効かないから直接伝えられないので、今後カンテラに何か変化が起きた時には文字の形で教えてくれることがつらつらと書かれていた。


 ひとまず事態と状況は飲み込めた、今更ばくばく言い始めた心臓を胸の上から押さえながら、シマエナガの羽毛に身体をうずめた。


「…………び、びっくりした」

「キュピ」


 危うく泣きそうになったよ……!

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